源氏物語

源氏物語たより332

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   食わせ物の二人   源氏物語たより332

  『東屋』の巻に、二人のまことに個性的な人物が登場する。個性的ではあるが極めて現実的・j実利主義的人物でもある。いずれも浮舟の結婚に関わって登場する男たちだ。
 浮舟は、宇治の八の宮(桐壺帝の第八皇子 光源氏の弟)の実子であるが、宮からは実子としては認められていない。宮は、北の方が亡くなった寂しさからであろう、女房の中将君に手を出し、その結果、浮舟が生まれる。宮は俗聖の態で勤行三昧に生活していた手前もあり、恥を隠すためであろう、中将君親子を絶縁する。中将君は、北の方の姪にあたり家柄も悪くはない。したがって、浮舟を実子と認めてもよかったはずであるが、これを認めると俗聖としての沽券にかかわるということだったのだろう。
 その後、中将君は、受領(現在は常陸守)の後妻におさまり、諸国をめぐるようになる。常陸守には,先妻の子や中将君の子もあまたあったので、継子である浮舟は、常陸守からあまり大事にされず、冷や飯を食っているという状態であった。母一人が、この浮舟を何とか立派に育てあげ、それなりの男と結婚させたいものと奮闘していた。
 
 そんな時に、浮舟に結婚の話が持ち上がる。相手は「近衛少将」。仲介の男の口車に乗って、この少将が、浮舟に求婚してきたのだ。近衛少将といえば、正五位下で、なかなかの身分である。もし家柄が良く後見がしっかりしていさえすれば、将来の出世は保証される身分である。ところが、この少将、少々問題があるようで、祝言が間近に迫っているというのに、突然話をひっくり返してしまった。というのは、浮舟が「常陸守」の実子でないことが分かったからだ。彼は、すっかり
 『気色あしうなり』
仲介の男に強い勢いで抗議する。どうやら、彼の結婚の目的は、浮舟そのものではなく、「常陸守」という圧倒的な財産を手に入れることが目当てであったようだ。守と強い縁を結ぶことによって、安定した生活を得ようというのが目的であった意味がない。彼は、仲介男に自分の考えをあからさまにこう披歴する。
  「俺は元々受領風情の娘の婿になるような身分ではない。ただ現在ではそういう風潮が当たり前になっているから、俺が受領の娘の婿になっても、別に身分のさわりにもなるまいと思って話を進めてもらったのだ。
 要は常陸守が俺の後見になってくれることそのことが目的なのであって、娘の人となりなど俺には関係のないことである」
 この後、彼の結婚観が滔々と述べられる。
  『もはら(別に)顔・かたちの優れたらむ女の願ひもなし。品あてに艶ならん女を願はば、易く得るべし』
 何ともあけすけな、率直な言葉ではないか。ほれぼれするほどの爽やかさである。女の顔・かたちなどはどうでもいいと言う、そんな女だったら引く手あまたでいくらでも手に入るとまで言う。相当の自信家である。そして、ここから彼の体験をもとにした人生論が、またまた歯に衣着せることなく開陳される。
  「いくら見目麗しき女と結婚したところで、経済的に不如意で汲々とした生活では意味がない。いくら雅やかな生活をしていても清貧に甘んじているのでは、世の人にもまともな人間として扱ってもらえない。俺は、少しぐらい世のそしりを受けたとしても、経済的に豊かで、平穏無事な生活を送りたいのよ」
 いやはや、お見事な論理!と快哉を叫んでしまうほどである。ここまで割り切れればなにをかいわんやである。
 しかし、考えてみれば、こういう考えで結婚する男は、現代でもいるのではあるまいか。「社長の地位」を目当てにおかめな社長令嬢と結婚する男もいるかもしれない。まして当時の貴族は、一部の者を除いては不如意な生活に甘んじていた者が多かったようだから、生きる方便として彼のように考えることがまかり通っていたのかもしれない。宮家などもそうだ。彼らは貧窮そのもので、その日暮らしをしていた。後に「何々宗家」などと言って、雅楽や香道や歌道や衣装の家元が出来上がってくるのはその名残である。そうするしか生きるすべがなかったのだ。
 それにしてもここまで赤裸々に言えるものは少なかったのではなかろうか。そればかりか、彼は、常陸守の実子である娘に乗り換えてしまう。

 ところで、この仲介男が、近衛少将に輪をかけた食わせ物なのである。
 少将は、先に述べたように正三位下で身分的には悪くはないし、二十二、三歳の若さ。性格も落ち着いているし学才の点でもなかなかの能力の持ち主。ただいかんせん経済的な逼迫は、彼の生活を哀れなほど制限していたようだ。これまでも何人かの女のところに婿として通っていたが、いずれも縁が切れてしまった。少将が見切りをつけたのか、あるいは相手が少将の限界を見たのか。恐らく前者であろう。彼とすれば常陸守は最後の砦の有望株で、自ずから真剣にならざるを得ない。そういう彼にとっては婚約を破棄することなど物の数ではない。
 少将の意を汲んだ仲介は、常陸守のところに飛んで行く。そこで少将のあることないこと、いやほとんどは「ないこと」ばかりを吹聴する。草子地は、そういう彼をこう評する。
 『この人追従あり。うたてある人の心にて』
 (お追従で、性格の良くない人間で)
 彼が、お追従を言って口達者に常陸守を言いくるめた内容をここに列挙してみよう。
① 少将はいとやんごとなきお方で、世の評判も上々。
② 若い君達ではあるが、好色っぽいところはまるでなく、世情に通じている。
③ 御領地はあちらこちらに限りないほどであって、いい加減なただ人の金持ちよりも財政的にははるかに裕福。
④ 来年は四位に昇ること請け合い。今年中には蔵人頭昇進間違いなし。
⑤ 帝自身が、未だに一人でいる少将の結婚問題を心配していられる。さらに、帝は少将の将来の「公卿」も保証していら  れる。
⑥ この少将を我が婿にという人はわんさわんさ。
 とにかく呆れるほどの嘘八百で、そもそも御領地がそんなにあるのなら、常陸守に頼ることもあるまいに。それに一介の少将に帝がお目をお止めになるはずない。また「公卿」はわずかに十七、八人しかいない。今の内閣と同じくらいの数しかなく、「お家柄」が飛び切り優れていなければなれるわけがない。
 この仲介男、最後の切り札として、常陸守にこう言って引導を渡す。
 『ここに渋々なる御けはいあらば、外(ほか)ざまにも思しなりなむ』
 「ここに」とは、「常陸守が」ということで、「もしあなたが渋るようなことであれば,少将は外の女の婿にと考えを変えてしまいますよ」という殺し文句だ。常陸守がころりとまいってしまったのは言うまでもないことである。彼は、「命ある限り少将を頭の上に捧げ持って尽くす」とまで言って喜ぶのである。
 これで、仲介男の懐にはたんまりと金銀財宝が転がり込むはずだ。
 確かにこういう男は、現在でも存在するかもしれない。悪徳商法の連中などがよく使う誇大広告の手口だし、特に男女を取り持つ「仲人屋さん」などは、持ち駒の長所はもちろんのこと、持ち駒にどんなに短所があろうが、それを徹底的にほめあげて相手に伝えなければならない。
 近衛少将も仲介男も、だからそれほど特異な人物というわけではないのかもしれないが、それにしてもあまりに実利的、現実的な男として描かれていて、可笑しい。

 実は、ここにもう一人の特異な人物がいる。それは常陸守自身である。彼は浮舟の結婚話がこのように進んでいることを知らなかった。仲介男から事実を聞いて驚くとともに、「これはいい婿がね」とばかり、少将を取り上げてしまい、実の娘(浮舟の妹)の婿にしてしまうのだ。しかも、浮舟の母が丹精込めて用意していた結婚式用の調度などもそのまま使ってしまうし、なんと浮舟の祝言の日その日を、実の娘と少将との祝言の日にしてしまうのだから、呆れるしかない。浮舟ばかりに気を配る中将君と実子でない浮舟に対する日頃の鬱憤晴らしもあったかもしれない。「継子物語」の一端を垣間見る一幕である。
 
 紫式部が作り上げる人物形象は、いつも個性的であり、生き生きとしていて楽しい。当時の読者は、この少将は「どこの誰それ」、あの仲介男は「あそこの某、かにがし」などとなぞらえながら、にやにや読んでいたのではあるまいか。


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