源氏物語

源氏物語たより16

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  凄まじき権力闘争  源氏物語とはず語り16 

 NHK・BSで放映されている韓国ドラマ『トンイ』を毎週楽しみに見ている。数年前、同じく韓国ドラマ『チャングム』が非常に面白く、すっかり韓国ドラマに魅了されてしまったからだ。『チャングム』は、筋がきめ細かくて無理がなかった。特に調理や医療に関する考証は綿密で、よくぞここまで調べ上げたものだと感心させられた。
 それに比べると、『トンイ』は、チャンチャンばらばらの活劇風で、筋に荒さはあるものの、結構興奮しながら見ることができる。


 いずれも朝鮮王朝の歴史に則ったドラマである。
 『トンイ』は、18世紀前半(チャングムは16世紀)の19代国王・粛宗の時代を描いたものである。主人公トンイは、身分の低い階層から、執拗なまでの探究心と持ち前の積極性で、王宮に勤めるようになり、たまたま王の目に留まり、寵愛される。そして後に朝鮮王朝の名君の一人と言われた21代国王・世祖を生む。
 この時代、朝鮮王朝は、両班(身分制度の最上層)によって政治が独裁されていたが、両班には、南人派と西人派があり、両派で激しい覇権争いが繰り広げられていた。政権の伸張と安定のためには、自派から王妃を出すことが必須の条件になる。国王自身も、一方の勢力ばかりが強くなることは防がなければならなかった。
 そこで、さまざまな手段を弄して、王妃を冊立したり廃位にしたりした。トンイの時もまさにそんな状況のただ中にあった。先の王妃は罪なくして、位を追われ、食べるに事欠くほどの身分に落とされた。今の王妃であるヒビンの陰謀の結果である。過去には毒薬を賜った王妃もあったという。
 しかし、やがてはこのヒビン自身が、トンイによって、王妃の座を追われるようになる。彼女はどういう追われ方をするのであろうか、これからが楽しみである
 いずれの国も、権力闘争はつきもののようで、なんの争いもなく、平和な時代ばかりが続いたという国はないのではないだろうか。権力とは恐ろしいものだ。

 源氏物語もまたご多聞に漏れず、激しい政権争いを繰り広げる物語である。
 こう言うと、「え?」と思うかもしれない、優雅で平安な世界を描いたのが源氏物語ではないの、と。光源氏の女性遍歴や和歌や管弦などに明け暮れる貴族社会を描いたもので、およそ争いなどとは無関係な物語ではないのか、というのが、おおむねの認識かもしれない。しかし、物語は、当初から権力闘争で始まる。
 『いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひ給ひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり』
 それほど身分は高くはない更衣が、帝の寵愛を一身に受けるというようなことがあった、というのだ。これでは世の中うまくいくはずはない。なぜなら、女御と更衣との身分差は、歴然たる差があるからだ。
 女御には、大臣や宮家などの最高級の家柄の娘がなる。皇后(中宮)には、通常この女御がなる。更衣には、大臣以下の大納言や中納言などの公卿、あるいはそれ以下の家柄出身の娘がなる。冒頭に登場する桐壷帝寵愛の更衣は、大納言家の出身である。我々現代の者からすれば、大納言とは相当な身分ではないか、それがなぜ帝の寵愛を受けてはいけないのかと疑問に思うのだが、大臣家出身の女御には及びもつかないのである。それほどに当時、大臣とは大変な身分だったのだ。

 にもかかわらず、桐壺帝は、更衣風情を寵愛してしまった。したがって、
 『はじめより我はと思ひあがり給へる御方々、めざましきものにおとしめそねみ給ふ』
という状況になってしまったのだ。つまり、自分は女御である、自分こそは帝の寵愛をうけるに相応しい身分の者である、と思いあがっていたところ、何と更衣風情が帝の寵愛を受けることになってしまった。誠に目障りで無礼な奴である、と、女御たちは、やっかんだりさげすんだり憎んだり、大騒ぎになってしまった。
 桐壷の更衣と同じか、それ以下の身分出身の更衣も、桐壷の更衣への憎しみ・嫉みは同じである。その結果、さまざまないじめが、陰に陽に始まった。そのいじめたるや、とても平安貴族のゆえあるご婦人方のすることではない。
 ついに、この更衣は、さまざまないじめに耐えきれず、あえなくなってしまう。わずか20歳ほどの若さである。毒を飲まされたのでもない、位を追われたのでもない、陰謀にあったわけでもない。しかし、結果は同じようなものである。

 彼女たちは、なぜこれほどまでにうろたえ騒いだのだろうか。それは、帝に寵愛されるかどうかは、一家の浮沈にかかわることであるからだ。寵愛され皇子を生めば、それが、一門の繁栄に直結する可能性があるのだ。
 源氏物語はこうして始まるのである。それは決して桐壷帝と更衣の純愛・悲恋の物語ではないし、若き貴公子・光源氏の女性遍歴の「始まり!始まり!」ということでもないのである。
 更衣の死後、桐壺帝は、彼女の生んだ世にも美しい光の君を春宮(とうぐう)の座につけようかとさえ思う。しかしそれは許されることではない。右大臣の娘・弘徽殿の女御には、れっきとした第一皇子がいるのだ。これを越えて源氏を春宮の座に付ければ、右大臣は黙ってはいない。短気な弘徽殿の女御は、源氏に毒を盛りかねない。

 そこで、帝は源氏を臣下に落とすとともに、いいことを考え付いた。源氏を左大臣の娘・葵上の婿とすることだ。右大臣と左大臣の勢力の均衡を考えたのかもしれない。その点はお隣の国とおんなじだ。左大臣も大喜び。左大臣はもともと帝の信任が厚かったし、しかも彼の北の方は、桐壷帝の妹で母を同じくする。そこに今度は桐壷帝最愛の皇子・源氏が婿となってきた。
 『母宮(葵の母親)は内裏(帝)のひとつ后腹になむおわしければ、いづ方につけてもいとはなやかなるに、この君(源氏)さへかく添ひぬれば、春宮の御祖父にて、つひに世の中を知り給ふべき右大臣の御勢ひは、ものにもあらずおされ給ふ』
 『つひに世の中を知り給ふ』とは、右大臣の子供が春宮に立たれたので、将来は外戚として天下の政(まつりごと)を束ねる洋々たる権勢である、ということで、右大臣家の繁栄間違いなしと思われていたのだが、左大臣家へ源氏が婿に入ったことで、右大臣家の形勢は怪しくなってしまった、ということである。

 『桐壷』の巻は、このあと、藤壺宮のことと、宮を慕う源氏のことが述べられるものの、要は、権力の渦巻く恐ろしい物語の端緒を描くもので、雅などとは程遠い巻なのである。
 『葵』の巻で、桐壺帝が譲位し、右大臣の孫が帝位につく。朱雀帝である。こうなると左大臣方(源氏方)が、危うくなる。特に桐壺院が亡くなられると、状況は一気に変わった。院の庇護を受けていた源氏は、近衛の大将として絶大な権勢を誇っていたのだが、すっかり影が薄くなってしまった。
 『除目のころなど、所なく立ちこみたりし馬、車うすらぎて』
という状況である。除目とは、春と秋とに行われる中央官庁の役人の任官と地方の役人の任官のことで、任官を願う者たちは、権勢家を頼ってその家に日参する。かつて源氏の邸には、彼らの馬やら車やらが、所せましと詰めかけていたのだが、今はすっかりそれも薄らいでしまった。

 弘徽殿の女御(今は大后)は、『御心いちはや(恐ろしく厳しい)』き人である。
 『かたがた思しつめたることどもの報いせむと思すべかめり』
 この際、今まであれこれと根に持っていたことの仕返しをしよう、というのだからたまらない。左大臣や源氏関係の者には、任官の沙汰もない有様である。
 危険を察知した源氏は、いちはやく自ら須磨に身を引くこととなる。事実上の左遷である。時の近衛の大将が流されたのだ。一面トップの大ニュースである。

 ところが、2年半の流浪のあと、源氏は都に返り咲く。この頃は、右大臣方は斜陽になってきていた。その後は、めきめきと出世した源氏の時代である。朱雀帝が譲位し、冷泉帝になってからの右大臣家は、火が消えたようになり、物語に登場することも稀になってしまう。権勢流転の激しさである。

 それでは、これで権力闘争は終わったであろうか。
 豈図らんや、今度は意外なところで火を噴き始めた。
 なんと、源氏と、かつてあれほど親しかった頭中将(今は権中納言)との暗闘である。頭中将は、左大臣家の嫡男で、当然将来は大臣である。若い時から二人は馴れ睦んできた。源氏が須磨に流されていた時には、右大臣ににらまれることも恐れず、須磨に源氏を見舞った仲である。それが、今では、互いの娘を皇后(中宮)とすべく、激しい争いをする仲となったのだ。
 『絵合』という巻がある。絵合とは、古今の名画を、右左に分かれて、その優劣を競うものである。平安貴族の華やかにして気品ある、いわば雅の典型のような遊びである(もっとも紫式部の創作と言われているのだが)。しかし、源氏物語における絵合の裏には、権力への醜い欲が疼いていた。この絵合の時には、源氏方が、頭中将に勝ち、源氏の養女分である元斎宮(六条御息所の娘)が中宮となる。

 我々は、源氏物語は、雅でおおらかな貴族社会を描いたものと思いがちであるが、実は、このような人間の生々しい欲としての権力争いが、その底に流れているのだ。その面で源氏物語を読んでいくと、まったく様相の違った世界が見えてくる。それが、この物語を骨太なものにし、飽きさせないものとしているのである。
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