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源氏物語

源氏物語たより335

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   夫婦喧嘩に見る夫婦の在り方  源氏物語たより335

 夕霧と雲居雁の夫婦喧嘩については、『日本一素敵な夫婦喧嘩 たより51』で取り上げているが、今回もう一つの場面を上げてみて、夫婦のありようというものを見ていこうと思う。
 前回の夫婦喧嘩は、落葉宮の母・御息所が逝去した後、夕霧が、落葉宮邸に主人顔で入り込み、宮と夫婦関係を結んでしまった後のことなので、夫婦喧嘩が起こるのも当然のことである。夫婦の危機という深刻な状況にあるにもかかわらず、あの時の二人の喧嘩は、実に道化ていて滑稽で、それでいて夫婦関係のありようというものが見事に描かれていた。
今回の夫婦喧嘩は、それ以前のことである。御息所から夕霧に例の手紙が届き、それを雲居雁に奪い取られてしまった時に起こった喧嘩である。夕霧は、御息所の手紙を必至になって取り返えそうともがくが、雲居雁は一向に返そうとしない。そこで、
 「人の手紙を取り上げるなどとんでもないこと。その手紙は、花散里から来たものだ。彼女が風邪を患っていたので、見舞いを言ったその返りとしてくれた文だ」
と嘘をつく。そしてご丁寧にこう付け加える。
 『見給へよ。懸想びたる文のさまか』
 「見てごらん。恋文めいた手紙かどうか」ということであるが、紫式部は、ここで御息所の文字を巧みに生かしている。御息所は重く患っていたために、手紙もまともに書くこともできない状態であった。したがって、自ずからその文字は「鳥の足跡」のようになってしまい、判別さえできない。これではいくらなんでも「懸想文」にはならない。雲居雁も、これはまともな女からの文ではないと思うだろう。それが分かれば返してくれるはずだと、御息所の「鳥の足跡」を悪用したのだ。
 源氏物語では、全ての形象が無駄なく繋がって行く。「鳥の足跡」であったがゆえに、夕霧はなかなか判読できずに苦心惨憺しているうちに、雲居雁にその文を奪われしまったのだが、実は「鳥の足跡」はそこで終わってはいなかった。夕霧の嘘にも役立ったのである。伏線ともいえないだろうが、一つの事象(鳥の足跡)を二つの場面に生かしたのだ。こんな細かなところにまで心憎いばかりの配慮をしている紫式部の抜け目なさには舌を巻くほかない。
 それにしても、「花散里からの文だ」と言ったのでは、花散里の文字が極めて稚拙だということになってしまって、花散里には大変失礼なことになるのだが、それこそが、紫式部独特の諧謔であり、くすぐりになっているのだ。  

 夕霧は、さらに雲居雁の行為を非難する。
 「それにしてもお前の行為は、賤しい者のする業だ。年月とともに、お前は、私をひどく軽蔑するようになってきている。そんな下品なことをするお前を、私がどれほど軽蔑するか、少しも考えようとしない。私を軽んじている証拠だ。恥ずかしいとも思わないのが、なんとも嘆かわしい」
 ところが、雲居雁も負けてはいない。ここから二人の激しいやり取りが始まる。

(雲) 「“年月とともに”っておっしゃいますが、あなたの方こそ年月とともに私を侮っているのではありません」
(夕) 「まあそれは、夫婦の常というものでな。
   ところで、私のようにそれなりの身分になっている男が、独りの女だけを後生大事にして、鷹の雄のようにおどおど     している様などは、もう世間の笑い者というものよ。お前自身、そんな律義な男に世話されているというのは、不面     目ではないのか。
     大勢の女がいる中で、格別に大事にされる女というのこそ、人さまのおぼえもいいというものさ。またその方がいろ   いろ新鮮で、生きがいもあるというものではないか。私のように、一人の美女を守っているなど、私自身も残念に思う   し、お前にとっても何の見栄えもなりはしない」
(雲)  「あなたは、“見栄え”とおっしゃいますが、そうなると私のように古くなった女は、問題にもされないってことですわ。   あなたばっかり最近やたら若々しくおなりになって。そんな姿、今まで見たことありませんわ。昔からそうなら私として   も馴れっこになっていて、辛いとも苦しいとも感じないですむというのに」
(霧)  「“最近?”最近、何があったというのかね。それはもう不快きわまるお前の勘ぐりというものだ。あるいはたちの悪   い乳母あたりが、お前にあらぬことを吹き込んだのだろうよ」

 夕霧は、ここで喧嘩の矛を収める。いずれ近いうちに落葉宮と一緒になることを考慮すれば、これ以上喧嘩をしていては、旗色が悪くなるのは目に見えていると思ったからだろう。こういう時は、一端帆を下すに限る。

 それにしても、いろいろなことを考えさせる夫婦喧嘩である。二人の言い合いには、現代に十分通じる真理が込められている。通じないのは、「大勢の女がいる中で・・」という夕霧の言葉くらいであろう。上級貴族の社会は、一夫多妻制であったという当時の風俗を理解しておかないと、分からない言葉である。
 この時の夕霧の頭の中には、六条院の光源氏のハーレムがあったはずである。花散里や明石君や女三宮や紫上など、大勢の女性がいる六条院の中で、紫上が格別源氏の寵愛をうけている姿が彼の念頭から離れないのだ。それを真似たいのだろうが、源氏とはすべてにわたって能力が違うし、人間としての器が違う。

 それでは二人の喧嘩言葉を現代的に検証してみよう。
 〔夫の手紙を取り上げる行為〕
 今で言えば、携帯電話の盗み見に当たろうか。夫の携帯に愛人からのメッセージが入っているかもしれないので、見てみたい気持ちはある。しかし盗み見は下衆のするわざである。そのことを本文では「なほなほし」と言っている。身分の低いものということで、それなりの育ちをし、それなりの奥さまになっているならば、「盗み見」は立派な恥さらしになるから、しないはずだ。
 〔夫婦関係は年月と共に変わるもの〕
 夫婦関係は年と共に変化していくのは「世の常」である、それは現代でも同じことで、私も何度となく経験している。
 年と共に相手を侮るようになるのも、また互いに恥も外聞も感じなくなるのも夫婦の常というものである。何年経ってもかわらぬ熱愛状態で、互いに信頼しあい尊敬しあう夫婦など、妖怪じみていて、きもい。
 だから、年とともに、女房から新しい女に目が移っていくのは天の理なのである。
 〔妻の面目〕
 呆けたように一人の妻を守り通して、いつも女房におどおどしているような男に魅力はない。妻にとっても栄えないものだし味気ないものだ。鷹が、満州方面から渡ってくる時には、雄は雌の後に随従し、時には蹴られたり嘴で突かれたりしてついてくる(岩波 日本古典文学大系)という。そんな鷹の雄は狩りの役にも立たない。
 ほかの女から持てる男の妻であってこそ面目というものであろう。またそうあってこそ、いつも夫婦が新鮮な気持ちでいられるのだし、生活に張りと潤いが生まれてくるというものである。
 〔浮気をするなら何度でも〕
 雲居雁は、現在三十一歳、落葉宮は女三宮の姉なので、二十歳半ば過ぎ。
 夕霧が「栄え、栄え」と言うものだから、彼女はカチンとくる。
 「そうでしょうよ、あなたが最近やたらと若返っているのは、○○宮様がいるからでしょ。そうなると私みたいなお古は分が悪いわ」
と皮肉を言いたくなるのも無理からぬこと。
 それも今まで「まめ人間」で通してきた男が、急に浮気をするものだから、妻は困惑してしまう。夕霧の場合は『かねてより馴らはし給はで』いたのがいけない。今までももっと浮気をしていてくれれば、こんなに苦しまないですんだし、辛くもなかったのに・・と雲居雁は言っている。
 彼女の逆説的論理は誠に理にかなっている。光源氏などは浮気が習い性(本性)だから、妻たちはさして騒がない。でもこれは現代に通じる論理であるかどうかは疑問であるが。

 ところで、紫式部は、親子ほど年の差のある藤原宣孝と結婚した。一子は儲けたものの、わずか三年足らずで、宣孝は亡くなってしまう。つまり彼女は世間一般のような夫婦生活の経験はないのである。にもかかわらず、以上のような微に入り細を穿った夫婦生活を描き切る。
 それは彼女の能力からすれば当然のことなのかもしれない。白氏文集にしろ催馬楽にしろ古今集にしろ、彼女が触れたものは、すべてを自家薬籠中のものにしてしまう能力の持ち主なのだから、夫婦関係などを描くのは彼女にとっては茶飯のことであったろう。が、それにしても彼女の想像力と構想力は見事なものである。
 藤原宣孝が、紫式部と結婚したのは、今で言えば高齢者に入るのだが、なかなかの発展家であったと言う。結婚する前、彼は、手紙に朱をぽとぽと降り注ぎ、「これは私の血の涙です」といって、紫式部に、恋い焦れる思いを伝えたそうだ(三省堂選書『源氏物語の謎』伊井春樹著)。歳はとっていても、そんな洒落っ気や風流心が紫式部の心を捉えたのかもしれない。彼はなかなかの男前だったという。だからわずか三年足らずの結婚生活ではあったが、その家庭にはいつも新鮮な風が吹いていて、彼女に張りと潤いを与えていたのかもしれない。宣孝は決して「鷹の雄」ではなかったので、その死は、彼女にとっては耐えられないことだったろう。

 『消えぬ間の身をも知る知る 朝顔の露と争う世を嘆くかな』  紫式部
 (人の命ははかないものと分かりきっているのに、それでも朝顔の花のように、はかなく消えていく人の世の、なんと嘆かわしいことか)



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