源氏物語

源氏物語たより338

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   女三宮の出家と光源氏   源氏物語たより338

 女三宮の文を、小侍従が柏木のところに持って行ったその暮れ方から、宮は産気づき大騒ぎになる。光源氏に知らせると、彼は心中穏やかでなくなる。
 「これが自分の本当の子であればどんなに嬉しいことであろう。しかしそうではないのだ。それどころか、今後ともことの真相を誰にも気取られてはならないのだから、なんとも口惜しいことだ」
 そこで彼はいかにも自分の子が安らかに生まれることを願うが如く、験ある僧をあまた召して、安産祈願の加持を殊更に行わせるのである。
 女三宮は、夜一夜悩み明かして、翌日、日が差し上がるころ、「男の子」を出産した。このことでまた源氏の懊悩が始まる。
 「柏木にそっくりな子であったらどうしよう。いっそのこと女の子であればよかった。女の子なら深窓に育つので人目に触れることも少ないし・・いやいやそうではないかもしれない、男の子の方がことあるごとに育てやすいかもしれない・・」
などと悶々とするのである

 案の定、五日、七日、九日などのさまざまな産養いの儀式でも源氏は浮かない顔をするばかり。それに「子供(薫)はまだ醜いから」ということを口実にして、薫をろくに見もしないし世話もしない。冷泉帝が生まれた時に彼はどうしたか、「早く会わせろ、早く会わせろ」と王命婦をせかせたのではなかったか。
 
 そればかりか、源氏は、女三宮のところには泊まりもしないで、ただ昼にやって来て、
 『御几帳のそばよりさし覗き給へ』
るだけなのである。宮のそばに寄ろうともしないで、ここにやって来れない弁解と心にもないお追従を言う。
 「いやいや世の中ははかないものでのう、自分の老い先も短い。もの心細くなって、ひたすら勤行に励んでおるというわけさ。それで、なかなかこちらにはやって来られない。なにしろこちらは子供がいて騒々しく勤行の支障になるでな。
ところで、お産も終わったのでさぞ御気分も爽やかになられたことであろう。それにしてもおいたわしいことよ」
 そんなつれない態度は、女三宮を深い絶望に陥れる。「このつれなさは、今後さらに勝るであろう」と考えると、彼女は、次の結論に至るしかないのである。
 『尼になりなばや』
 そして、源氏にこう言う。
 「私はもう生きていられない感じが致します。でもこんな嬰児を残して死ぬのは罪も重いと言いますし、それならいっそのこと尼になれば生き長らえることができるかもしれません。またたとえ亡くなったとしても、出家の身であれば罪も消滅するのではないかと思います」
 ひはずな女三宮であったが、この訴えには真実の思いのほとばしりがあるし、常よりもはるかに大人びた覚悟が秘められている。彼女は既に死すら恐れていない。いやむしろ「死なばや」とさえ思っているのだ。
 ところが源氏の口から出る言葉は
 『いとうたて忌々しき御ことなり』
なのである。
 そのくせ心の中では、「女三宮が本心そう思っているのなら、尼にしてもよかろう」と思うのだ。「今後は宮も自分のことを疎疎しく思うだろうし、自分も宮を素直な気持ちで見ることはできまい。そういう私の態度は自然に人々の目にも映るであろう。まして朱雀院は、それを私の「怠り」と取るであろう。それだったら、宮の悩みにこと付けてお望みのようにしてやるのもよかろう」とも考える。
 しかし、宮の老い先の長さを考えれば、それも不憫。そこでこう言う。
 『なほ(心)つよく思しなれ。(体の具合は)けしうはおはせじ』
 源氏の心理が微に入り細をうがって描かれる。

 それにしても、ここでは源氏の弱々しい姿を見るばかりである。子供が生まれては懊悩し、宮の訴えを聞いては思いが二転三転する。六条院の北の方が出家するか否かの瀬戸際にあるのである。二十二歳の若き北の方が出家するなどとは理由のいかんを問わず、不面目きわまりないことに変わりはない。
 『藤裏葉』の巻における帝、院そろっての行幸の輝きはどこに行ってしまったのだろう。栄光に満ちた源氏の姿はどこに行ってしまったのだろう。浄土を思わせる理想世界の六条院は完璧に崩壊したのだ。
 これこそが、決して許すことのできない藤壺宮との秘事の報いなのだと言っていいのかもしれない。


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