源氏物語

源氏物語たより17

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  右大臣家のドタバタ悲喜劇  源氏物語とはず語り17

 光源氏は、なぜかくも難しい恋にばかりに身を焦がすのだろう。それが彼の“御本性”だというのだから、言うかいもないのだが、「少しは御自重なさった方が」と思ってしまうほどである。


 そもそも彼の最初の恋である藤壺宮への思慕などは、決して許されるべきものではない。藤壺宮は、源氏の父親である桐壷帝の最愛の妻である。つまり源氏にとっては義母に当たるのだ。禁断の恋そのものである。
 また、六条御息所は7歳も年上で前坊(先の春宮)の奥さん。紫上は10歳も年下の幼女。空蝉は、受領である伊予介の奥さんで、天皇の子である源氏が相手にすべき女ではない。
 まして、夕顔は、下の品の女で、源氏とは計り知れないほどの身分差がある。「おほけなし」という言葉がある。「身分不相応」という意味である。身のほどわきまえずということで、どちらの立場からみても、この恋は成り立たない。
 ある受験誌に「“おほけなし”は、身分が違い過ぎて、親の“オーケが出ない”、つまり“オーケがなし”“オーケなし”と覚えよ」とあった。
 オーケがあろうがなかろうが、禁断だろうがなかろうが、また、身分差、年齢差などがあろうがなかろうがさらさらお構いなしに、源氏はひたすらに恋の道を行く。

 その典型は、朧月夜との恋である。彼女との恋は、二重三重にしてはならない恋のはずなのに。
 まず、朧月夜は、右大臣の娘で、その右大臣は、源氏にとっては宿敵であるからだ。特に、右大臣の長女・弘徽殿女御は、桐壺帝との間に第一皇子(後の朱雀帝)を生んでいたのだが、更衣との間に生まれた第二皇子である源氏が、光り輝くほどの清らさで、帝のいつくしみたるや目に余るほどで、弘徽殿女御にすれば、この光る君は、我が子の第一皇子を脅かす存在として、まさに目の上のたんこぶである。それゆえ源氏を親の仇のように思うようになるのだ。
 「源氏の美しさたるや、まがまがしい(不吉な)ほどで、いっそのこと鬼神に魅入られて死んでしまえばいい」
とさえ思っている。そのゆかり(妹)との恋などは考えられないことである。
 右大臣は、朧月夜を朱雀帝の女御にしたいものと思っていた。ところが、源氏が先を越して、彼女の身体を奪ってしまった。そういう関係になってしまった以上、女御として入内させるわけにはいかない。源氏を恨みつつ、仕方なしに“尚侍(ないしのかみ)”として入内させる。尚侍は、内裏の女官の最高位の女官長であるが、事実上は、帝の奥さんの一人で、女御、更衣と同じである。
 いよいよこの恋は許されぬものになってしまった。

 にもかかわらず、二人は逢い続ける。
 ある時などは、“五壇の修法”が行われっている日に忍び逢っている。五壇の修法とは、国家安穏などを願って祈りをする国家的な行事のことで、天皇は慎みこもっていなければならない日なのである。二人は天皇の留守を狙って計画的な逢瀬をし、快楽に耽(ふけ)っていた。不届きこの上なく、朱雀帝をないがしろにすることおびただしい。  

 桐壺院が崩御されてからは、外戚となった右大臣はこの世の春を謳歌するようになる。右を向いても左を向いても「右大臣、右大臣」である。源氏には後ろ盾がなくなり、極めて不安定な立場に立たされたのだ。弘徽殿女御(大后)は、何とかこの機会に源氏を亡き者にしようと、虎視眈々とその機会を狙っている。
 こういう時こそ慎重に行動しなければならないのに、源氏のご本性は、常軌を逸した行動をとらせる。わらわ病の治療のために里下がりしていた朧月夜に、大胆にも逢いに行くのである。もちろんそこは右大臣の邸で、弘徽殿女御も一緒に住んでいる。その敵地へ乗り込み、偲ぶ恋をしようとするのだから、まことに危ない賭けである。

 もっとも、これは源氏だけの責任ではない。
 『例のめずらしき隙なるをと、聞こえかわし給ひて、わりなきさまにて、夜な夜な対面し給ふ』
 「聞こえかわし」とは、「源氏と朧月夜とが互いにしめしあわせて」ということである。源氏だけが積極的に出ているのではない。女も源氏に逢いたいのだ。それで自らも源氏に便りを出し、歌も先に贈ったりしている。
 以前、瀬戸内寂聴は、朧月夜は、平安時代の女性にしては珍しく主体的に行動でき女だから好きだ、といっていたことがある。確かに誠に積極的な女である。
 源氏と最初に逢ったのが、弘徽殿の細殿で、夜の夜中、彼女は一人で、
 『朧月夜に似るものぞなき』
などとうそぶきながら歩いていたのである。この行動は女のものではない。そこを好色な源氏に見つかり、袖を掴まれ、身体を奪われたのだ。彼女自身男を求めていたといえなくもない。里帰りの時の逢瀬も、朧月夜からの働きかけだったのかも知れない。本来的に多情な女である。
 「わりなきさま」とは、「無理を押して、算段し」ということで、危険を承知でも逢いたい気持ちが優先したのだ。しかも「夜な夜な」である。これが発覚しないはずはない。

 ある夜、ついにその時が来た。いつものように朧月夜の御帳台(寝床)で忍びあっていると、大雨となり、雷鳴も激しくなった。周囲が大騒ぎになり、御帳台の周りには女房やら、家司やらが集まってきて、源氏は、御帳台から出られなくなってしまい、進退窮まったまま朝を迎えてしまう。
 すると、右大臣自身が、朧月夜のところに、大雨の見舞だといってやってきた。あわてて御帳台からいざり出た朧月夜の着物にまつわって、男物と思しき薄二藍色の帯(女は帯は使わない)が出てきてしまった。しかも几帳の下には、畳紙(たとうがみ)に男手の書き物まで落ちているではないか。右大臣が難詰する。
 『かれ(畳紙)は誰がものぞ。けしき異なる物のさまかな。それ取りて誰がぞと見はべらん』
 さらに彼は、几帳の中を覗いてみた。そこには、
 『いといとうなよびて、つつましからず添い臥したる男あり』
 (たいそう色めかしく、遠慮もなく横になっている男がそこにいた)のである。
 万事休す。右大臣は、あきれはて、心外で、いまいましくてならないのだが、
 『直面(ひたおもて)にはいかでかはあらわしたまはむ』
 (しかし直接面と向かって、お前は!とあばきたてるわけにもいかない)
 激怒しながら、娘の弘徽殿女御(大后)のいる寝殿に行って、ことの真相を訴えた。すると弘徽殿女御は、すさまじい勢いで源氏の悪口雑言を始めた。さすがの右大臣も、そのすさまじさには辟易し、話さなければよかったと後悔する。
 弘徽殿女御は思う。
 『かく一所におわして隙もなきに、つつむところなくさし入りものせらるるらむは、ことさら軽め弄ぜらるるにこそは』
 (私が、朧月夜と一緒にいるので忍び入る隙もないはずなのに、はばかりもなく源氏が入ってきて。これは私たちが相当軽く見られ、馬鹿にされているのだ)
 そして、一方では、にたりとしながら、こう思うのである。
 『このついでにさるべきことども構えいでなむに、よきたよりかなと思し廻らすべし』
 「さるべきこと」とは「源氏を陥れる」ことであり、「よきたより」とは、「この逢引き事件は、源氏を陥れるのに絶好の機会である」ということである。
 この弘徽殿女御の思いをいち早く察知した源氏は、自ら須磨へと逃げていく。

 ところで、右大臣ともあろうものが、娘の部屋にずかずかと押し入るなどということがあるだろうか。まして、几帳の中を覗き込むとは。何気ない雰囲気で、男女のそれは分かるはずで、遠慮してその場を退くのが「心にくし」というものだろう。
 右大臣は、そういう人柄ではなかった。せっかちで、早口で、短気である。それが弘徽殿女御にもうつり、右大臣家全体の風土になっていたようである。源氏にとってはとても理解できない家風である。

 そういえばいろいろなことが思い出される。
 かつて桜の花の宴の後、藤壺宮になんとか逢いたいものと、藤壺(殿舎のひとつ)あたりを彷徨っていたが、そこは用心深くて、とても這い入る隙とてない。さすがたしなみのあるお方と、改めて藤壺宮を尊敬する。
 仕方なく弘徽殿(殿舎のひとつ)に行ってみたら、何と簡単に戸が開き入り込めた。そこで源氏はこう思う。
 『かやうにて、世の中の過ちはするぞかし』  
 「世の中の過ち」とは男女の仲の過ちのことで、これは実に皮肉なことを言っているのだ。なぜなら、源氏は、断りもなくするりと弘徽殿に入って行って、そこの娘(朧月夜)と積極的に「過ちを犯している」のだから。
 右大臣が催した藤の花の宴の時もそうだ。ただ華やかにふるまう面ばかりが感じられ、『心にくく(なつかしく)奥まりたるけはひはたちおくれ』ていた。そんな右大臣家の家風を予想していたのだろう。招かれた源氏は、
 『あざれたる大君姿』
で登場した。他の公達は、みな右大臣を敬って正規な袍(ほう)を着て参加したのに、“しゃれて打ち解けた直衣を着た皇子の姿”で出かけたのである。誠に挑戦的であった。あのころからすでに、右大臣やその家風を侮っていたのだ。

 桐壷の更衣が亡くなった時、帝が悲しみに沈んでいるにもかかわらず、弘徽殿女御は、『月のおもしろきに、夜ふくるまで、遊びをぞし給ふなる』状態であった。「遊び」とは管弦のことである。夜通し琴だ笛だと遊び暮らすのだから、いかに他に対する思いやりがないかの証明である。
 源氏は雅を求める人間である。右大臣は、源氏の意識や観念・理念とあまりにも乖離(かいり)していた。
 右大臣がバタバタと娘の部屋に入り込み、ガアガアとがなり立てるのを聞きながら、源氏は絶体絶命のピンチにあるのにもかかわらず、こんなことを思っている。
 『舌疾(したど)にあはつけきを、大将はもののまぎれにも、左の大臣の御有様、ふと思し比べられて、たとしへなうぞ、微笑まれ給ふ』
 早口で軽率な右大臣を、沈着で思いやり深い左大臣と比べて、あまりの違いに「うふっ」と笑っているのである。
 身を滅ぼすかもしれない適地に危険を承知で忍び込むという源氏の不可解な行為は、荒く、あわただしく、思いやりに欠け、洗練されていない、雅とは対極にある右大臣家に対して、
 「そんなことでは、いずれ家そのものがおかしくなるぞ」
という挑戦的教唆だったと考えることで、初めて理解できることなのである。
 案の定、右大臣家は、右大臣亡き後、あっという間に斜陽にむかってしまう。

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