源氏物語

源氏物語たより343

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    光源氏の心が読めない  源氏物語たより343

 出家した女三宮の持仏開眼供養も過ぎ、宮は今では正真の尼である。お付きの女房十人ほども宮に追従して尼になった。光源氏は、そんな宮のために、寝殿から西の対に渡る廊の周囲の庭一帯をすっかり野の風情にして、そこに虫を放った。また閼伽棚(仏に捧げる水を入れる桶や花を置く棚)なども誠に好もしく優美に出来上がった。これで仏道に励むに十分な環境が整った。
 そんなところに源氏が渡って来て、虫の音を聞くふりをしながら、宮に嫌らしいことを言いかかる。それは
 『なほ思ひ離れぬさま』
をである。宮は、それが何とも煩わしくてならない。内心では、
 『「例の(源氏の婀娜な)御心は、あるまじきことにこそはあなれ」と、ひとへにむつかしきことに思ひ聞こえ』
給うのである。源氏が、宮に対して何を言ったのかは、文中に記述はない。しかし、源氏の「例の御心」だから、凡その察しはつく。恐らく
 「今でもあなたのことが好きだ」
 「まだ心からあなたを愛しているのに・・」
というようなことであろう。いくら当時、女性に会ったら「愛している、好きです」と言うのが礼儀だったとはいえ、それは普通の女性に対しての場合であって、いやしくも宮は正真正銘の尼なのである。だから宮は「あるまじきこと」と思い、不快に感じているのだ。
 
 このあたりの源氏の心が全く理解できない。宮は、
 「源氏は、柏木との不義の件はすべて知っていて、私から心がすっかり離れてしまっているにもかかわらず、人々への体面を気にして、今までと変わりなく私をあしらっているだけなのだ」
から、宮は
 『いかで見えたてまつらじの御心にて』
出家したのだ。尼であれば源氏から完全に離れられる、と安心していたのに、未だにこんな戯言を言いかかる。これでは尼であっても落ち着いていられない。そこで、
 『人離れたらむ御住まひもがな』
とすら思うのである。宮は、源氏と会うことを厭うばかりか、「源氏からすっかり離れて住むような所はないだろうか」とさえ思っているのだ。
 勘の鋭い源氏のことである。宮の気持ちが分からないはずはないのに、どうも不可解な言動である。
 
 この後、源氏は、松虫(今の鈴虫)と鈴虫(今の松虫)とを比べて、松虫は、人里離れた所で鳴くという「隔て心のある虫」だと言う。暗に自分を隔てる宮の行為をあてこすっているのだ。
 そんな源氏の嫌らしさを知ってか知らずか、宮はしのびやかに歌を詠む。その様が
 『いとなまめいて、あてにおほどかなり』
と源氏の目には映るのである。「なまめく」は、「若々しく美しい」ということで、「婀娜めく」という意味もある。また「おほどか」は、「おっとりしている」という意味である。この感想から見ると、源氏は本気で「その目で」宮を見ているということになる。 
 浮気した妻を素直に受け入れることなどできるものだろうか。また、始めから愛情の一かけらもない「片なり」の宮とよりを戻す気になどなれるものだろうか。
 やはり尼姿の宮に隠微な魅惑を覚えたとしか考えようがない。
 そういえば、江戸の小咄にこんな話がある。男が何人か集まったら、女の話と相場は決まっている。この時もそうで、やれ「年増がいい」やれ「おぼこがいい」やれ「尼さんがいい」と喧々諤々(けんかんがくがく)。そのうちに結論が出た。「後家さんが一番」。それを聞いていた間抜けな与太郎、
 「そうか、そんなに後家さんがいいのか。それなら俺も早く女房を後家にしてみてえ」
 尼さんは一番人気にはならなかったものの、結構な評判であった。
 源氏も、若い時から「新しもの好き」であり「わりなき恋志向」であり、表現は悪いが「下手物趣味」である。たとえば皇子にはあるまじく、身分違いの空蝉や夕顔と懇ろになったこともあったし、恐れ多いことに、はるかなる存在の藤壺宮をあるまじく思慕したのも、この範疇に入るといえなくもない。

 源氏と女三宮の絶望的なバトルは、以下のよう環境の中で行われていた。
 秋の風が涼しくなりつつある夕暮れ、さまざまな虫の音が美しく聞こえて来る。鈴虫の声がとりわけ情趣豊かに響いている。
 女房たちが、仏に花を奉るのだと言って鳴らす閼伽棚の閼伽坏(あかつき 水を入れた金属製の皿)の音、仏に注いでいる水の音。そして、宮は経文を念誦し、源氏自身も阿弥陀経をしのびやかに誦している。清浄なる交響楽が奏でられる中である。


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