源氏物語

源氏物語たより357

 ←源氏物語たより346 →源氏物語たより358
     光源氏が紫上の出家を許さない思惑  源氏物語たより357
 
 女楽の後、紫上は
 「先々も申し上げたことではありますけれども、どうか出家のお許しを戴きとうございます」
と願い出る。これに対して光源氏は
 『それはしも、あるまじきことになん』
と厳しく拒否してしまう。
 それから五年、明日をも知れない重篤な状態になった紫上は再び出家の願いを申し出る。
  『いかでなほ、本意あるさま(尼)になりて、しばしも(この世に)かゝづらはむ命の程は(生きている間は、仏道の)行ひをまぎれなくて』
 しかし、今回も源氏はそれを無下に拒否してしまうのである。なぜそれほど頑なに紫上の出家の願いを拒むのであろうか。この後、彼の内心の思いが描かれているので、整理しながら彼の思いを見ていってみよう。それは、おおむね次のようになるのではなかろうか。

 ① 紫上がこのように熱心に出家を願っているついでに、自分も出家してしまおうとも思う。
 ② しかし、私は、いったん出家すれば、俗世のことは一切顧慮せず、山の中でもっぱら仏道に励むつもりでいる。
 ③ 紫上とは、「あの世でも同じ蓮の上で」と契っている仲だ。
 ④ そんな仲なのに、谷を隔ててはるか離れた山中で仏道修行に励むということになれば、紫上に会うことなどとてもで   きることではなくなる。
 ⑤ それでなくても、紫上は今、重篤の容体にある。そんな彼女を置いて仏道の世界に入ってしまうことなどできるはず    はない。たとえ仏道に励んでいたとしても紫上のことが気になってしかたあるまい。そんな乱れた心ではまともな精進   もできないであろう。それは仏道の本旨に添わないことだ。
 ⑥ でも、このように自分の進退をあれこれ思い悩んで逡巡しているから、さして深からぬ気持ちながらさっさと出家して   しまった朧月夜や朝顔の君に後れをとってしまうのだ。

 ここで源氏の思いが二転三転していることがよく分かる。
 しかし、出家したいという気持ちを持っていることは間違いのないことだ。ただ、彼の場合は、一度(ひとたび)出家すれば、その修業は中途半端なものではなく、相当厳しいものになるであろうことが十分予想される。今までの彼の、なに事に対しても徹底した生き方を見ていれば、仏道修行のあり方も、自ずから徹底したものになるであろう。だから、女三宮のことが心配で、のこのこ山を下りてきてしまった朱雀院のような行為はしないはずだ。
 もう一つ言えることは、紫上と永遠に一緒にいたいという気持ちに疑いはないということだ。だから、彼にとってこの世に居ながら紫上に会えないなどということはとても考えられないことなのだ。このことは、紫上に対する彼の愛情・恋慕がいかに深いものであるかということを証明している。あれほど多くの女と関係を持ち、紫上を悩まし続けたのに、彼の紫上に対する愛恋の情は終始変わってはいない。

 ただ、問題なのは、彼の華やかな女関係が、彼女に哀しみの極みを尽くさせたことに、少しも気づいていないことだ。それは彼の自己本位な性がなさしめたことだ。命の極みにある紫上の必死の願いを、この段階にして未だに許そうとしないのも、やはり紫上を理解していないということであり、彼の自己本位な性に由来しているものである。それは、若い時から少しも変わっていない。空蝉を犯した時の言葉
 『おぼえなき様なるしも(思いもしない逢瀬であるからこそ、私とあなたは)契りある(前世からの深い因縁がある)とは思ひ給はめ』
や、朧月夜を犯した時の
 『ただ忍びてこそ(私のすることにじっと我慢していらしゃい)』
と言う言葉と同じ線上にあるのだ。三十年経った今もまったく変わっていない。

 源氏の内心の思惑を察知したのだろう、紫上は、
 『このことによりてぞ、女ぎみ(紫上)は、うらめしく思ひ聞こえ給ひける。我が身をも罪軽かるまじきにや、とうしろめたく思され』
るのである。
 「うらめし」には、「運命的なものについて、なぜこうなってしまったのかと、嘆息する気持ちがあり、口惜しく悲しい(角川古語辞典)」という意味がある。だから単に源氏を恨めしく思うだけではない。「こうなってしまうのもみな、自己の負わされている運命的な不運なのだ」と彼女は嘆くのだ。「我が身の罪軽かるまじきにや」とはそれを言っている。
 私が『御法』の巻を読むたびに、涙を禁じえなくなるのは、全ての事象を自己の責任に転嫁する紫上の自己犠牲的な姿勢に胸を締め付けられるからでもある。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより346】へ
  • 【源氏物語たより358】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより346】へ
  • 【源氏物語たより358】へ