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良心

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        良 心

 以前、小学校の教頭が電車の網棚に忘れられていたカバンから10万円を抜き取り隠匿してしまったという事件があった。それで、停職10ケ月及び降格の処分を受けた。
 この記事を見て単純には笑えないなと思った。こういう時、人はそれぞれどういう反応をするだろうかと思ったら、これが意外に難しい問題を含んでいることに気づいたからである。案外、人が見ていなければこっそり自分のものにしてしまうことがあるかもしれないではないか。ドラマなどでも、落ちているお金を人に気づかれないように、そっと自分の足元まで引き寄せ、足の下に隠してから人の見ていないのを確認して、おもむろにふところに入れるなどというシ-ンを見ることがある。

 以前、羽田から飛行機で九州旅行に行こうとした時のことである。トイレに入ると、棚にサイフが置き忘れられているではないか。手に取るなり思わず中を開いていた。なんと9万円も入っている。これをいかにすべきか、トイレの中だ、誰が見ているわけでもない。しかし、ここでネコババすればまさに“金隠し”になってしまう。しばらく沈思熟考してから、ハムレットの心境で、やはりこれは届け出るべきだと結論付けた。
 案内所に届けると、場所や時間を聞かれた後、「権利がどうのこうの…」というので、「いや、すべてを放棄する」などと恬淡としてそしてスマ-トに見栄を切った。
 「それでも住所・氏名だけは…」というものだから、一応、所定の用紙に書いてさっそうと案内所を離れた。でもなんとなく「これでよかったのだろうか、何か損をしていないか」という思いは、旅行中ずっと離れなかった。
 3日間ほどの旅行から帰ると、小田急の東林間に住む人だという落し主が、ウィスキ-(当時は外国のウィスキ-はまだ関税が高かったためか高価だった)を持ってわざわざお礼にこられた。遠慮なくいただいておいた。そして、“9万円の一
割の謝礼とすると9、000円位のものかな…”などとさもしい計算をした。

 そういえば、子供のころ神社のお祭りで、100円拾ったことがある。当時の100円と言えば、相当のもので、凧でも飴でも子供にとってほしいものがなんでも買えた。
 当然、拾ったものは自分のものと思ったし、お巡りさんに届けるなどという発想はさらさらなかった。ところが、私が100円拾ったのを見ていたおじさんがいた。そのおじさんがやって来ると、「あ、それはおれが落したものだ」と言うなり、私の手から100円をひったくるように取ると、さっさと行ってしまった。夜店のおじさんだった。この時ほど、悔しい思いをしたことはない。絶対にあのおじさんのものでない。60年以上前のことだが、今思い出しても悔しい。

 八日市市に住んでいた4歳の孫から電話があったことがある。「砂場で500円を拾ったのだけどどうしよう」という。おじいちゃんの判断を仰ぎたいというのである。「お巡りさんに届ければいいよ」と言うと、
 「あのさ、お巡りさんサ、タクミ知らないの。大和のサ、おじいちゃんの所にお巡りさんあるでしょ」
と言う。大和まで届けるに来るつもりになっている。お金の価値も良く分かっていないのだろうが、彼は、てんから、自分のものにしようなどとふらちな考えは持っていない。
 後日、娘から電話があって、落し主は近所の子と判明したので、その子に返して一件落着したということだった。
 で、後でしげしげ考えてみた。これはひょっとすると、娘が孫に電話をさせたな、おじいちゃんならふざけているし、ふらちな考えをするから、「いいじゃないか、タクミがもらっておけば」と孫に言うに決まっていると判断したに違いない。
 確かに、砂場で拾ったのでは落し主は分かるわけがない。500円ばかりでは警察に届けたって、警察ではかえって処置に困るだけだし、わざわざ親が警察署まで行って手続きをするのも面倒だ。しかし、そうかといって、簡単に「じゃ、もらっておこうか」と言う勇気もない。そこで、おじいちゃんのさもしさに賭けたのだ。

 ところで、お金を拾った時に、“得をした”という感覚の裏には、必ず後味の悪さというか、寝覚めの悪さというか、どうも落ち着かない感覚が付きまとうものだ。逆に届け出た時は、そこはかとない正義感を覚えるし、俺は人間的に高尚であるというような誇り高さまで感じるものだ。だから、結論からいえば届けた方がいいに決まっている。

 では、最後に、もし屋敷の中に1、000万円投げ棄てられていたらどうするか。ふらちな私なら、コッソリ隠匿しかねないが、1、000万円となるもと犯罪とのかかわりが出て来そうなので簡単ではない。では、ゴミ箱に10万円あったとしたらどうする。これなら十分可能性はある。なんの可能性かといえば、もちろん隠匿のだ。ただ、ゴミ箱に10万円があるという可能性の方が少ないから、考えても意味がない。
 ふらちな考えはするものの、どうも私にはネコババできるような勇気はなさそうだ。結局、品性元来高尚で清廉潔白すぎるのか、あるいは単に気が弱いだけなのか。皆さんならどうする。

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