源氏物語

源氏物語たより19

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   雅の体現   源氏物語立はず語り19
 
 『雅』を
 「バランス感覚の良さ、そこから生まれる心地よいリズム」
と捉えた時に、源氏物語のみならず、いろいろの事象がすらりと解けていく気がする。
 『雅』を「宮廷風、都会風、優美で上品であること。洗練された感覚」など、辞書通りの意味にとっていると、なんとなくわかったようでいて分からない曖昧模糊とした理解にとどまってしまい、それ以上先に進まなくなる。
 あれは利休であったろうか、こんな話があったのをうろ覚えに覚えている。
 利休が、茶室の庭ができたからということで、その完成を祝って客を招いた。客はみな、庭の中央に据えられた石を「素晴らしい!」「見事!」と褒めそやす。客が帰った後、利休はこの石を掘り起こさせてしまった。庭の中でこの石ばかりが目立ってしまって、全体のバランスを欠いていたからである。厳しく粋を追求する利休にとっては、それは許されないことだったのだろう。


 もうひとつ例を挙げてみよう。
 徒然草の第11段『神無月のころ、栗栖野といふ所を』という有名な段である。
兼好が、栗栖野の山里に尋ね入っていくと、はるかに続く苔の道を踏みならして、心細く住みなしている庵があった。周囲の雰囲気も誠にあはれで好ましい。彼はすっかり感心してしまってこうつぶやく。
 『かくてもあられけるよ(こんなにしても住んでいられるのだなあ)』
 ところが、その庵の庭の大きな柑子(ミカン)の木に実がたわわになっていたが、なんとその周りが厳しく柵で囲われているではないか。すっかり興ざめしてしまった彼は、
 『この木なからましかば』
と慨嘆する。ミカンの木を囲う柵が、せっかくの閑寂の住まいのバランスを崩していたのだ。このようなことは現代でもしばしば見るところで、身につまされる。

 この二つの例は、全体のバランスが欠けたために、風流人の心のリズムを狂わせてしまったものと言える。

 そこで今度は、源氏物語の二つの例で見てみよう。
 光源氏は、わずか10歳の少女を自邸にひきとった。そして彼女に書を教え,琴を教え、絵を教え、人としての生きざまを教えた。それはこの少女を理想の女性に育てたかったからである。やがて彼の思い通りに、10歳だった少女は素晴らしい女性として成長した。紫上である。
 源氏が契った女性は数限りなくある。藤壺宮、葵上、六条御息所、夕顔、女三宮・・しかし彼にとってはいずれの女性も、何らかの面で完璧とはいえなかった。
 藤壺宮はまたとないほどの理想の女性ではあったが、あまりにも慎重でありすぎた、葵上は気位が高すぎた、御息所は教養といい趣味といい申し分のない女性であったが、心和ませてくれる女性ではなかった、夕顔は源氏がかつて経験したことがないほどに「やはらかくおほどき(従順でおっとりし)」た女で、源氏の心を和らげてはくれたが、思慮深さや重々しさという面では不十分であった・・。
 すべての面でバランスのとれた女性であってほしい、そういう源氏の願いを体現したのが、紫上であった。
 六条院は、源氏が理想として建造した四町にわたる壮大な邸宅である。この四町を、春、夏、秋、冬と四季の邸としたのは、自然の四時の運行をバランスよく体感したいというものであった。そこに住む人たちにもまた時々の変化にタイミングよく感応する人間であってほしい、そして極楽浄土の妙音を奏でてほしいと思っていたことであろう。
 紫上と六条院、理想的な人と理想的な場が、彼の心に心地よいリズムを生んだはずである。
 雅についての私なりの解釈が、いよいよ源氏物語の佳境に誘ってくれそうである。
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