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源氏物語

源氏物語たより364

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   身体強健な光源氏  源氏物語たより364

 ここにきて再び腰を痛めてしまい、同じ姿勢で長時間座っていられなくなってしまったためにパソコンを打つこともできず、久しぶりのブログになってしまった。九年ほど前、腰をひどく痛めたことがあり、外科に通ったり鍼灸医で鍼を打ってもらったりした。痛みが取れるまで半年かった。あれ以来、腰を痛めるのではという心配が頭から離れず、随分気を付けて行動していたのだが、それでもほんのひょっとした動作で軽い腰痛を何度か引き起こしてきた。
 今回も信じられないような状況で腰をやられた。小さな植木鉢をわずかに移動させただけでギクリときた。今まで胆石の摘出手術以外はさしたる病にもかからずに来たのだが、腰痛ばかりはどうも持病のようになっていて、今後とも煩わされ続けるのだろう。

 ところで、光源氏は相当強健な体の持ち主のようで、彼が病気をした話はほとんど出て来ない。『若紫』の巻に出てくる「わらは病」くらいのものだ。「わらは病」は「マラリア」の一種であるということだが、よくは分からない。四、五日おき、あるいは毎日、間欠的に熱が出るという。源氏は、北山に住む効験あらたかといわれる聖に加持祈祷をしてもらっている。後に朧月夜もこの病にかかっているので、ごく当たり前の病気だったのだろう。
 源氏がわらは病になったのは十八の時。もともとさして重く患っていたのではあるまい、「ししこらかしつる(こじらせる)」とよくないということで、加持祈祷してもらったのだ。なんとその日の午後にはもう供人と冗談を言って笑い合ったりしている。また翌日には迎えに来た頭中将たちと山で管弦をし、源氏は「体調がすぐれないというのに・・」と言いながらも、琴を弾いたりして騒いでいる。
 朧月夜は二十三、四の時である(朧月夜の歳は不明)。彼女は、「わらは病」の養生のために里に戻っていたのだが、この時に、源氏は彼女の元に忍んで密通している。「わらは病」はさしたる病気ではないようだ。なにしろ病の養生よりも「恋の病」を優先させたのだから。もっともこのことが原因で、源氏は須磨に退去せざるを得なくなった。こちらの恋の病の方がはるかに重体な状況を招いてしまった。
 しかし、明石に移ってからは配流の身にもかかわらずまた恋にうつつをぬかし、子作りに励んでいるのだから、転んでもただでは起きない強靭な体力の持ち主と言える。

 「わらは病」以外では、夕顔が急死した時にかかった病気があるだけだ。あれを病気と言えるかどうかは疑問であるが、とにかく
 『廿余日、いと重くわづらひ給ひつれど、ことなる名残り残らず、おこたる(治る)さまに見え給ふ』
とあるから、病気には違いなかろう。
  『九月廿日のほどにぞおこたりはて(すっかり治って)給ひて、いといたく面痩せ給へれど、なかなかいみじくなまめかしく』
ともある。病のために痩せた顔が「いみじくなまめかし」というのだから、いくら若い(この時十七歳)とはいえ、回復力は抜群で、壮健そのものだ。
 これは、病気というよりも夕顔の頓死によるショックによるものだ。直前まで性の歓喜に浸っていた女が目の前で死んだのだ。そのショックは尋常ではあるまい。源氏ならずとも誰でも精神に異常をきたし病気になる。

 このいずれの病も源氏が若い時のもので、これ以降は全く病気をしていない。
 二十八歳の時に明石から帰還するや権大納言。そして翌年の二十九歳には、異例の若さで内大臣に昇格している。内大臣は、左・右大臣よりも実質的な実力者で、その権限たるや絶大なものである。つまり多忙を極めていたはずである。
三十三歳にして太政大臣。この職は名誉職のようなもので実質的な仕事はあまりない。しかし、対人関係は煩雑であったはずである。にもかかわらずこの間、彼は病気一つしていないのだ。
 それどころか、六条に壮大な邸を建造し、若い玉鬘(夕顔の忘れ形見)にねちねちと言い寄ったりして若さをいかんなく発揮している。さらに四十歳の時には、十四、五歳の女三宮と結婚している。当時の四十歳と言えば今では六十歳に相当しよう。この結婚にはさまざまな思惑があったであろうと斟酌(しんしゃく)されるが、源氏に性的な興味・関心がなかったとは言えまい。

 光源氏という男には、病気など寄せ付けないぎらぎらとした精力がみなぎっていたようだ。六条御息所の物の怪は、葵上に取り付いたり、夕顔や紫上や女三宮にまで祟ったりしている。それにもかかわらず肝心の源氏には取りつかないのだから、彼の愛人たちはいい迷惑である。それというのもみな源氏の強靭さゆえだ。
 「源氏のオーラが強すぎて取り付けなかった」
と御息所の死霊が、後に呆れるように告白している。
 とにかく源氏自身は、恋などに悩むことはあるものの、病気などとは無縁の男である。むしろ彼の得意技は、他人を懊悩させ病気にさせることである。柏木は源氏の威厳に死んで行ったし、藤壺中宮は彼のあくなき執拗さのために尼の道を選ばざるを得なかった。女三宮も若い身空で出家を余儀なくされた。最大の被害者は、紫上であろう。このことについては「紫上哀れ」で何度も取り上げてきたところなので省くことにする。
 強すぎる男は、概ね人に嫌われるか恨まれるかするはずなのだが、源氏は、必ずしもそうではなかった。強靭さの裏に、優しさや気長さや思いやりを兼ね備えていたからであろう。そういう不思議な魅力を持った男が光源氏なのである。



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