源氏物語

源氏物語たより368

 ←源氏物語たより367」 →源氏物語たより369
   髪に対する異常なこだわり『若紫』の巻  源氏物語たより368

 わらは病の治療のために北山に行った光源氏は、ある僧坊を垣間見る。このほんのわずかな垣間見の場面に、「髪」についての描写が異常と言っていいほど頻出するのだ。紫式部はなぜこれほど「髪」にこだわったのだろうか。
 
 小柴垣を透かして僧坊の中を覗いた時に、源氏の目にまず入ったのは、脇息の上に置かれた経典を悩ましげに読んでいる尼君の姿であった。彼女の顔は色白で痩せてはいるもののふっくらとして「ただ人」とも思えないような気品ある女性であると観察した後、源氏の目は尼君の髪に注がれる。
 『髪の美しげにそがれたる末も、なかなか長きよりもこよなういまめかしきものかなと、あはれに見給ふ』
出家すると女性は長い髪を肩の辺りでバッサリと切る。これを「尼そぎ」と言うが、女を止(や)めたしるしでもある。源氏の目にはそれがかえって「いまめかし」く映ったというのである。尼さんなら髪とは無縁のはずなのに、長い髪をバッサリと切っているのが、かえって「現代風で目あたらしく」見え、源氏は、しみじみとした興感を覚えたというのである。源氏の特異性を示す一つの感覚かもしれない。
 と、そこに十歳ばかりの女の子が走り出て来た。源氏の目は、まず女の子の着ている衣に行き、そして顔にいく。将来の可能性をうかがわせるに十分な、見るからに可愛い容貌である。その後、彼の目は女の子の髪に移っていく。
 『髪は、扇を広げたるやうに、ゆらゆらとして』
いる。この場面は、高校の教科書によく取り上げられているので、多くの人の記憶に残っていることであろう。当時の女の子は、子供の頃には髪を肩のあたりで短く切りそろえた。これも「尼そぎ」と言う。子供は性を超越しているからであろう。それにしても「扇を広げたるやうに、ゆらゆらとして」とは、なんとも印象的な描写で、この女の子のあどけない活動的な姿が彷彿としてくる表現である。
 彼女は飼っていた雀の子が逃げてしまったと言って大騒ぎをしているのだった。すると彼女の乳母とおぼしい一人の女性が、雀を探しに出て行く姿が見える。その乳母は
 『髪ゆるるかにいと長く、めやすき人なめり』
と源氏の目に映った。「めやすし」とは、「感じがいい」という意味である。「髪がゆったりとして大層長い」ということが、源氏にはその乳母が「めやすき人だろう」と評価できたということである。このことからも、平安時代には、髪はその女性の人となりを判断するに重要な要素であったということが分かる。
 さて、尼君は、女の子のあまりの幼さにあきれて、彼女を傍らに呼び寄せる。尼君の前にちょこんと座ったその子の様子に源氏の目が吸い寄せられていく。
 『つらつきいとらうたげにて、眉のあたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる(髪を掻き上げた)額つき、髪ざし(髪の生えざま)いみじう美し』
い。源氏はこの子の将来が知りたくなるほど魅せられる。とともに、限りなく慕い続けている人(藤壺宮)に大層似ていると感じるのである。藤壺宮に大層似ているのは、可愛い容貌はもちろんであるが、どうも彼女の髪を中心とした印象であるようだ。
 この後、尼君は女の子に諄々とお説教をする。
 『尼君、(女の子の)髪をかき撫でつつ「(髪を櫛)けづることをうるさがり給へど、をかしの(美しい)御髪や。はかなうものし給ふこそあはれにうしろめたけれ・・」』
 女の子は、尼君のお説教が身に沁みるのか、さすがにしんみりと聞いている。源氏には女の子の
 『伏し目になりうつぶしたるに、こぼれかかりたる髪、つやつやとめでとう』
見えるのである。

 このように、わずかな時間であるにもかかわらず、源氏の目には、登場してくる女性がたの「髪」ばかりが異常なほどの関心を持って眺められるのである。もちろんこの巻以外でも髪のことはよく描かれるのだが、それは平安時代は髪は女性の「命」とまで言われていたのだから、当然のことかも知れないが、この場面ほど集中的に描かれることはない。不思議なことである。
 それはひょっとすると源氏物語が書かれた順と関係していないだろうか。よく源氏物語は『若紫』の巻から書かれ始めた、と言われる。もしそうだとすれば、当時の習俗の大きな特色であった「女性の髪」を、紫式部は、物語の初めにまず強調したのだということが考えられる。つまり読者の多くが、登場人物の髪に関心を持っていたということで、そのために、物語を書き出すにあったっては「まずは髪に関しては詳細に」ということを目指したのではないだろうか。
 しかし髪には描写の限度がある。「長いか短いか」「豊かか貧弱か」「さわらかかごわごわか」「ゆるるかかぺたんこか」「つやつやかかさかさか」くらいのものだ。紫式部は、物語を書き進めるにつれて髪の描写の限界を感じ、その登場の機会を少なくしていった。それに対して彼女の筆は、やはり「女を価値づける」衣装に向いていった、という推測であるが、どうであろうか。
 もちろんその後も、肝心なところどころでは、髪が重要な役割を演じることはあるのだが。

 それでは平安時代にはなぜこれほど髪が重要視されたのだろうか考えてみよう。
 それは女性の品定めをするのは、男性だったからである。当時の女性(高貴な)は、表に姿を現わすということがなかった。そのため男が、女性の姿を見ることは極めて稀で、見たとしても御簾越しか几帳越しであった。男がそばにいる時は、几帳越しでも扇で顔を隠した。車に乗る時もそうだ。
 それでも偶然に女の顔を見る僥倖にあずかった男もいたはずである。しかし、彼らが見ることができるのは、扇越しの髪くらいである。その髪を見て男どもは
 「何々大臣家のお姫さまは髪が長く美しい」
 「何々大納言家の三の君の髪はつやつやとして麗しい」
などと言い合って評価した。それを聞いた女性たちは、ますます髪に力を入れるようになった。ちょうどキリンが高い木の葉を求めてだんだん首が長くなったように。
 これが当時の習慣であり習俗であった
 源氏は、北山での垣間見によって尼君などの女性を見るという僥倖を得た。垣間見られた尼君や乳母は無防備であった。そのために彼女たちのすべてがよく見えたのだが、日頃の習慣で源氏の関心は彼女たちの髪に集中したのだ。源氏が垣間見からの帰りに、素晴らしい女の子を偶然見つけることができたことで、こう呟いている。
 『かかれば(こんないいことがあるから)この好き者どもは、かかるありきをのみして、よくさるまじき人(女)をも見つくるなりけり』
 垣間見によって思いがけない女と出会うことができるわけであるから、好き者どもはよくこうして出歩くのだ、と彼は納得したのである。垣間見で、時に容貌や全身を見ることもできるわけだが、やはり習慣上彼らの目はまず髪に行くのである。
とにかく男に見られる危険性の高いのは髪と衣裳である。源氏物語の中で、やがて髪に代わって衣装が冗漫なほど丁寧に描かれるようになるのもこれと関係があるだろう。

 平安時代の女の髪が長くなったもう一つの理由は、女の自由をそぐということではなかろうか。男中心の社会であった平安時代は、女性が社会にしゃしゃり出てくるのを男は嫌う。そのために女性を家の中に押し込めておく必要があった。さらに彼女たちの自由をますます奪うために、何枚もの衣装をまとわせ、髪をどんどん長くさせて行動の自由を奪った。子供は「尼そぎ」でも男の害にはならない。
 源氏物語に、髪が長いがゆえに自由を奪われた場面が二度ほど登場する。
 一つは『榊』の巻で、源氏が藤壺中宮にわりなく迫った時に、中宮が衣を脱ぎ滑らせて逃れようとすると、衣に髪が絡まって、源氏の手に衣ごと握られてしまうという悲劇の場面である。
 もう一つは「夕霧」の巻で、夕霧から迫られた落葉宮が部屋の外に逃れようとすると、髪が残ってしまって間一髪夕霧に髪を掴まれてしまう、というこれも悲劇である。

 今我々は、女性の髪にはそれほど関心を抱かない。路上でも電車の中でも女性が丸見えだから、髪に目が行くよりも、顔の輪郭や鼻の高さ、あるいは眼の輝きや肌のはり、口元の様子、背格好や足の太さに視線は流れていく。
 ところが平安時代は、髪は、女の魅力を誇示するものであるとともに、女の主体性のなさの象徴でもあった。
 ところで、当時の男の髪は丁髷(ちょんまげ)のように頭頂で結い(これを髻 もとどりという)、この髻を冠の盛り上がったところ(巾子 こじ)に差し入れて簪で止めた。男どもは、髪に邪魔されることなく、自由にありき回っては垣間見などをしていたのである。ただし人前で冠を脱ぐことはできなかったので、やはりそれなりに不便であったろう。
 この面では現代は男にとっても女にとっても楽天地である。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより367」】へ
  • 【源氏物語たより369】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより367」】へ
  • 【源氏物語たより369】へ