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源氏物語

源氏物語たより374

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    憎めない光源氏   源氏物語たより374

 光源氏の恐怖と悲嘆は想像に余りあるものがある。なにしろ最前まで自分の腕の中にいた愛しい女が突然死んでしまったのである。十七歳の源氏一人では、適切にその処理を行うなどは、とても手に余ることだ。彼は、手を拱(こまぬ)いて惟光のやってくるのを待つしかなかった。朝方になってようよう惟光がやってきた。二人は同い年ではあるものの、やはり世事に慣れた惟光に一日の長があったのだろう、彼は夕顔の始末をてきぱきと行い、その遺骸を東山に運ぶ。
 この時、源氏は亡骸(なきがら)に付き添って行くとだだをこねるのだが、惟光は
 「あるまじきこと。早く二条院にお帰り下さい」
と言って拒否する。そして、女房の右近と二人で亡骸を馬に乗せて葬場に向かう。
 この判断はもちろん惟光が正しい。天皇の子であり近衛の中将たるものが、素性も分からない女の亡骸について行くことなどできるはずはない。しかも夜も明けようとしているのだ。人の目に触れることは自明のことである。
 源氏は茫然自失の態で二条院に帰りつくが、寝所に入っても気が収まらない。
 『などて乗り添ひて行かざりつらん。生き返りたらん時、いかなる心地せん。「見捨てて行きあかれにけり」とつらくや思はん』
と思うとやりけれない。そのうち胸は塞(せ)き上げてくる、頭は痛くなる、熱も出てくる、日が高くなっても起き上がることもできない。
 
 その日の夕方、惟光が二条院に戻ってきた。源氏は哀しみ苦しみのありったけを語り、ついにこう言うのである。
 『「便なし(不都合なこと)」と思ふべけれど、いま一たびかの亡骸を見ざらんが、いといぶせかるべきを。馬にてものせん」』
 「いぶせし」とは「心が晴れない」ということで、このままでは自分の気持ちが収まらないというわけである。惟光は内心「とんでもないこと」とは思うのだが、源氏の情にほだされたのだろう。
 「それでは早く出かけて、夜が更けぬ先に戻ってくるようにいたしましょう」
と同道することにした。
 東山までの道のりはずいぶん遠い感じする。この道中の情景がこう描写されている。
 『十七日の月さし出て、河原の程、御先の火もほのかなるに、鳥辺野の方見やりたるほどなど、ものむつかしきも、なにとも覚え給はず』
 「鳥辺野」は、清水寺から西大谷に通じるあたりで、平安時代の火葬場である。十七日の月は出たばかり。先駆の灯す火はほのか。何とも気味悪い情景であるが、源氏は少しも気味悪さなど感じないという。彼の頭の中は、自分を待っているであろう夕顔の姿で占められていたのだろう。

 彼は、遺骸置き場に入っても、何の恐ろしさも感じず、むしろ夕顔は
 『いとらうたげなる様して、まだいささかも変わりたるところなし』
の状態で横たわっているのを見、そしてなんとその手を捉え、
 「もう一度、声だけでも聞かせてくれ」
とむせび泣くのである。
 夜も明け方になって、二人は二条院に戻ってくる。月の出から明け方まで六、七時間も夕顔の元にいたことになる。すげなく別れてしまうことができなかったのだ。この間、惟光はさぞおろおろしていたことであろう。

 死骸の手を握ることが、当時どのように考えられていたのかは知らないが、当時の人は「穢れ」を極端に恐れた。なにしろ死の穢れに触れた時は、人とまともに会うこともできなかったのだ。いずれにしても源氏の行為は通常ありえないことである。近衛の中将たる者が、女の葬場にこっそり出かけ、しかもその手を捉えるなどは、決してしてはならないことであるはずだ。
 それどころか、彼の身分を考慮すれば、夕顔が頓死したその時に、逃げ出しても非難されることではなかったはずだし、惟光に任せてさっさと帰ることもできたはずだ。
 でも彼はそうしなかった。源氏にとっては、「穢れ」や「逃げ」は問題外であった。自分のために若い命を死なせてしまったその自責の念に打ちひしがれていたのだ。そしてそれ以上に、あれほど彼の心を焦がした愛しい女を空しくなってしまった。そんな心境でいる彼が、形式的な悔やみ悲しみを言うだけではとても済まされなかったのだ。おそらく、あの廃院で死にゆく夕顔を抱きかかえたように、葬場でも手を握るどころか、きつく抱きしめてやりたい気持ちでいっぱいであったのだろう。

 光源氏という男は、誠に自己本位で図々しいところもあり、またすべきでないことも平気でする狡いところのある男である。「許せない」と思う行為も多い。「源氏物語を読む会」でも、「そんなことをして、紫上が可哀そうだわ」とか「源氏って、男の勝手ばかりするのだから」とか言って、呆れる女性もある。
 しかしそれでも彼を許してしまうのは、彼の本性の底に、夕顔の死に対してしたような「優しさ」があるからであろう。そして彼のもう一つの特性として「気長さ」というものがある。勝手な行動をとりながらも、一度関係を持った人のことを決して忘れないのである。花散里も空蝉も忘れてしまって当然の女性であるが、生涯彼女たちの面倒を見ているのである。もっとも驚くのは末摘花である。あの雪の朝、末摘花の素顔を見たところで縁を切ってもよかったはずなのに、律儀に二条東院に迎えて終生彼女の世話を焼くのである。
 まして夕顔は別格である。彼の優しさ気長さは、とてもその死をなおざりにできるものではなかった。今井源衛氏は『源氏物語への招待』(小学館)の中で、源氏の特性(魅力)を五つ上げていられる。
(1) なまめかしさ(みずみずしく新鮮で生き生きした美しさ)
(2) 頭の良さ、回転の速さ
(3) 心長さ(持続的な愛情)
(4) 純粋さ、純情さ
(5) わりなき御心、あやにくなる御心癖(女性に対して暴発する荒々しい行動)
 夕顔に対する行為は、この(3)(4)に当たる。わりない行為を繰り返しながらも彼は誠実さを忘れないのである。そのために多くの女性は彼の巧言に呆れながらも、心底憎むことができないのだ。また読者も、
 「面白い男があったものだ」
と彼の口車に踊らされてしまい、彼の魅力に抗しえなくなるのである。


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