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源氏物語

源氏物語たより375

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   俵万智の末摘花考  源氏物語たより375

 俵万智の『愛する源氏物語』(文春文庫)は、実に軽快なテンポなので楽しく読める。また論理は明快で滞るところがない。源氏物語の解説書となると、とかく持って回った表現をし、晦渋な文章が多くて辟易する。先日作家で文芸評論家の竹西寛子の『歌の王朝』(読売新聞社)という古ぶるしい本を引っ張り出して読んでみたところが、その晦渋なこと、何を言っているのか皆目わからず、数ページで放り出してしまった。源氏物語の大御所・秋山虔氏の『源氏物語』(岩波新書)などは一般大衆を対象にしている解説書であるはずなのに、やはり言い回しがくどかったりして文意を取るのに苦労する。なぜもっと平易に分かりやすく書かないのだろうか、いらだたしい限りである。
 それに比べれば、俵万智の文章は誠に平易で分かりやすい。それにユーモアにも溢れているので笑いながら気楽に読める。それでいて源氏物語の真髄に触れることができるのだ。そういえばこんな場面があった。
 光源氏が朧月夜に最初に逢ったのは、二十歳の時であるが、須磨に流される原因となった密会の後は、二人は会っていない。再び逢ったのはなんと二十年後のことである。この頃、源氏は紫上と女三宮との愛の板挟みにあって悩んでいた。そんな時に朧月夜に逢ってみようとするのだが、その行為は俵万智にとっては、次のように映る。
 「恋愛のややこしさに苦しむ彼が、別のややこしい恋愛に救いを求めるというわけで、なんだか迎え酒のような行動だ」
恋愛の「迎え酒」とはよく表現したものである。こんな表現がそこここにあるので楽しいし、愛のあり方も見えてくる。何も渋い顔をして難しい論理を振り回す必要はない。

 しかし、全体的には、俵万智の論点も「たより372」で述べたようにやはり従来の解釈から一歩も出られない状態にとどまっていて、万智ちゃん流の伸びやかさに欠ける。今回は末摘花に関する彼女の解釈について見ていってみようと思う。
 従来、末摘花という人物の意味があまりにも軽く見られてきたのではないか、というのが私の考えである。多くの解説者(訳者)が、末摘花を「脇役」として扱っているのが私にとっては不満である。先の秋山虔氏も、「末摘花」の巻は、
 「あの本系の光源氏の物語からははずれた内証事に属するのである」
と言っている。私は、末摘花は非常に重要な役割を担っている「本系」そのものであると考えている。読めば読むほど、この考えは確信に変わってくるばかりである。

 それでは俵万智の「末摘花考」はどうだろうか。彼女は、この文章の中で末摘花の歌に注目して論を進めている。末摘花を「和歌の下手な女性の代表選手」として、近江の君とともに上げていて、その歌は「読む者の笑いを確実に誘う」とまで言っている。しかし、この見方がすでに間違っている。なぜかは後に述べることにする。
 次に彼女が、槍玉に上げたのは末摘花の手紙の「形」に関することである。末摘花が源氏に贈った手紙は
 「(紙は)古ぶるしく、筆跡は力強く、文字の上下がきちんと揃えて書かれている」
のだが、それは教養のなさ、美的センスのなさを象徴するもので
 「まったくトホホな文(ふみ)を手にした源氏は・・」
と解釈している。確かに源氏物語の本文にあるように、末摘花の手紙は常識外れの「トホホ」級のものであるが、でもそれを「トホホ」で済ましていいものだろうか。その理由も後に述べよう。
 
 次に彼女が問題にしたのは、末摘花が、正月用に源氏に贈った衣裳に関してである。俵万智は、「正月用に夫に衣裳を送るのは、正妻格の女性で、末摘花が贈ったというのはかなり突飛なものだ」と決めつけているのだが、平安時代に夫に衣装を贈るのは「正妻格」の者に限られるという風俗があったのかどうか、私は寡聞にして知らない。恐らくそんなことはなったと思う。それに、源氏物語がここで問題にしているのは、正妻云々ではない。問題なのは、贈った衣裳とそれに添えられていた歌そのものである。
 そして、最後に彼女が問題にしたのは、玉鬘の裳着の時に、末摘花が贈ったやはり衣裳と歌のことである。末摘花が源氏に贈ったのは次の歌である。
 『きてみればうらみられけり唐衣 返しやりてん袖を濡らして』
 俵万智流の翻訳(歌)を借りれば、
 「着てみると君うらめしや唐衣いっそ返そか袖を濡らして」
ということになる。とにかく末摘花という女性は「唐衣」ばかり使っているのだが、それは、俵万智に言わせれば
 「語彙の貧しさを証明しているようなもので・・(紫式部は)末摘花の和歌の技量のなさを表現したというわけだ」
となるのだが、これも彼女の読みの浅さ、あるいは従来の解釈(従来誰もがみな俵万智のように解釈している)に引きずられた論理と言わざるを得ないのである。

 それでは最後の「唐衣」の歌の問題から追ってみよう。源氏物語には末摘花自身が読んだ歌は六首あるのだが、そのうちの三首にこの「唐衣」が使われている。しかしそれは末摘花の語彙のなさや歌の技量のなさを言いたかったわけではない。「唐衣」という古風な言葉から一歩も抜け出ることのできない末摘花の「古体」な姿を、紫式部は暴こうとしているのだ。以前私はこのことを「シーラカンスのような」と表現したことがあるが、まさに末摘花のシーラカンス的な思考や行動やセンスや、あるいは生活態度をここでは問題にしているのである。
 紫式部は、末摘花が四角四面な歌しか詠まないのは、歌の「髄脳(歌の法則、奥義などを述べた書)」から離れることができず、それを律儀に守ることが自分の使命であるように考えていることを問題にしているのである。末摘花にとっては、「いにしえ」こそ大事なのであって、ものごとは昔のままであることが正しいことなのだ。したがって、末摘花にとっては、いまめかし(当世風)きことは自分の思考や生き方に反することなのである。

 さてこうして見てくると、普通の人には奇異に見える末摘花のすべての行動様式が、このルールの上に成り立っているのだということが分かってくる。正月用の衣装として色あせた衣を源氏に贈ったのも、玉鬘の裳着に合わせて、「正妻」でもないのに祝いしたのも、彼女にとって「ねばならない」ことだからそうしただけなのである。空蝉は、玉鬘の裳着の時には、身分をわきまえて贈り物をしなかった。しかし、末摘花にとってはそんな礼儀外れはできないことなのである。夫の娘(玉鬘)の裳着に贈り物をするのは必須のことであって、何も贈らないことこそ信じられないことなだ。そう父・常陸宮に教わって来たのか知れない(ただしこのことは原文にはないが)。
 末摘花が、手紙にすすけていた紙を使ったのは、貧困であるからではない。父・常陸宮相伝の高価な用紙が後生大事に蓄えられていたからであり、それを使わないのは父への思いに背くことになるからである。「文字が力強い」のは、一字一句きちっと書くのが、末摘花にとっては正しいことだからであるし、文章の上下を「等しくそろって書く」のも、同じ主旨からのものなのである。彼女の筆跡を
 『中さだの筋』
と言っているが、まさにそのことを言っているのである。「中さだ」とは、「当代風ではなく一時代前の」ということで、どちらかと言えば「やや古い形式」の書体をいう。
 とにかく、末摘花の生活様式の全ては、昔からの決まりを後生大事に守る抜くことに発しているのである。

 このことは源氏物語全体にかかわる主題と緊密に結びつく大事な点である。それは「あはれ」とは対極にあるものとしてである。変化することを止めてしまって、現状から抜け出ることのできない、新しいものを拒否する頑なさ、それを紫式部は問題にしているのである。
 そんな大事な思想を末摘花は担っているのである。彼女は、醜女として笑われるための存在ではないし、語彙のない歌の下手な女性として登場しているのではない。その点、近江の君の非常識とははるかにかけ離れた女性である。彼女を源氏物語の「主役」というのには抵抗があるかもしれないが、少なくとも「準主役」というほどに重大な役割を背負っているのである。近江の君は、二、三度笑われるために登場して消えていくが、末摘花は、「行幸」の巻まで、何と二十年も生き続けているのだ。したがって、秋山虔氏などが「末摘花」の物語を、物語の「傍系」と言われるのも、間違っているとしか言いようがない。改めて言おう。末摘花は、源氏物語を貫いている「反あはれ」を一貫して演じる女性なのである。
 しかし、玉鬘の裳着の時の歌に、さすがに呆れた源氏が唾棄するようにこう歌を詠って彼女の姿を消し去るのである。
 『唐衣また唐衣唐衣 かへすがへすも唐衣かな』


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