源氏物語

源氏物語たより378

 ←源氏物語たより378 →源氏物語たより380
  藤壺宮ピンチ  源氏物語たより379

 藤壺宮が、体調を崩して里下がりしていたのは四月のこと。光源氏がわらわ病の治療に北山に行ったすぐ後のことである。源氏十八歳、藤壺宮二十三歳。
 こんなチャンスは稀有のことであると思った源氏は、藤壺宮お付きの王命婦を攻め立てて、ついに夢のような逢瀬を持つ。そこで「実事」があったのは当然のことである。こんな場合には男は夢のような歓喜にむせんでいればいい。ところが女はそうはいかない。
 この逢瀬の後も宮は、長らく内裏には戻っていない。帝からやんやと参内の催促が来るのだが、
 『悩ましさもまさり給ひて・・(参内など)思しもたたず』
という状態が続いた。日頃の御不快に加えて、源氏との密通の怖れも加わってしまった。おそらく、宮は帝に顔を合わすこともできず、一歩も里を動けなくなってしまったのだろう。そればかりではなかった。ついに
 『御心地例のやうにもおはしまさぬは、いかなるにかと、人知れず思すこともありければ』
という絶望的な問題も抱える込むことになってしまった。「例のやうにもおはしまさぬ」とは、もちろん妊娠してしまったことである。またそうなる恐れを、他ならぬ自らが一番よく承知していたのだ。罪の結果がこれほど如実に明らかになってしまうのだから、女の宿命とはいえ、哀しいことである。
 六月になるとその兆候がはっきり見えてきた。
 『(妊娠が)三月になり給へば、いとしるき程にて、人々見たてまつり咎むるも、あさましき御宿世のほど心憂し』
 妊娠三カ月でそれほどはっきりとしてしまうのか、男の私にはわからないが、宮本人にすれば耐えられない身体の変化である。

 本来なら、ここですぐにも妊娠の事実を帝に奏上しなければならないのだが、やましさのために、ぐずぐずと先延ばしせざるを得なくなった。まして「妊娠三か月」などとは絶対に報告できないのである。なぜなら、それでは受胎したのが里下がりの間ということになってしまうからである。この事実はいかんともしがたいことである。事情を知らない女房たちは、「こんなめでたいことをなぜ早く帝に奏さないのか」と疑問に思うばかりである。
 藤壺宮は苦し紛れに物の怪を持ち出す。物の怪のための不快であり、妊娠とは気付かなかった、実は十二月に出産の予定である、と帝を欺いたのである。
 宮は、七月になってようやく参内した。すっかり面やつれした姿が、帝にとってはかえって
『げに似るものなくめでたし』
と映るのである。つわりのやつれであるとともに不義の恐れによる窶れでもあるのだが、帝に分かるはずもない。これも哀しい男の宿命である。

 十二月の出産予定は、もちろん一月に入ってもその気ざしさえない。宮人たちは「これも物の怪のせいでは」と素直に疑うだけである。宮は、
『このことにより、身のいたづらになりぬべきこと』
と思い嘆くのである。「いたづらになる」とは、死んでしまうことである。しかし宮が怖れるのは、死のことではない。出産遅延により源氏との密通が公になってしまうことである。そのことで帝寵愛の女御の地位もなにも一気に失うことになるのだ。そして最も恐ろしいのは、未来永劫にその恥を背負って行かなければならないことである。

 二月十余日になってようやく男皇子が生まれる。二か月以上の出産遅延ということが現実にあるのかどうか、男の私は知らない、「そんなこともあるのか」と思うばかりである。同じ男の桐壺帝も素直に信じて、何も疑おうとしない。
 ところが何と生まれた皇子が、源氏と
『まぎれどころなき御顔つき』
だったのである。帝は何の疑いも持たないようであるが、宮にすればこの事実がまた怯えの種となるのである。
 
皇子が五歳の時に、桐壺院が崩御される。院の崩御は、どれほど宮を安堵させたことか。とにかくこの五年間は日々針の筵に座る思いであったことだろう。でもこれで宮の心配事が解消したわけではない。その後の源氏の求愛は常軌を逸したもので、執拗を極めた。これが公ごとになれば、宮の中宮としての位も息子の春宮の位も、水の泡となってしまう。まさに宮にとっては「世とともに」の恐怖であったはずである。「世とともに」とは生きている限りのという意味である。
 宮はついに出家という手段で事態を回避する。桐壺院の一周忌の法要の時に、誰に相談することもなく、突然それを宣言するのである。ともあれ、この非常手段で、宮は死にも勝る恐怖から抜け出すことができたわけである。

源氏物語のテーマの一つが女の哀しみである。多くは主体性を奪われ男に操られるだけの女の宿命を言うが、出産も女をs束縛して止まないものである。罪の報いは出産という厳然たる事実として現れてしまう。女の哀れはこんなところにもあった。
 それにしても、男(源氏)のわりない恋慕によって、悲しみ苦しみを招いてしまい、それから出家という手段でしか逃れられないという女の宿命とは、なんと哀れなことか。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより378】へ
  • 【源氏物語たより380】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより378】へ
  • 【源氏物語たより380】へ