源氏物語

源氏物語たより388

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   まるでおかしい『さばかりにや』の解釈  源氏物語たより388

 『夕顔』の巻には、確かに状況の掴みにくい部分があって、従来国文学者を悩ませてきたのだが、このことについては既に何度も触れたところである(『源氏物語たより1』や『同たより84』など)。
 
 ご主人である夕顔が、素性のしれない男(実は光源氏)に屋敷から連れ出され、その後、忽然と姿を消してしまった。夕顔がいなくなって四十九日も経った頃のこと、夕顔の屋敷の様子がこう描かれている。
『かの夕顔のやどりには、「(夕顔は)いづかたにか」と思ひ惑へど、そのままに(夕顔を)え尋ねきこえず。右近だに訪れねば「あやし」と思ひ嘆きあへり』
 「右近」とは、源氏が、夕顔と一緒に六条の廃院に連れて行った女房のことで、事件の後源氏の元に引き取られてしまって、五条の屋敷には一度も戻っていない。女房たちは、「どうも不思議なことでよく分からないが」と言って夕顔を探すこともできないでいた。そして、連れ出した男が誰なのか、皆目見当もつかず、ただあれこれ想像するだけであった。彼女たちは、男の気配から推して
  『さばかりにや』
と結論付けておしまいにしてしまった。
 この『さばかりにや』も、従来国文学者を悩ませてきた。多くが、この「さ」を「光源氏」と特定してしまっているのである。でも源氏と特定できるはずはないのである。それでは私の手元にあるいくつかの解説書をみてみよう。
 
 玉上琢弥(角川書店)
 「お隣のお坊ちゃま(惟光)がちょいちょい出入りし、そうこうするうちにあの男君がお出になった。・・光る源氏さまではないか、と、これは女に多い希望的観測からかも知れないが、思っていたのである」
 山岸徳平(岩波書店)
 「女房たちは、「それ(源氏)程の人柄なのであろう」と」
 秋山虔ほか(小学館)
 「あの男の様子からみると、源氏の君くらいではなかろうか」
 
 このように全て男を「光源氏」としてしまっているのだが、そもそも惟光と源氏の関係については、夕顔の屋敷の者は誰も知らないのである。惟光自身、源氏から「隣の屋敷の様子を調べるよう」申し付けられるまで、隣家のことなどまったく知らなかったのである。源氏に申しつけられた後、惟光は極秘のうちにことを運んでいるので、源氏と惟光の関係が分かるはずはない。
 また源氏も夕顔のところに通うに際しては、顔をほの見せもしていないのである。しかも人が寝静まった夜遅く訪れるというほどに慎重に慎重を重ねている。時の近衛の中将が、五条の狭苦しい女の家に通うことなどはあるまじきことだからだ。
 夕顔失踪の後、女房たちは、惟光に源氏との関係を探っているが、惟光はしらを切っている。だからそう簡単に「光源氏」であるなどと分かるはずはないのである。
 万一、連れ出した男が光源氏さまであると分かっていたのであれば、何を置いてもまず源氏の邸を訪ねて、大事なご主人さまの所在を聞きただそうとするはずではないか。ところが彼女たちがそんなことをした形跡は全くないのである。彼女たちは男が誰か全く特定できていないからこそ、
 『もし(もしかすると)受領の好き好きしきが、頭の君に怖ぢ聞こえて、やがて(そのまま)ゐて下りたるにや』
などと、まるで見当違いな想像をしているのである。「頭の君」とは、頭中将の北の方のことである。かつて夕顔は頭中将の愛人であったが、頭中将の北の方が圧力をかけたために、耐えかねて姿をくらまし、その後源氏の愛人になったのである。
 女房たちは、「受領の色好みが、夕顔を愛人にしたのだが、また頭中将の北の方に圧力をかけられたので、そのまま任国にご主人(夕顔)を連れて行ってしまったのだろう」というように考えたわけである。彼女らは、哀しいことではあるがそれも仕方がないことであると諦めているふしがある。なぜなら男が「さばかりの」人物だったからである。
 だいたい、光源氏と受領の息子とでは、天と地である。彼女たちが、夜毎に通ってくる男を「近衛の中将・光源氏さま」と分かっていたというのなら、受領の息子などという的外れな想像をするはずはない。
 
 ここはやはり
 「しかるべき身分のある男」
とすべきである。得体がしれず、時には「変化めきて」さえいる男が、ある夜、突然にご主人を連れ出してしまった時に、彼女たちは、
 『かかる(源氏の)御心ざしのおろかならぬを見知れば、おぼめかしながら、頼みかけ聞こえたり』
と男の行為を気がかりながら認めているのだ。それよりもむしろ男に頼みを掛けている雰囲気さえある。つまりあの時はそれほど男を疑ってはいなかった証拠である。それは男が「しかるべき身分のある男」であったからだ。それにあれほどご主人に愛情をかけてくれる貴公子でもあった。あの男なら、案外ご主人を幸せにしてくれるかもしれないと楽観視してさえいたのだ。その結果、さして熱心に探そうともしなかったのだろう。

 多くの国文学者が、「夕顔たちは、男の正体を光源氏と分かっていた」といって最後まで疑いもしないのは、やはり、この巻の冒頭の
 『心当てにそれかとぞ見る 白露の光りそへたる夕顔の花』
の解釈の間違いに延引しているのである。つまりこの歌の「それ」を光源氏と解釈してしまったことが、大間違いであったのだ。


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