源氏物語

源氏物語小さなたより

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   そつのない光源氏   源氏物語小さなたより10

 朱雀帝が譲位し、冷泉帝の御代となった。その冷泉に代わって春宮に立ったのが承香殿女御の子である。春宮の御座所(おましどころ)は昭陽舎(梨壺)である。梨壺と言えば、光源氏の宿直(とのい)所のすぐ隣である。源氏は、母・桐壺更衣の局(桐壺)をそのまま内裏にいる時の居所としていたのである。
 「春宮の御座所が宿直所に近い」というチャンスを逃す源氏ではない。ちゃっかり
 『近隣の御心よせに、何事も聞こえ通ひ、宮(春宮)をも後見たてまつり給ふ』
ことにしてしまった。この春宮は、朱雀院の子供であるし、また承香殿女御と源氏とは全く縁がない。ところが「近隣(ちかどなり)」であることをそつなく利用して、「後見」までたてまつってしまったのである。
 「近隣」という言葉が元々あったのかどうかは知らないけれど、そもそも「隣」と言えば「近い」ということだ。同じ内容の言葉をつなげて、「すぐ近く」という感じをよく表わしている。特に「近隣の御心よせ」というのは、いかにも紫式部らしい表現である。とにかく紫式部は、簡にして要を得た独特な言葉を創造して、登場人物(この場合は光源氏という人物のそつなさ)を生かす天才である。
 東宮の御座所が「近隣」であるという条件は、源氏にとっては千載一遇(少々大仰だが)の機会である。「お隣同士の好(よしみ)」で、早速彼は動き出した。何でもかんでも相談に乗り、歴とした後ろ盾にまでなってしまった。
 これは、明石の君との間に生まれた姫君を東宮に入れようという深慮遠謀からである。姫君と言ってもまだ生まれたばかりである。実際この姫君は后になるのだが、それは十年後のことである。何とも気の早いことである。
 でも、彼には、権威ある宿曜の占いがあったのだ。「源氏の娘は后になる」というものである。この占いを反故(ほご)にするような源氏ではない。そのための布石はすべて打っておこうという彼のそつのなさから出た行動である。   
 これこそ源氏の真骨頂といえよう。
 それは彼の女性獲得にもしばしば使われた手段でもあった。彼は女性に対しては実にそつなく、まめに動いた。利用できるものはすべて利用し、動くべき時には迅速に動いた。そうでもしなければ、とても優れた女性を手に入れることなどはできないのである。
 まして、娘を皇后にするともなれば、容易なことでは成就しない。これは女性を手に入れる手練手管とは次元が違う。高級貴族や宮家の誰もが、娘を春宮に入れるべく権謀術数の限りを尽くしていたのである。だから、源氏が十年先をにらんでいたのは当然なのだが、「近隣の御心よせ」を発揮できるのは、源氏だけの芸当である。
 実は、藤原道長が「我が世の春」を謳歌できたのも、我が娘を次々帝や春宮に入内させることができたからである。そのために、道長もそつなく着々と手を打っていた。こういう歴史上の事実をしっかり生かしているところが、「源氏物語は歴史物語である」と言われる所以なのである。


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