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源氏物語

源氏物語たより391

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   光源氏が紫上に固執するわけ  源氏物語たより391

 光源氏が、紫上に魅かれた理由は、彼女が藤壺宮似であったということに間違いはない。北山で初めて紫上を垣間見た時の様子が、次のように描かれているところからもそれを察することができる。
 『「かぎりなう心を盡しきこゆる人にいとよう似たてまつるが、まもらるるなりけり」と思ふにも涙ぞ落つる』
 「まもらるる」とは、対象にじっと目がそそがれて、そこから目が離せなくなる状態のことである。垣間見でも、紫上は藤壺宮にあまりにもよく似ているのが分かり、涙まで落としてしまったというほどに感激したのである。そして、彼は  
 『かの人の御かはりに、明け暮れの慰めにも見ばや』
と深く思い込んでしまう。藤壺宮にはそうやすやすと逢えるものではない、そこでこの子を宮の代わり(形代)に朝夕見ていようというわけである。

 しかし、彼が紫上に固執したのはそれだけが理由ではない。紫上自身の優れた資質というものも忘れてはならない。あの時、彼女の周りにいた大勢の子供たちとは
 『似るべうもあらず』
というほどに突出した美しさを持っていたのである。「べう」は、「べし」の音便化した助動詞で、「確信のある推測」をいい、「似ても似つかぬ」という強い驚きを含んでいる。そしてこんな美しい子は、どれほど優れた女性になるだろう、と思うと、その将来を見ないではいられないと強く思ったのである。源氏が、わずかに十歳に過ぎない少女を強引に引き取ろうと思ったのも、こんなところに根拠があるのである。
 その後、彼は、何度も彼女の祖母に「紫上を私の手元に」と頼み込む。その都度、彼女のあどけなさ、素直さ、明るさに触れることになる。でもそれがかえって彼の心を引き付けるのである。確かに彼女は、祖母が言うとおりあまりにも幼い。でも、彼は、
  『げにいふかひなのけはひや。さりともいとよく教えてむ』
と思うのである。「いふかいな」とは、「言う甲斐もない」という意味で、呆れるほど幼い感じであるということだが、それでもこれからよく教え込めば、理想的な女性になるはずだ、と引き取る意識をますます強くするのである。

 祖母が亡くなった後、源氏は紫上を訪れ、厚かましくも彼女の御帳台の中に入り込んでしまう。そしてその夜遅く、彼女の邸を出がけに、北山で感じたことをまたしみじみ反芻(はんすう)しながら、乳母にこう言う。
 『いとあはれに見たてまつる(紫上の)御有様を、今はまして片時の間も、おぼつかなかるべし。明け暮れのながめ侍る(紫上のことを思って沈み込んでいる)所(二条院)にわたしたてまつらん』
 こうして、彼は、紫上の父・兵部卿宮の許しも得ず、拉致同然に二条院に連れてきてしまう。
そして早速理想の女性にすべく、絵や歌や琴の特訓を始めるのである。その結果、
 『あかぬところなう、我が御心のままに教へなさんと思すに、かなひぬべし』
というほどに成長していく。書などもまた見事なもので、源氏は「それにしても見事に育てたものである」と例の「我ぼめ」をするほどになる。
 しかし、これも源氏の教えによってだけ「満足な女性」に育ったわけではない。彼女自身の優れた資質も忘れてはならない。とにかく聡く利発で、琴を教えていても難しい曲を『ただ一わたりに(たった一回教えただけで)』覚えてしまうのである。

 彼女は、源氏の生涯にわたってのかけがいのない伴侶となっていく。そして藤壺宮が出家したころには、彼女(十六歳)は完全に宮の形代から抜け出ていた。
 源氏の心を強く捉えたのは、「藤壺似」ではなく、彼女自身の優れた人間性であった。後に、源氏は、女三宮と結婚して紫上をひどく嘆かせるのであるが、ただ、紫上に対する彼の評価は少しも衰えるものではなかった。源氏は、こんなふうに述懐している。
 『(紫上は)いたらぬことなく、全て何事につけても、もどかしくたどたどしきことまじらず、ありがたき人の御有様なれば、いとかく(このようにすべての能力を)具しぬる人は、世に久しからぬためしもあなるを、と、ゆゆしきまで思ひ聞こえ給ふ』
何でもかでもすべての分野で優れた能力を持っている者は、命は長くないという例もあると心配するほどに、彼女の能力は際立っていたのである。こう源氏が評価したのは、紫上、三十七歳の時である。三十七歳は女の厄年である。

 実は、紫上の類まれな容姿や優れた能力について、物語上にはさほど詳しく描かれているわけではない。「らうらうし(優れている)」とか「あかぬところなう」とかという抽象表現ばかりで、源氏物語最大の女主人公とすれば、むしろなぜもっと具体的に描いてくれなかったのかと不満が残るほど、彼女の姿は貧弱なのである。
 また彼女が自己主張する場面も極めて少ない。
 唯一、彼女の特色が出ているのは「嫉妬」であろう。もっともこれは「あなたはすぐ嫉妬とする」という源氏の感想から出たもので、本当に彼女が嫉妬深いとはどうも思えないのだが。なにしろ源氏が嫉妬するような状況を作り出してしまうのだ。
 でも彼女の嫉妬に対して、源氏は愛しさを感じてしまうのだから、可笑しなことだ。これは恐らく彼女の嫉妬の仕方が、「程を得たものであった」がゆえではなかろうか。それが源氏の愛をいやましにしたのだろう。源氏を引き付けたのは、まさにこの「程を得た」というところではなかったのだろうか、と私は思っている。
 三十七歳の春、彼女は発病する。源氏が女三宮のところに行っていた夜のことである。心配した女房たちは、「源氏さまにお知らせしましょう」と言う。すると、彼女はそれ制して、言う。
 『いと便なきことなり(とんでもないこと!)』
 紫上という女性を見事に表した言葉である。


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