源氏物語

源氏物語たより395

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   院の叱責に恐々とする光源氏  源氏物語たより395

 六条御息所は、光源氏の冷たい仕打ちに失望し、たまたま娘が伊勢の斎宮になるのを機に、娘と一緒に伊勢に下ろうかと思い悩む。
 この噂を耳にした桐壺院は、源氏を呼んで懇々とお説教をする。源氏が父院からお説教されるなどということは異例のことである。なにしろ源氏は、院にとっての寵児なのである。院は、彼の人格、才能を愛で、彼の言うことなら何でも認めてしまうほど信頼しきっているのだ。
 ただ源氏の裏での女遊びについては、院は知らない。それどころか
 「宮中には素敵な女性が大勢いるというのに、源氏はそれらの女性に全く興味を示そうとしない」
と暢気に呆れているくらいなのである。
 
 しかし、六条御息所と源氏との艶聞は、世間周知のことになっているので、院もよく知っていた。源氏が御息所に対して冷たいあしらいをし、その結果彼女が都を去ることになったという噂を聞いた院は、さすがに見かねてお説教をという運びになったのである。院のお叱りの主旨はこうだ。
 「六条御息所は、故東宮がこよなく尊び、寵愛された人だ。東宮亡き後は、その娘(斎宮)も私(院)の子供同様に扱おうとしていたのである。いずれの面からみても、御息所は、並みの女性のように軽々しく扱う人ではないのだ」
 だから
 『心のすさびに任せて、かく好きわざするは、いと世のもどき負ひぬべきことなり』
と厳しく諭すのである。「もどき」とは、「非難」ということで、元々「六条御息所は畏れ多い身分の女性で、その人を気まぐれな浮気心で扱ったのでは、世間の非難を受けることになるぞ」というのである。誠に理路整然としたお説教であるし、源氏としても、確かに「院のおっしゃる通り」なので
 『かしこまりてさぶらひ給ふ』
しかないのである。

 これらの諭しの後、院はさらに駄目を押された。
 『人のため、恥ぢがましきことなく、いづれをもなだからかにもてなして、女の恨みな負ひそ』
 「な負ひそ」の、「な」は、「そ」を伴って禁止を表わす副詞で、「女の恨みを買うようなことはしてくれるな」という強い願望口調になる。この駄目押しの言葉に、源氏は愕然とする。それは
 『けしからぬ心のおほけなさを、(院が)きこしめしつけたらん時』
を恐れたからである。彼は何を恐れたというのだろうか。もちろん藤壺宮との不義密通である。「おほけなし」とは、「身の程をわきまえない」という意味で、藤壺宮は、院の妃であるばかりではなく、院が、この上なく愛している女性なのである。言うまでもなく、「院」とは元天皇であった人である。元天皇の寵妃と不義密通を働くなどは、誠に畏れ多いことである。また当然のことだが、宮は、源氏の義母にあたる。父帝の寵妃であり自分の母である女性と不義を働くなど、世の中にこれほど性悪な罪があるだろうか。人の罪障の中でも最大のものといっていい。「身の程をわきまえない」どころではない。人倫に背く行為であり、天の許さない犯罪なのである。
 
 院のお説教を、御息所のこととして聞いていた時には、彼はただ「かしこまって」聞いていればよかった。その時は、おそらくそれほどの罪悪感を覚えていなかったはずで、むしろ早くお説教が終わってくれればいいとでも思いながら聞いていたかもしれない。御息所とのことは、どう転ぼうが少しばかりの「世のもどき」を負うだけですむからである。ところが
 「いづれをもなだらかに」
という言葉が出た途端に、藤壺宮とのことが彼の念頭にきらりと浮かんでしまったのだ。宮との不倫は、彼女をなだらかにもてなしていることにはとうていならないからである。御息所とは次元が違うのである。
 このことがもし父院の知るところとなれば、自分の人生が破滅してしまうばかりではない、宮の将来を完全に抹殺してしまうのだ。
 そればかりではない、これほどの醜聞は未来永劫の世語りになる。歴史に残るのである。藤壺宮を歴史的な女性にしてしまっていいものか。
 源氏物語や歴史書を読んでいると、確かに「妃の不義」などがあったことを想像させる記述はある。しかしそれは、帝(院)の寵愛を受けていた妃でもないし、まして母・子の間柄でもない。源氏と藤壺宮の犯しほど畏れ多いものはないのである。(もっともそんなことは、あったとしても正史には残らないが)
 彼は院の言葉が
 『恐ろしければ、かしこまりて(仙洞御所を)まかで給』
うのである。この時の「かしこまり」は、先のかしこまりとははるかにレベルが違う。恐々として仙洞御所を退出したのである。
 
 にもかかわらず、桐壺院の崩御後、宮と三度目の逢瀬を試みるのである。恋というものの凄まじさに驚くとともに、源氏でなければできないこの人間の計り知れないスケールに、改めて感嘆するばかりである。いずれにしても、彼が叫喚地獄(地獄で最大の苦を受けるところ、阿鼻地獄とも)に落ちるのは保証されたことである。
 「こんなおおそれたことを大胆に描いた紫式部も地獄でもがいている」とある書物に書かれているそうであるが、あるいはそうかもしれない。


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