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源氏物語

源氏物語たより396

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   催馬楽を巧みに生かす  源氏物語たより396

 紫式部が、引き歌の技法を巧みに使うことについては今更言うまでもないことなのだが、どうしてこれほど適切な歌を選ぶことができるのか、不思議でさえある。物語の展開に合わせて、元の歌が無理なく実に効果的に生かされているのである。
 そしてそれは和歌に留まらず、催馬楽や神楽歌などにも及ぶ。
 
 光源氏が、明石姫君を二条院に引き取ってからというもの、大井では娘を取り上げられてしまった明石君が、わびしくつれづれと日を過ごしている。源氏は、そういう明石君を気の毒と思うのだが、紫上を憚って、容易には大井にわたって行けない。
 ある時、公私の暇を見て珍しく大井に通おうと決心する。出かける時の源氏の有様は
 『常より殊にうちけさうじ(美しく飾り)給ひて、桜の御直衣にえならぬ(この上とない)御衣ひき重ねて、(香を)たきしめそうぞき給ひ』
という具合であった。久しぶりに逢う女である。りゅうとした見出しなみで出かけようというわけである。それを見た紫上はさすがに
 『ただならず見たてまつり送り給ふ』
のである。尋常な気持ちではいられないのだ。
 明石姫君は、出かけようとする源氏の直衣の裾を握って離そうとしない。幼心に「出かけないで、私と遊んで」という意志なのだろう。そこで源氏は
 『明日帰り来ん』
と口ずさんで、出かけていく。
 これを私は、姫君をなだめるための言葉、
 「明日には帰ってくるからね」
と、これまで単純に解釈していた。ところが、これは催馬楽の文句を引いたもので、もっと深い意味が込められていたのである。催馬楽は、もともと民間に伝わっていた俗謡(はやり歌)で、それがいつか貴族社会にも浸透していったものである。源氏が口ずさんだ文句は「桜人」という催馬楽の歌の一部で、この催馬楽は男女が交互にはやし立てて歌うものであった。まず男が、
 「島に十町の田を作った。田の様子を見てきたいから、桜人よ、お前のその舟に乗せて送っておくれ」
と歌う。すると今度は女たちがこう囃す。
 「明日は帰って来るなどとおしゃるけれども、あちらの島に女を囲っていられるあなた、明日帰るはずなどないでしょ」
 実に長閑(のどか)であけすけで、土俗的な雰囲気の歌である。

 源氏は何気なしにこの「桜人」の一部を口ずさんだだけなのだ。ところが、これを紫上お付きの女房が耳聡く聞いていた。彼女は早速紫上さまに御注進というわけである。伝え聞いた紫上は、まことに皮肉な歌を源氏に送る。
 『舟止むるをちかた人のなくばこそ 明日帰り来むせな(夫)を待ち見め』
 「あなたが漕いで行った舟を引き止める人が、あちらにいないというのでしたら、明日帰って来るというあなたの言葉を信じて、お待ちすることにいたしましょう」という意味である。「をちかた」とは「あちらの方」ということで、明石君を指している。「これからお出かけのところに、女性がいらっしゃらないとうのでしたら・・もちろんそんなことは・・」という意図である。紫上も催馬楽の文句を知っていて、それを見事に歌に折りこんで、源氏に痛烈な一撃を加えたのである。 
 何とも軽妙洒脱なやりとりで、ここで催馬楽を見事に生かしている。でもその軽妙洒脱の中に、源氏と紫上が今置かれている深刻な事情(女性問題)が内包されているのである。
 紫上の皮肉な歌に対して、源氏は
 「いや、明日は絶対帰るよ。たとえ“をちかた人”が引き止めたとしてもね」
と苦しまぎれの、面白くもない歌を返すのである。

 源氏と明石君は、ほんのわずかな逢瀬で不満足なまま別れなければならないのは、毎度のことなのだが、今回は紫上の皮肉な歌が、特別堪えたのだろう。
 『夢のわたりの浮橋か』
と嘆くのである。
 これも引き歌のようであるが、引き歌と捉えなくても十分意味は通じる。「浮橋」とは、川を渡るために、水上に筏や多くの舟を並べて、その上に板を敷き渡したものである。渡る時にはふらふらして、誠に不安定で頼りないものである。しかもそこを夢の中で渡っているというのである。何ともはかなく落ち着かないことである。
 明石君は、人格といい趣味(特に琴の腕前)といい、どこに出しても恥ずかしくない申し分のない女性である。でも紫上のことを考えれば、十分に彼女をもてなすこともできず、また愛してあげることもできない。まるで「夢の浮橋」のような頼りなくはかない二人の仲である、という感慨である。
 一方、明石君は、源氏がまれまれにでもこうして訪れてくれることを、満足なものとしなければと諦観しようとする。恐らく七夕姫の心境なのであろう。

 紫式部の引き歌の能力は神業としか思えない。この場面にはこの歌しかないと思われる最適なものを引いてくるのである。どの引き歌も、精密機械で作られた部品のように、物語の展開上、この場所にはこの部品しかないといようにピタリとおさまっている。これは彼女の博学から来ているのは当然のことであるが、それだけではない。
 当時は、古今集千百余首を全部暗記していた女性は案外大勢いたようである。たとえば、村上天皇の妃・芳子の話は『枕草子』にも載っているし、和泉式部は親から古今集全てを覚えるよう言われたという。清少納言自身も実にさまざまな文献を引用している。白氏文集や史記などを暗記している女性も少なくなかったのではなかろうか。
 しかし問題なのはそれを生かす能力である。紫式部は、催馬楽や神楽歌まで自家薬籠中のものにして完璧なまでに物語の中に生かした。その点で、傑出した女性であった。
 


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