源氏物語

源氏物語たより397

 ←源氏物語たより396 →源氏物語たより398
   源内侍の驚愕の好色心  源氏物語たより397

 源内侍の好色については、これまで何度も取り上げてきた。とにかく彼女は
 『年いたう老いたる』
女であるにもかかわらず、好きごとに対する関心は、衰えを知らない。特に『紅葉賀』の巻で、光源氏と頭中将という当代切っての美男の貴公子どおしの恋のさや当ての相手を演じるのだから、桁外れの好色である。源氏はこの時、十八歳。それに対して源内侍は五十七、八というのだから、驚異である。今でこそ、五十七、八歳といえば女として現役バリバリであるが、当時の歳はこれに二十歳を加えて換算しなければならない。つまり源内侍は今なら八十歳近いということである。それが若き公達二人を手玉にとってチャンチャンバラバラというのだから、あさましくもあり感嘆ものでもある。
 
 また、葵祭りの日もそうだ。源氏が、祭り見物にと紫上を同車させて出かけてはみたが、見物の場所とてないほどの混雑。場所を物色していると、誰やら女が、「この場所をお譲りしましょう」と声をかけてきた。源氏がお礼の言葉をかけるとその女はこんな歌を詠みかけてきた。
 『はかなしや 人のかざせる葵ゆえ 神のゆるしの今日を待ちける』
 (ほかの女と同車なさるあなたを恋して、今日の祭りを待っていたとははかないこと  円地文子訳 新潮社)
 「葵」といえば「逢う日」という意味を掛けていて、この日は、恋する男(女)に自由に逢うことを神が許してくれる日である。源内侍は、源氏に逢うべくこの日を待っていた。ところが、源氏の車には既に別の女が同乗しているではないか、「せっかくの私の思いを神は叶えてくれはしなかった、何とはかないことか」と神を恨み源氏を恨んだ歌である。
 女が源内侍であることが分かって、源氏は何とも味気ない葵祭りを過ごすことになってしまった。

 『伊勢物語』(六十三段)にこんな歌が載っている。
 『百年(ももとせ)に一年足らぬ九十九髪 我を恋ふらし面影に見ゆ』
 この歌の背景は次の通りである。
 ある媼(おうな)が、何とかして情けある男と情を交わしたいと思っていたが、そんなことは誰にも言えるものではない。そこで、息子三人を呼んで、
 「実は夢で素敵な男に逢ったのよ」
と話す。優しい三男は、母の気持ちを察して、何とか好い男に逢わせてやりたいものと願う。たまたま狩りに来ていた在五中将の馬の手綱を捉えて、この話をする。中将は媼のことを不憫に思って一夜を共寝することにした。
 もちろんこの一夜だけで、それ以来男は通って来ない。媼は何とかしてもう一度の逢瀬をと願い、男の家に行き部屋の中をのぞく。これに気が付いた男は、上記の歌を詠いながら媼のところに出かけようとする。慌てて家に帰って寝ていると、男がやって来て同じように中をのぞく。媼は
 「今夜も一人さびしく恋しい人にも会えないで寝なければならないのか」
と詠う。それを不憫に思った男は、この夜も媼と共寝をした。
 「在五中将」とは、誰あろう、かの在原業平である。光源氏や交野少将と並び称される世紀の色男である。三男の孝心が、若く美しい色男と共寝するという信じられない幸せを媼にもたらせたのである。
 
 さて、上記の歌に戻ろう。「百年(ももとせ)に一年足らぬ」とは、「100に1足りない」という意味で、文字でいえば「百」から「一」を除いたこと、つまり「白」に当たる。このことから、この媼の髪は「真っ白である」という意味を表している。また、九十九には「たくさんの」という意味もあるかもしれない。長崎に「九十九島(つくもじま)」という地名があるが、あそこには大小たくさんの島がある。歌の全体の意味は、髪の真っ白な年をたくさん取った媼が私を恋い慕っているらしい、それが面影に見えるよ、ということである。
 まさかこの媼、九十九歳ということではあるまいが、相当の歳であることに間違いはない。こんなお年になるまで、異性を恋い慕う情というものが残っていたということである。

 俵万智が、中村真一郎と対談した時に、中村真一郎が
 「文明の高さは何によって計られるかって、いろんなもので計られるんですが、その一つは恋愛年齢の幅の広さが広いほど文明が高い・・」
と話したそうである(『愛する源氏物語』文春文庫)。
 恋愛年齢の幅の広さが文明につながるか否かは私には分からないが、少なくともいくつになっても異性に関心を持つことのできる人は、いつも活力豊かに若々しく生きているという証拠である。
 源内侍は、末摘花と近江君とならんで、紫式部によってさんざん虚仮にされる、いわば「三大虚仮人」の一人なのだが、彼女は、他の二者とは大いに異なる。生まれといい教養といい、並みの女ではない。恐らく、源氏と頭中将とが、彼女を間に恋にさや当てをするのだから、相当の美人でもあったろう。
 私も、伊勢物語の媼のように九十九髪(実は髪はないのだが)に近い年になったが、それでも源内侍のような女がいたら、歌でも詠みかけてみたいという思いは消えていない。
 『さむしろに衣片敷き今宵もや 恋しき人に逢はでのみ寝む』


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより396】へ
  • 【源氏物語たより398】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより396】へ
  • 【源氏物語たより398】へ