源氏物語

源氏物語たより400

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   どこにもありそうな夫婦喧嘩  源氏物語たより400

 年たちかえる元旦、光源氏は、御婦人方に年頭の挨拶回りをするのだと、六条院のそれぞれの館を回ることにした。南(春)の館に住む紫上とは、仲睦まじい歌を詠み交わして新春の歓びを寿ぐ。その後、明石姫君、花散里、玉鬘と回って、
 『暮れ方になるほどに、明石の御方にわたり給ふ』
のである。明石の住む北(冬)の館を「暮れ方」にしたのには、何か魂胆があるのだろう。彼は、容貌美しくセンス豊かな明石君のところには、しばしば渡って行きたいのだが、紫上に憚ってめったに訪れることができない。
 今回は、年頭の祝いとて、やましいことなど何もない、堂々と行くことができる。
 やはり北の館は、入るなり何にもまして高尚な住みなしをしているのが肌に感じられる。御簾のうちで焚いている香が、風に送られてくる様は何とも艶である。また何気なく置かれている琴さえ情趣豊かに感じ取れる。
 明石君の振る舞いがまた申し分なく、源氏に対して遠慮がちで奥ゆかしい。白い小袿に鮮烈にかかる髪は大層優婉で、人の心を引き付けずにおかない。

 案じたとおり源氏はこの晩、明石君のところに泊まることにした。「暮れ方に」したのはそのためである。他の御婦人方は、「やはり源氏さまの明石君に対する御寵愛は特別なのだな」と妬み心を交えて面白からず思っている。
 そんな御婦人方の反応に咎め心もあるのだろう、源氏は
 『まだあけぼのの程に(南の館に)渡り給ふ』
のだ。しかし、こんなに早くに帰ってしまわれる明石君も、また心穏やかでない。何とも贅沢な源氏の悩みで、これこそもてる男の冥加というものであろう。
 源氏は、一晩待っていた紫上の心を慮って、こんな見え透いた嘘を付く。
 『あやしきうたた寝をして。若々しかりけるいぎたなさを、さしも驚かし給はで』
 なにが「あやしきうたた寝」であろう。昨晩は明石君としっぽり睦言を交わし続けていたのではないの?それを「大人げなく眠りこけてしまった」とは、よくも言うものだ。しかも「相手が起こしてもくれなかった」とは、聞いている方で背筋に汗が流れる。それどころか、明石君が「あけぼのの程に」帰って行く彼の姿を恨めしく見ていたのを知りつつ、紫上に憚って、心得ずも渋々帰ってきたのではないのか。
 源氏の空言に対して、腹立ち給えるのか紫上は返事もしない。そこで彼はこと面倒と見て
 『空寝をしつつ、日高く大殿籠り起きたり』
と紫上を避けて空寝をしてしまう。その後、日が高くなるまで寝ていたということは、明石君との昨夜の睦まじさを証明する以外のなにものでもない。
 この日(二日)は、正月の祝いに百官が源氏のところにやってくるので、饗応しなければならないと、それにことづけて、源氏は
 『面隠し給ふ』
のである。
 そもそも元日の夜を正妻(紫上)と共に過ごさないというのはルール違反である。この夜ばかりは特別な日で、我が館でおとなしくしていななければならないのだ。それは現代で言えば、妻の誕生日や結婚記念日には、本心はとにかくとして、ケーキでも買ってきて二人で仲良くお祝いをしなければならないのと同じことだ。それなのに女のところに外泊してしまうとは。
 しかし、源氏と紫上のやり取りは、どこの夫婦にでもありそうは風景で、可笑しい。私も身につまされるものがある。「女のところに泊まってしまう」ことなどはもちろんないものの、妻の誕生日や結婚記念日などはしばしば忘れてしまう。いやそもそもその日をよくは覚えていないのだ。

 それにしても、この夫婦喧嘩は真実味たっぷりで、それぞれの気持ちが実によく伝わってくる。恐らく紫式部の経験に基づいているのだろう。彼女の夫・藤原宣孝は、なかなかの色男で、随分女性にもてたようである。この宣孝のことが、なんと『枕草子』に
 『右衛門の佐(すけ)宣孝といひける人は』
と「あはれなるもの」の例として描かれているのだから不思議なものである。それによれば、この宣孝は、派手好みで茶目っ気があり、図太い精神の持ち主であったようである。奇行も多かったのだろう、御嶽(吉野の金峰山)詣での例が面白く上げられている。御嶽に詣でる時には、どんな身分の人も粗末ないでたちで行くのが常識になっているのに、彼は「そんなことはおかしな慣わしだ」と言って、
 『紫のいと濃き指貫、白きあお(狩衣)、山吹(色)のいみじうおどろおどろしきなど着て』
出かけたのである。これでは仏の罰が当たってしまう。ところが、彼が言ったとおり、御嶽詣でから帰るなり、なんと筑前の守に任じられたのである。
 「これは全然「あはれ」とは関係ない話なのだが」と清少納言は弁解するのだが、「変わっている」という点ではまさに「あはれ」の一つの典型といってよい。
 そういう宣孝だから、元日の晩だからといって妻と一緒に過ごさなければならない必要性などないと、源氏と同じように女の家でしっぽりやっていたかもしれない。

 最後に、源氏と紫上が、元日の日に睦まじく詠い交わした歌を上げておこう。
 源氏
 『薄氷とけぬる池の鏡には 世にたぐいなき影ぞ並べる』
 (新春の池に、あなたと二人ならんだ幸福そうな影が映っています。 円地文子訳)
 紫上
 『曇りなき池の鏡によろづ代を すむべき影ぞしるく見えける』
 (晴れ晴れとした池に、いつまでも変わらずに暮らす二人の影が映っています。 同)


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