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源氏物語

源氏物語たより404

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   光源氏の辛辣 『常夏』  源氏物語たより404

 『あそむや、さやうの落ち葉をだに拾へ』

 これは光源氏の実に辛辣な雑言で、太政大臣にはあるまじき言葉なのである。ではいったい誰に向かって吐いた罵詈(ばり)雑言なのであろうか。直接には「あそむ」に向かって言っているのだが、本命はもちろんそうではない。
 「あそむ」とは、「朝臣」で、目下の者に向かって呼ぶ時の敬称で、この場合の朝臣は、源氏の息子・夕霧を指している。だから、息子に向かってこんな暴言を吐くはずはないのである。この言葉が吐かれるには、相当の恨みつらみが籠っている結果であるということであり、そういう相手がいるということである。
言葉の意味は
 「夕霧よ、お前はその程度の落ち葉でも拾っておけばいい」
ということになる。「落ち葉」とは、内大臣(かつての頭中将)の落とし子・近江の君を指している。「近江の君とでも結婚しておくのが、お前にはお似合いだろうよ」と吐き捨てるような気持ちで言ったのである。
 実はここには複雑な背景があって、それが分からないと、冒頭の言葉だけでは源氏の意図が掴めない。それを知るには、『乙女』の巻まで戻らなければならない。いやもっと遥か昔にまで遡る必要があるのかもしれない。

 母・葵上を亡くした夕霧は、祖母・大宮の邸で育った。そこには、内大臣の娘・雲居雁も一緒に大宮に育てられていた。彼女は今までどちらかと言えば内大臣にあまり顧みられない存在であった。同じ邸に住む二人は、いつか筒井筒の恋を育むようになっていたが、それを知った内大臣は、二人を引き離してしまったのである。というのは内大臣には雲居雁を春宮に入内させようという目論見があったからである。その貴重な玉を夕霧に取られてしまったのでは目論見が狂ってしまう。そのために二人の交際を絶対許そうとしなかったのである。
 しかし、本当の内大臣の思いは、このことではない。冷泉帝に入っている内大臣の娘・弘徽殿女御が、源氏の養女・秋好女御との后争いに負けたということが遠因しているのである。この恨みで、源氏への対抗意識を強くし、夕霧と雲居雁の二人を引き離してしまったのだ。今まで軽くしか扱っていなかった雲居雁を急遽担ぎ出し、春宮に入内させようと考えるようになったのは、源氏に一矢報いたいという思惑があったからである。

 源氏と内大臣は、若いころからの親友であるとともにいろいろな面でのよきライバルであった。もっとも内大臣はいつも源氏の後塵を拝していたのだが。
 しかし今では二人の間はライバルというような生易しいものではなくなっていた。共に政権に強く関わりだしたからである。内大臣とすると、源氏の一挙手一投足が気になって仕方がない。常に源氏の行動をマークしていたところ、源氏がどこからか美貌の娘(玉鬘)を連れてきたという噂である。彼もじっとしていられなくなり、息子たちに
 「俺の胤がどこかに落ちているはずだから、名乗り出る者がいれば連れて参れ」
と激を飛ばす。
 その結果、息子・柏木が見つけてきたのが「近江の君」だったのである。それもまともな娘であればこともなかったのだが、この娘が何とも「あわつけき(軽薄な)女で、しかもその早口たるや、内大臣も命が縮むほどのものであった。まさに「落ち葉」であった。処置に困った内大臣であるが、放り出してしまうわけにもいかない・・という窮地にあったのだ。
 その事情を源氏は周知していた。夕霧と雲居雁を結婚させないことを苦々しく思っていた源氏は、よき機会到来とばかり、内大臣の浅はかな行動に対して、毒を含んだ冒頭の言葉を吐きだし、うっぷん晴らしをしたというわけである。
 その言葉の後に、彼はこう続ける。
 『同じかざしにて慰めむに、なでうことかあらむ』
 「近江の君は、どうせ雲居雁と姉妹だ。同じかざし(血のつながり)と結婚して辛い気持ちを慰めることに、何の問題もあるまい」というわけである。これも随分嫌味な言い草である。
 源氏と内大臣は
 『うはべはいと良き御仲の、(しかし)昔よりさすがに隙ありける』
という間柄であった。「隙あり」とは、仲がしっくりいかないという意味で、仲好い関係に見えて、実は昔からそれほど芳しいものではなかったというのである。そういう間柄であったところに、夕霧を貶めるような扱いがあった。日頃の不満に加えてその鬱憤が、ここで一気に爆発したのだ。
 内大臣に対する、最近の源氏の評価がそれをよく表わしている。彼は言う。

 子供が大勢いるというのに、その上にまだ望むというのは何とも欲張りなことである
 若い頃から随分いかがわしい行動もあったので、さぞ御落胤もあることだろう
 派手好きで勝ち気な人柄である
 ものごとをなんでもきっぱりけじめをつけかないと収まらない性格である
 ・・
 源氏が須磨でわび住まいしている時に、右大臣に睨まれるのを承知で、源氏を見舞った頭中将だが、あの睦まじい関係は、今ではかくも疎隔した間柄になってしまった。政権に強く関わる者同士の悲しい因縁である。
 それは歴史上の一世源氏と藤原氏との争い、あるいは藤原氏同士の争いそのものである。安和の変で源高明が藤原氏に追われた事件、あるいは道長と伊周との肉親同士の醜い争いなど、紫式部は直接、間接に目にし、肌で感じ取ってきた。それらの政権争いを、彼女は鋭く冷静に見つめていて、物語の中に生かしていったのかもしれない。「女が政治に関わるものではないから」と、何かにつけて言っていた紫式部であるが、こんなところでちゃっかり政治を語っていた。


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