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源氏物語

源氏物語たより407

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   光源氏のちゃっかり 『真木柱』  源氏物語たより407

 玉鬘は、心ならずも鬚黒大将と結婚することのなってしまった。光源氏としてもそんな結果が残念でならないのだが、今更いかんともしがたい。
ともあれ玉鬘のことは一件落着、無事におさまったことは事実である。
 周囲は、源氏と玉鬘の仲を、ことありげに見ていたし言いもしていた。子供である夕霧さえ、源氏に面と向かってこんなことを言ったこともあるのだ。
 『年ごろ、かくて育み聞こえ給へる御心ざしを、ひがざまにこそ人は申すなれ』
 「長い間、こうして玉鬘を育てて来られた父上のお気持ちを、世間ではあらぬふうに(懸想がらみで世話していると)噂しているようです」という意味で、夕霧は世間の噂として源氏に話す振りをして、実は自分自身の不審感を源氏にぶつけて正してみたかったのである。彼は、野分の日に、源氏が抱きかかえんばかりに玉鬘に寄り添っている姿を目の当たりにしているし、その他にも、親子にはありうべからざる行為を見ているのだ。疑念を起こすのも当然である。
 さらに彼は内大臣の言葉として、こうも言う。
 「内大臣も同じようなことを匂わせていて、「源氏は、大勢の女性がいるから、今更、玉鬘を妻の一人にすることもできない。そこで、捨てがてらに私に押し付け、尚侍として宮仕えさせ、その間に
 『「籠絡せむ」とおぼしおきつる。いと賢くかどあることなり』
と言っている」
 「籠絡」とは、親に向かって言うにしては穏当でない言葉である。この場合は、「玉鬘を巧みに言いくるめて、自由に操つろう」ということである。したがって「賢くかどある」とは、源氏を褒めた言葉ではない。「狡賢いことを考えるお人だ」という皮肉な毒舌である。これはもちろん内大臣自身が言っている言葉であろうが、若くてまめな夕霧の義憤の迸(ほとばし)りであるとも取れる。

 ところが、大方の噂に反して、玉鬘は、清く美しく鬚黒大将と結婚することで結着した。そこで源氏は、玉鬘との仲が潔白であったと人々に示す結果になったので、内心こう我ぼめするのである。
 『「我が心ながら、うちつけにねぢけたることは好まずかし」と昔よりのことも思し出でて・・』
 「うちつけにねぢけたること」とは、「場当たりでよこしまなこと」という意味である。「そう言えば昔からのことを考えてみても、そういうことは自分の性には合わないのだ」と結論付けてしまったのだ。毎度のこととはいえ、呆れた結論というほかない。
 それでは、彼の昔のことを思い出してみよう。藤壺宮にしても朧月夜にしても、空蝉や秋好中宮にしても、あれが「よこしま」なことではでなかったと言えるのだろうか。確かに「場当たり」ではないかもしれないが、少なくとも潔白とは言い難い所行である。それにもかかわらず、彼の論理からはみなセーフなのである。
 玉鬘のことも、全てセーフと言いたいのだろう。ところが読者は誰もが知っている。彼が玉鬘の手を握ったのも、髪を撫でたのも、琴を枕にして横たわったのも、「ふところ離れずもの近か」く寄り添ったのも。にもかかわらず「我が心ながら、うちつけにねぢけたること好まずかし」とは、源氏の精神構造はいかばかりのものかと思うと、こちらの精神が狂ってくる。
しかも止めておけばいいのに、紫上にもこう言うのだ。
 『おぼし疑ひたりしよ』
 (あなたも玉鬘とのことを随分疑っていられたよね)

 そしてさらに不届きなことには、鬚黒大将のいない昼間に玉鬘のところにこっそり忍んで行って、未練な歌を詠み交わすのである。彼が、玉鬘に詠みかけた歌はこうである。
 『おりたちて汲みはみねども 渡り川 人の瀬とはた契らざりしを』
 (歌意は「たより406」を参照願いたい)
 この歌に対して、玉鬘は、「鬚黒などに手を引かれて三途の川を渡るよりは、一層のこと泡となって消えてしまいたい」と返す。
 するとすかさず源氏は、こう突っ込むのである。
 『かの瀬はよぎ道なかなるを。御手の先ばかりは引き助け聞こえてむや』
 「かの瀬」とはもちろん三途の川の瀬のことで、
 「あの瀬はどうしても避けることのできない道なのだから、私があなたの手の先でも引いて、渡る時の手助けをしましょう」
というのだ。三途の川は、最初に契った男しか、女を背負って渡れない。玉鬘は、鬚黒が最初に性的関係を持った男である。したがって、源氏が背負って渡るわけにはいかない。実事のない男では、いくら愛している女であると言っても、三途の川を渡る時には、遠くで指をくわえて眺めているしかない。そこで源氏は「手の先だけでも」と言ったのである。手の先だけの繋がりとは、正しい繋がりではない、つまり、源氏とすれば、不倫をして玉鬘と繋がろうというのである。だったら手の先ぐらい繋いで渡ることができようと言うのである。よくもぬけぬけと新婚ほやほや女に向かって言えたものである。
 林望氏は、ここのところを、
 「この姫と床を共にこそしなかったけれど、この手の先で、幾たびもあの黒髪や肢体に触れていたことを思って、ふと笑みを浮かべた」(謹訳源氏物語 祥伝社)
と訳している。なかなか面白い訳だが、私はそうは解釈しない。手を触れただけでは、性的関係を持ったことにはならないからだ。やはりここは
 「これから床を共にしましょうよ」
というふうに謹釈しないと、より本質に迫ったものにはならない。
 なにしろ光源氏の「よこしま」は健在なのだから。玉鬘は源氏の求愛(性)を
 『いとわりなう聞き苦し』
と思うのである。


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