源氏物語

源氏物語たより408

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   内大臣の型破りなお説教 『常夏』 源氏物語たより408

 内大臣には三人の娘がいるが、いずれも本意の如くには行かない娘たちである。冷泉帝の妃である長女・弘徽殿女御は、光源氏の養女である秋好女御との中宮争いに負けてしまったし、次女の雲居の雁は、春宮に入内させようと思っていたところ、源氏の息子・夕霧との間に恋愛問題を起こしてしまい、彼を失望させている。一層のこと、源氏が「雲居の雁を夕霧に」と熱心に申し込んでくれれば、その熱意に負けたという体裁を取って、二人を結婚させてしまってもいいのだが、などと弱気になったりもする。しかし、肝心の夕霧たちが、平然としている様子なのも癪の種である。
 三番目の娘は、源氏への対抗意識から無理に探し出してきたものだが、これが言語を絶するほどの「あはつけき(軽薄な)」女で、始末に窮するほどの娘であった。 
 源氏の娘の明石姫君やどこからか源氏が探し出してきたという娘(玉鬘)の噂を聞くにつけても、「それにしてもうちの娘たちは・・」と慨嘆するしかない。しかもその娘(玉鬘)というのが超美人で、多くの男たちを魅了して人気沸騰中だという。彼はひがみ根性もあって、
 「どうせたいしたこともない娘であろう。権威ある源氏の子というイメージが、皆にそう言わせているだけなのだ」
などと考えはするのだが、源氏との差は歴然である。

 そんな鬱勃(うつぼつ)とした思いを抱えながら、ふと雲居の雁の部屋に出かけて行くと、なんと
 『姫君は昼寝し給へる』
ではないか。薄物の単衣を着て臥している様子はたいそう可愛く華奢である。単衣から透けて見える肌が美しく、扇を持ちながら腕を枕にし、後ろにかきやっている髪がいかにも麗しい。
 彼女は、父が来たのにも気づかず寝入っている。内大臣が扇を鳴らすとやっと目をさました。父を見上げるその目つきがなんとも可愛らしく、頬を赤らめているのも我が娘ながら美しいと思う。
 しかしそれにしてもあまりに自堕落な姿ではないか。そこで彼はこうお説教を始める。
 『うたたねは、いさめ聞こゆるものを。などかいとものはかなきさまに(不用心に)ては、大殿籠りける。・・女は身を常に心遣いして守りたらむなむ、よかるべき。心安くうち捨てざま(投げやり)にもてなしたる、品なきことなり』。
 源氏の姫君たちの非の打ちどころない様を思い浮かべたのであろう、あまりに差があり過ぎる。いくら京の夏は暑いとはいえ、女には女のたしなみというものがある。内大臣の娘たるものが、昼日中、親の来たのにも気づかないほどに寝込んでいていいはずはない。しかも扇片手に腕枕とは、なんとも不用心でたしなみがない。これでは強く諌めるの仕方のないことである。

 ところが、次の瞬間に彼のお説教ががらりと様変りしまって、先のせっかくの諌めが雲散霧消してしまった。
 『さりとて、いとさかしく身固めて、不動の陀羅尼よみて、印つくりて居たらむも、にくし。うつつの人にもあまり気遠く、もの隔てがましきなど、気高きやうとても、人にくく、心うつくしくはあらぬわざなり』
 あまりに突然のお不動様の登場である。不動尊といえば、右手に剣を持ち左手に羂索(けんざく 縄)を持ち、忿怒の形相すさまじい仏である。光背は燃えたぎる火焔で、一目見ただけで背中にぞっとするものが走る。
 その不動が、陀羅尼を読み印を結んでいるというのだから、さらに恐ろしい。陀羅尼とは呪文を梵語のままで誦むもので、訳の分からないおぞましいものだ。その仏が「印を結ぶ」と言うのだから、さらに近寄りがたい存在である。
 これはお説教の後半の「とはいえ、いつも賢そうに身を固めて、厳々乎として人を寄せ付ず佇立(ちょりつ)しているようなのも、気高いようではあるが、固苦しくて面白みがない、そういう人間にはなるなよ」という一般論の譬えに過ぎないのだが、それにしても譬えが飛躍しすぎている。およそ雲居の雁から発想されるイメージではない。
 それではなぜこれほど飛躍した譬えを上げてのお説教になってしまったのだろうか。
 考えられるのは、可愛く華奢な娘を前にして、忿怒の様で怒っている自分の姿が滑稽に見えて来てしまったということだ。雲居の雁が「らうたげな目で頬を赤らめ」て見返してきた様子に、本気で頭から火焔を吹き出して諌めだした自分が恥ずかしくなったのだ。自分の姿に不動様が重なってしまって、このなんとも奇妙な譬えになってしまったのだ。それは照れ隠しであり誤魔化である。
 雲居の雁はこの時、十七歳。最初こそ父の話を御説ごもっともと緊張気味に聞いていたのに、突然「不動の・・」となってしまった。彼女は、扇で顔を隠して笑いをこらえていたかもしれない。この後、内大臣は、
 『いとらうたしと思ひつつ聞こえ給ふ』
と言っているところからも、そんな彼の心境を察することができる。

 内大臣は、物語の中でしばしば「きはぎはし(ものごとをはっきり決めつける)」とか「かどかどし(角ばって余裕がない)」とか、あるいは「思慮が浅い」とか言われるのだが、それは概ね源氏の目を通した内大臣の相である。
 しかし、この不動の譬えを見ていると、決してそんな人物ではないのではないかと思われてくる。豪放磊落(らいらく)で明るいのだ。娘の様子を見て即座に型破りなお説教に変えてしまうところなどは、決して「かどかどしい」だけの人間にできるものではない。また「きはぎはし」いだけの人間では、この柔軟で余裕のある譬えは出てこない。状況を見て即座に話を変えていくというのも、思慮が浅いはずはないのだ。むしろ情趣を解する人と言っていいのかもしれない。
 もっとも、この後も彼のお説教は続き、夕霧とのことなどを持ち出して、雲居の雁を
 「胸ふたがる思い」にさせはするのだが。
 
 この次の場面には、例の近江の君が登場するが、誠に「あはつけき」娘である。ところが、内大臣はそういう娘を侮ったりからかったりはするものの、決して放り出してしまうようなことはしない。むしろ彼女の人柄を楽しみにさえしているのである。「きはぎはし」い人間にできることではない。物語中で彼は、いつも源氏に比べられて損な役回りをさせられているのだが、決してそんな人物ではないのである。

 紫式部は、一人の登場人物を鋳型に嵌め込んでしまうようなことはしない。たとえば全てを兼ね備えているような超人的な才能の持ち主・光源氏でさえ、時に無軌道に突っ走るわりなさや子供っぽい思慮のなさを垣間見させているのである。
紫式部の人物造形には、単純に悪玉善玉に仕切ってしまうようなことをしない幅の広さと深さがある。それは彼女が、鋭く人を見分ける洞察力の持ち主であることに由来しているものと言えよう。


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