スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←源氏物語たより410 →源氏物語たより412
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより410】へ
  • 【源氏物語たより412】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
 

源氏物語

源氏物語たより411

 ←源氏物語たより410 →源氏物語たより412
   軽妙な笑いの創造  源氏物語たより411

 紫式部によって道化にされた近江の君については、既に「たより20」でも述べたところであるが、『常夏』の巻に登場する姿もまた実に生き生きしていて彼女独特な血潮が感じ取れ、爽快ですらある。末摘花も、紫式部によって道化にされたのだが、容姿や生活状況など彼女にはいかんともしがたい点に矛先が向けられて、行き過ぎるほどに虚仮にされてしまったために、いささかあくどい感じで快いものではなかった。
 それに対して近江の君はひたすら明るく屈託がない。
 彼女は、内大臣(かつての頭中将)が、光源氏への対抗心から無理に探し出してきた娘であったにもかかわらず、内大臣の期待を見事に裏切る娘であった。しかし彼の娘であることに間違いはない。なにしろ
 『こと人とあらがふべくもあらず、鏡に思ひあはせられ給ふ』
ほど似ているのだから。「いや俺の子供ではあるまい」と言っても、鏡を見れば一目瞭然、瓜二つなのだからどうにもならない。内大臣は自分の宿世が恨めしいと思うほどの酷似に、あらがう気もなくなった。

 さて、内大臣が、彼女のところに行ってみると、五節と双六を打っている最中であった。近江の君は、部屋の端近いところにいて、御簾を背中で押し出すようなはしたない格好をしている。賽を打つ時に、手を押し揉みながらひどい早口で
 「さあ、小さい目が出ろ!それ、小さい目が出ろ!」
とわめいている。それでも賽を入れた筒をひねくり回してなかなか打たない。恐らく立膝で胸もあらわに、「ようござんすね。入ります!」というが如く、まるで鉄火場の様相だったのかもしれない。

 内大臣は、妻戸のところから、さらに開いている襖の奥の部屋を覗く。なかなか愛敬はあるし髪も麗しい。これなら、「あはつけき女」という噂になっている欠点も帳消しになりそうなのだが、何しろ額の狭いところと上っ調子な声が、それを相殺してしまう。内大臣は
 「この邸の居心地はどうかい?」
と声をかける。すると
 「いや、結構、結構!ただお父さんがめったに顔を見せてくれないことだけが、『いい賽の目が出ない時』って気分なだけ。後は満足、満足」
と答える始末。何とも奇妙な譬えで、さすがの内大臣も開いた口が塞がらない。
 「いや、確かにあなたが言うとおり、なかなかここにはやって来れなくてな・・。実は私の近くで働いてもらおうとも思ってはいるのだが、それも人の眼もあることだし・・」
とたじたじとなって弁解がましく言うと、近江の君
 「いやいや、とんでもございません。私みたいなものがお近くでお勤めするとなると、お父さんも人の眼が気になり窮屈な思いをするでしょう。でも、
 『おほみ大壺取りにも仕うまつなむ』
そうすれば人の眼も気にならずにすむし気楽でしょ」
と言う。なんと「大壺取りでもする」と言うのだ。便所の掃除でもなんでもいたしましょうということである。しかも便器に「おほみ(大御)」と最高の敬語をつけた。普通便所の掃除などは「樋洗(ひすまし)」という最下級の家士がするものである。それを内大臣の娘ともあろう者が自らするという。内大臣は吹き出しながらこう言う。
 「いくらなんでもそなたにそぐわぬ仕事よな。
それにしてもそなたのその早口、何とかならぬか。親に孝心があるんだったら、もう少しゆっくりしゃべってくれぬか。そうしたらわしの命も伸びるというものだがな」
 内大臣も、彼女の型破りな言葉についつられてしまったのだろう、冗談に紛らして言うのだが、蛙の面にで、全然めげてはいない。
 「でもね、これって私の舌の本性(持って生まれた特性)なの。お母さんも、何とか治らないものかって心配していたわ。お母さんが言うには、多分妙法寺の別当大徳が原因だろって。だって私の産室にその大徳が居てね、大徳の早口がうつっちゃったらしいの」
 実に八方破れの話しで、突然「妙法寺」が出てきたと思うと、「別当大徳」である。おそらく安産祈願のために呼んだ寺の法師が、飛び切りの早口だったのだろう。
 この後、二人の破天荒なやり取りがしばらく続く。

 そしてここで紫式部の「話し方」に関する薀蓄(うんちく)が開陳されるのだ。
 ① たいした内容でなくても、ゆったり静かに話すと、たいしたものに聞こえて来るもの
 ② ちょっとした歌を語る時も、それに相応しい声の調子で余韻を込めて吟誦(ぎんしょう)したりすれば、趣深く聞き取れ   るもの
 ③ 近江の君みたいな話し方では、どんなにいい内容を話したところで、所詮ごつごつした田舎臭さは免れない
 これは間違いのない道理である。昭和天皇の悠揚迫らない話しぶりにはいかにも威厳・尊厳を感じたものだし、私の知人も議会の答弁の時の心構えをこんなふうに言っていたことがある。
 「自信のないところは堂々と喋り、自信のある内容の時にはゆっくり小さい声で喋ればいい。堂々と喋ると質問がない。また自信なそうに喋ると盛んに質問してくるからこちらの思うつぼで、堂々と答えられる」
 しかし、いくら紫式部が道理を語っても、近江の君にとっては何の意味もなさないことである。なぜなら早口は彼女の「本性」なのだから。それに彼女の場合は早口だけが問題なのではない。言うこと為すこと全てが型破りなのだから、内大臣も紫式部もお手上げである。

 それにしても紫式部は独特な人物を創造したものだ。末摘花のモデルは紫式部が嫌っていた叔母だという話があるが、近江の君に似た人物も彼女の周囲にいたのかもしれない。それをデフォルメしたのだろう。
 近江の君は『真木柱』の巻にも登場する。そこでの傍若無人な行動は、他の女房たちの顰蹙(ひんしゅく)を買うのだが、これについてはいずれ折を見て述べてみよう。
 これほどに型破りな人物は「あはれ(もの・ことが変化する時に感じるしみじみとした情趣)」を主題とする源氏物語の世界では無縁の存在のように思われるのだが、彼女は単なる狂言回しなのだろうか、あるいは何らかの意味があるのだろうか、その点も探りながら考えていってみようと思っている。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより410】へ
  • 【源氏物語たより412】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより410】へ
  • 【源氏物語たより412】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。