源氏物語

源氏物語たより412

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   寝殿造りの闇   源氏物語たより412

 明るさに慣れた現代人にとっては、寝殿造りの闇がどのようなものであるかは想像もつかない。源氏物語を読んでいると
 「え!そんなことがあるの?」
という思いにかられることが多い。
 例えば、末摘花の顔を、雪の朝まで光源氏が全く見ていなかったというが、そんなことがあるのだろうか。いくら寝殿造りの夜は暗いとはいえ、信じられないことだ。
 また、源氏は、弘徽殿の細殿で朧月夜に偶然遭遇するのだが、あの時、細殿には明かりがついていなかったのだろうか、もしそうであるなら真っ暗なはずで、そんな中を女が一人歌を詠いながら歩くなどということがあるのだろうか。またもし、明かりがついていたとすれば、袖を掴まれるまでどうして朧月夜は男の存在に気付かなかったのだろうか、など、様々な疑問がわいてくる。
 ともあれ源氏物語では、闇が物語の展開に大きく関わっていることが多い。

 『帚木(空蝉)』の巻もそうだ。光源氏が、方違えのために、急遽、紀伊の守の邸を訪れることになった。たまたまその邸に来ていた受領の妻・空蝉に逢い、契りを結んだ時も、闇が重要な意味を持っている。
 廂の間に寝間を設えられた源氏は、すぐ隣の部屋に空蝉が寝ていることを知る。皆が寝静まったのを確認した源氏は、そろりと起き上がり、襖の掛け金を試みに開けてみた。なんと鍵はかかっておらず、襖はするりと開いた。
 『火はほの暗きに見給へば、唐櫃(からびつ)だつ物どもを置きたれば、乱りがはしき中を分け入り給ひて、(人の)けはひしつる所に入り給へれば、ただ一人いとささやかにて臥したり』
 それが空蝉であった。この場合は、部屋に火が灯してあった。高灯台であろう、それに火が灯されていたのだ。寝る時にも明かりを灯したままであることがこれで分かる。それは「ほの暗い」明るさであると言う。
 さてこの「ほの暗さ」とは、一体どの程度の暗さなのだろうか、現代の我々には全く分からない。調度が乱れがましく置かれている中を、不安定な足取りで物を避け避け、とにかく女のところにたどり着くことができたというくらいの明るさである。うすぼんやりと部屋の中に置かれた唐櫃などが見え、また、一人臥している女の体が「いとささやか」に見えたというのだから、それほど暗いというわけではなさそうだ。
 問題なのはこの後である。源氏は空蝉を抱いて自分の部屋に連れていこうとして襖のとこに行く。まさに部屋を出ようとした時、ちょうど湯屋から戻ってきた女房とぱったり出くわしてしまう。不審に思ったその女房は
 『あやしくてさぐり寄りたるにぞ、いみじく匂ひ満ちて、顔にもくゆりかかる心地するに、思ひ寄りぬ』
のである。「思ひ寄りぬ」とは、源氏さまであるということに気づいたということである。女房は、誰か分からなかったので、相手の体を探ってみたのである。ということは、ほとんど闇の中であったということである。この時の源氏がどの位置にいたかは微妙であるが、いずれにしても先ほどの灯台の火はわずかながらも届いていたはずである。でも、女房が源氏の正体を知ったのはその香しい匂いであった。視覚ではなく、嗅覚で分かったということである。嗅覚でなければ状況を判断できないということだ。
 これが寝殿造りの闇というもので、灯台の火などはほんのわずかな範囲しか照らさないのだろう。ちょっと離れれば真の闇になってしまう。

 もうひとつの例を上げよう。『夕顔』の巻である。
 源氏は夕顔を六条の廃院に連れ出し、睦まじく一時を過ごす。その晩のことである。奇妙な女が源氏の夢枕に立つ、と同時に夕顔が突然発作を起こして苦しみだした。ことの異様に源氏が起きてみると、部屋の火は消えている。お付きの女房の右近に
 「渡殿にいる当直人のところに行って紙燭(しそく)を持って参れ」
と命じる。すると右近はこう言う。
 『いかでかまからむ(どうして行くことなどできましょう)。暗うて』
 真の闇なのである。確かに荒れた邸の真っ暗闇の中を、若い女房が渡殿まで行けるはずはない。仕方なしに源氏が出かけて行く。
 『西の妻戸に出でて、戸を押し開け給へれば、渡殿の火も消えにけり』
という状況であった。通常は渡殿にも火が灯っているということだ。彼は随人に紙燭を持ってくるよう、また「弦打ち」をするよう命じる。「弦打ち」とは、弓の弦だけをぶんぶん鳴らすことで、妖怪変化や魔物を退散させるまじないである。闇は妖怪変化や魔物を呼び寄せるからだ。
 そう言えば、先ほども彼は、「太刀を引き抜いて」いる。これも魔物退散のまじないである。さすがの冷静沈着な源氏も、深い闇に恐れをなしたのだ。
 ようやくこの邸の管理人の子が紙燭を持ってきた。そのほの明かりに、先ほどの
 『夢に見つるかたちした女、面影に見えて、ふと消えぬ』
のである。彼は気味悪さにぞっとする。
 寝殿造りでは、格子を下してしまうと全くの闇になる。建物の内部は塗籠(ぬりごめ)のほかは柱があるばかりで、御簾や几帳あるいは屏風で仕切るだけで、いわゆる部屋はない。天井はなくのっぺらぼうで、どこからか妖怪が見下ろしている。これだけでも気持ちのいいものではない。そういえば先の空蝉は源氏が忍んでくる前に、こう言っている。
 『中将の君は、いづくにぞ。人気遠き心地してもの恐ろし』
 慣れない邸は何やらもの恐ろしいので、おつきの女房を呼んだのである。まして六条のこんな廃院では、明かりがなければ不気味さは増幅されるばかりである。
 とにかくこの巻は、闇が重要な役割を果たしていて、それなくしては物語が成立しないほどなのである。
 
 寝殿造りでない一般の家はどうなのだろうか。同じ『夕顔』の巻で見てみよう。
 惟光の奔走で、源氏は夕顔のところに通うようになった。しかし、天皇の子であり近衛の中将という身分では、場末の「ほどもなき」屋敷に毎夜のように通うことはできない。世間に知られたら一大事である。そこで彼は
  『顔をもほの見せ給はず、夜深きほどに・・出で入り』
するのである。「顔をもほの見せ給はず」については、いろいろの見解があるが、多くの解説書には「覆面をして」とある。しかし、私はそんなはずはないと思っている。これについたてはすで述べたことなのでここでは省くが、源氏は、人が寝静まった夜更けに顔を隠して夕顔の屋敷を尋ねているのである。
 玄関から入った源氏を、女房たちは夕顔の部屋まで案内する。その間、ほの暗い明かりくらいは灯されているはずなのだが、源氏の顔を見ることはできない。夕顔にも顔を見られてはならないわけだから、顔を隠したままなのだろう。奇妙な逢瀬であるが、でも閨(ねや)に入ってしまえば真っ暗闇。後は愛の交歓をすればいい。互いに顔を見る必要はない。それでも
  『人の御けはひは、はた手探りにもしるきわざ』
なのである。夕顔が、閨(ねや)で手探りしたところ、相手は尋常でない身分の男であることが分かったというのである。
 もとより夕顔の屋敷は、寝殿造りなどとは程遠い粗末なものであるのだが、それでも闇の深さに変わりはないのだろう。
ただ、八月十五夜の日に通って行った時には状況は全く違っていた。
 『八月十五夜、隈なき月かげ、隙多かる板屋、残りなく漏れ来て、見ならひ給はぬ住まひのさまも珍しきに』
という具合だった。板葺きの屋根はすき間だらけで、月の光が漏れて来てしまったというのだ。この時、月の光で源氏は顔を見られてしまったはずだ。家の中で月を見るとは風流で珍しいものの、顔を見られてしまったのでは、もうここに来ることはできない。そこで、ついに先の六条の廃院行きということになってしまったのである。闇のままであればよかったのだが、月の明るさが夕顔を死に追いやってしまったと考えられなくものないのである。

 とにかく闇は、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)するには絶好である。また、空蝉を犯したり朧月夜を籠絡したりする源氏のような不埒な男をも跋扈させる。
 子供の頃、私の村には街灯などなかった。バス停から我が家まで、お墓が五つもあって、あの暗さと不気味さには随分脅かされたものである。また嵐の晩や病んでいる時は、「早くこの暗い夜が明けてくれないか」と朝が来るのを待ち望んだものである。
 物の怪が出なくなって久しい。どこもかしこも明るくなってしまったゆえである。でも闇がなくなったために、夢や情趣までなくなってしまったような気がしてならない。都会の明るさには閉口する。あんな明るさでは夢も恋も物の怪もない。私が源氏物語に夢中になっているのは、そんなノスタルジアに左右されているということもあるのかもしれない。


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