源氏物語

源氏物語たより420

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   光源氏の逆恨み当てつけ作戦は逆効果  源氏物語たより420


 光源氏は、三度目の逢瀬を強行するが、藤壺宮は「二度と会うまい」と固く決意していたので、源氏の求愛を徹底的に拒絶し振り向こうともしない。
 「いくらあなたが、未来永劫私を恨んだとしても、それでも結構です。そもそもあなたの行為はあなた自身の婀娜(あだ)心からなのですから。それを自覚していただきたいものですわ」
とつれなく言い切る。さすがに源氏は
 「何の面目あってか、再び会うことなどできよう」
と、完膚なきまでに面目を失い、すっかり思い頽(くずお)れてしまった。そして宮に対して逆恨みさえしてしまうのである。彼の逆恨みの当てつけ作戦は
 「いっそのことあちらから、不憫なことをしてしまったと気づいてくれるまで、こちらからは何の働きかけもしまい。文さえ書くことはしないことにしよう」
というもので、まるで子供の拗ねのようなものである。それどころか、内裏にも参内せず春宮のところにも行かなくなってしまった。参内しないのはとにかく、春宮のところに顔を出さないとなると、宮にとっても一大事である。春宮の唯一の後見者である源氏が、春宮から離れてしまったら、誰に頼ることができよう。源氏は決して遠ざけてはいけない人物であるとともに、近づけてもいけない人物なのである。二律背反の情況に陥ってしまった宮は、まことに苦しい立場に立たされてしまったということである。
 源氏はそこを狙ったのである。宮は必ず折れてくるはずだという読みである。
 こうして彼は、じっと家に籠るものの、また一方では、宮恋しさに胸も裂けるばかりの思いに苦しむのである。

 さすがに藤壺宮はこう心配する。
 『「(源氏が宮に)御心おき給はんこと(春宮が)いとほしく、(源氏が)世をあぢきなきものに思ひなり給はば、ひた道に(出家を)おぼし立つこともや」と、さすがに苦しう思さるべし』
 自分との関係がうまくいかないがために、思い切りのいい源氏のことだから、ひたすら出家の道に突き進んでしまうかもしれない。それは春宮にとっては決定的なマイナスとなる。いかがすべきか、彼女は悩みに悩む。そうかといって源氏の思慕の情を満たすような行動に出れば、世間が許すはずはない。それでなくても今は弘徽殿女御(右大臣方)の天下である。二人の浮名は世間に漏れ出し、必ず「人笑へ」なことも出てくるだろう。
 考えあぐねた末に、宮が結論付けたのは、中宮の位を去ることであった。そして先にも考えないではなかった出家の道をとることであった。
 彼女は、ここで中国の故事を思い浮かべる。それは漢の高祖の後宮にあった戚(せき)夫人のことである。高祖に寵愛された戚夫人は、高祖の正妻・呂后の子を差し置いて自分の子を皇帝に立てようと画策する。しかし、高祖の死後、呂后の子が即位してしまう。もともと性剛毅な呂后は、戚夫人を徹底的になぶりいたぶる。手・足を切り、目玉をくり抜き、耳を焼いて、人々に戚夫人を「人豚」と呼ばせる。
 藤壺宮は、自らを戚夫人になぞらえたのである。桐壷帝の歴とした女御・弘徽殿を差し置いて中宮の位についてしまったことは、「いとおしたち(性格が強く)かどかどしきところものし給ふ」弘徽殿女御の憤りを買っていた。呂后が戚夫人に加えた残虐を、弘徽殿女御が自分に加えないという保証はない。
 諸般の事情をかんがみれば、確かに宮にとっては出家の道しか残されてはいなかった。出家することが今の宮にとっては最善唯一の解決法である。出家の身であれば、さすがの源氏も迫ってこない。尼に対する犯しは重罪であるから、まさかそれを冒して地獄に落ちるほど愚かであるまい。
 中宮が突然出家するということは異常な事態ではあるが、最終的には世間の人々も穏便に考えてくれるであろう。また弘徽殿女御も、出家の身に鞭打つことはするはずはない。それが春宮の安泰につながる。源氏に対するわりない感情もないとはいえないが、それはしょせん詮ないことである。宮はついに出家を覚悟して春宮のところに出かける。

 当てが外れてしまったのは源氏である。彼が宮のことを甘く見ていた誹りは免れない。内裏にも参じず家に籠ってばかりでは、つれづれをかこつしかない。そこで、雲林院に参籠することにした。そして、暢気にこんなことを考えていた。
 『(宮の)あさましき御心のほどを、時々は思い知るさまにも見せたてまつらん』
 「私が姿を見せなければ、さぞかし宮も困り果てるであろう。すこしはもの見せてやろう」というわけである。彼は、藤壺宮が真実追い込まれて、苦渋の決断をしようとしていることなど全く思いも及ばないのだ。
 源氏の配慮のなさが最悪の結果を招いてしまった。御八講の最後の日、宮はだれにも相談することなく敢然と髪を切ってしまう。驚きあきれた源氏は、宮にこう語りかける。
 『いかやうに思したたせ給ひて、かうにはかには』
 「どうしてこんなに急に出家なさってしまったのか」と言うのだが、
 「あなたのためにこういう結果を招いてしまったことを、まだお分りいただけないのですか」
という宮のつぶやきが聞こえてきそうである。
 源氏という男は、きわめて頭がよく判断力も優れている。にもかかわらず時に自分を見失ってしまうような過ちを犯すことも多い。宮のことで懲りたはずなのに、この後すぐ、朧月夜と決定的な過ちを犯してしまい、須磨流謫という彼の人生最大の危機に陥る。
 
 ところで、源氏のまことに子供っぽい逆恨み当てつけ戦術は、私にもあった気がして身につまされる。そしてかつて私が取った当てつけ作戦は、みな自分で火の粉を被ってしまったように思い出される。人はみな共通な愚かさを持っているようである。それが、「馬鹿な人生!」されど「面白い人生」であるのかもしれないが。


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