源氏物語

源氏物語たより421

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   上滑りに見える源氏物語の仏教感覚  源氏物語たより421

 源氏物語には、仏教に関する言葉や行動がしばしば描かれるのだが、それがきわめて浅く薄っぺらなものであるということは、何回も(たより221、214、225など)述べてきた。たとえば光源氏は何度も何度も「出家」をほのめかしているが、その都度 「紫上がほだしになって・・」とか「夕霧が・・、明石姫君が・・」と言って出家の意思をいとも簡単に反故にしている。とにかく本気ではないのだ。
 彼らにとって「出家」や「仏教」は、生きていくうえでの単なるアクセサリーであるか貴族としてのステータスシンボルにしか過ぎないような印象を受ける。
  『賢木』の巻までの、源氏の出家の動機を上げてみよう。
 (ア)北山の僧都の話を聞いた時に、『我が罪のほどの恐しう』と藤壺宮とのあるまじき不義に対する「罪障感」から。
 (イ)葵上の死に際しての「無常観」から
 (ウ)桐壷院の崩御に際しての「厭世感」から
 (エ)藤壺の宮に激しく拒絶された時の「絶望感」から

 そしてこれ以外には、雲林院に参籠した時の折々に感じた動機があげられる。
 僧侶の読経の声に「清浄心」を覚え、修行三昧の僧の姿を見るにつけても彼らの後世(欣求浄土」が頼もしく思われ、またそれにしても自分はつまらないことで心を悩ませているものと「自己反省を」させられ、「出家の身」に心惹かれるのである。そのいずれものが如何にも殊勝な心がけから出たものと思わせ、今度こそ源氏も仏の道に進むのかと思いきや、結局は、無沙汰が長くなった紫上を恋しく思い、消息をしてしまうのである。その手紙に添えた歌が
 『浅茅生の露の宿りに君をおきて 四方の嵐ぞしづ心なき』
である。「あなたのことが心配でじっとしていられない」というのである。そして、紫上からの返事を見て、その筆跡の素晴らしさに感動し、「なんと可愛い人か」とほほ笑むのだから、先の仏心は一体なんだったのだろうか、とあきれてしまう。この段階で、彼の「罪障感」も「無常観」も「清浄心」も「自己反省」も、みな雲散霧消しているのである。
 そればかりではない。雲林院という仏道の場に身を置きながら、こともあろうに、朝顔斎院を思い出し、手紙を出してしまうのである。朝顔は彼の年来の片恋人である。斎院は神に仕える清浄無垢の女性で、その女性に手紙を出すなどもってのほかのことで、罰当たりも甚だしい。しかもその手紙につけた歌が恐ろしい。
 『かけまくはかしこけれども そのかみの秋思ほゆる木綿襷(ゆふだすき)かな』
 「かけまくはかしこけれども」とは、神主が祝詞などでよく言う言葉で、「口に出して言うのも恐れ多いことだが」という意味である。であるなら言わなければいいのに、かつての秋に、いかにも朝顔と何か事があったかのようにほのめかすのだ。
そもそも雲林院に参籠したきっかけは、藤壺宮横恋慕の失恋からなのである。にもかかわらず、またまた許されざる斎院に対して恋心をほのめかすのだ。「こりずまに」という言葉がある。「こりもしないで」ということで、藤壺宮への失恋に凝りもしないで、斎院という禁忌の女性に恋文を送る。なんとも恐れ多い男である。
 斎院からの返事は皮肉な内容であったにもかかわらず、その内容は無視してしまって、彼女の筆蹟にだけ目をとめ、情趣豊かな筆のさまに感動するのである。さすがにあきれて草子地は
 『恐ろしや』
と言っている。神のたたりが恐ろしいといさめているのだ。
 雲林院に行ったのは、婀娜なる恋心を鎮め、清浄心を求めるためではなかったのか。当初こそ神妙な態度で僧侶たちの読経に聞き入り、閼伽(あか)棚の物音に耳を傾け、仏心を起こしていたと思う間もなく、彼の心を占め始めたのは「女」だったのである。
 それでも、彼は『法華玄義』など六十巻という法文を読み、その内容を会得しようと僧侶に解かせ、また論議を戦わす。その姿を見た僧侶たちは
 『山寺には、いみじき光(源氏)、行ひ出だしたてまつれり』
と感動するのである。「源氏さまをこの山寺に迎えることができたことは、仏の名誉である」というだが、しかし源氏の心に巣食っていたのは「女」なのである。

 源氏物語に登場する女性たちの多くが出家していく。
 空蝉は、継子の横恋慕から逃れるために。藤壺宮も、同じように源氏の求愛から逃れ、子・冷泉の安穏を図るために。六条御息所は、伊勢神宮という仏教とは無縁の地に長年いたことを懺悔して。朧月夜の出家の動機は分からないが、おそらく朱雀院への裏切りに対する贖罪かもしれない。女三宮は、柏木との不義を恐れ、また源氏の楔から逃れるために。浮舟は、二人の男(薫と匂宮)の板挟みの苦しみから逃れるために宇治川に投身自殺を図り、その後出家していく。
 紫上は、出家こそできなかったものの、常にそれを願っていた。彼女の場合も源氏という強いしがらみから抜け出たいというのが主たる動機だったのではなかろうか。
 異常に多くの人の出家であるが、彼女たちの出家の動機も目的も、源氏と同じようにさして深いものではないような感じがする。出家の動機が失恋であったり、男から逃れるためであったり、贖罪意識であったりとかは、もちろん現実にもあったであろうし、それが悪いというわけではない。
 しかし、仏道の奥義を窮めるとか、厳しい修行をして悟りを開きたいとか、民衆の救済のためになどという崇高な目的を持った者は皆無なのである。これは一体どういうことなだろうか。

 『徒然草』を読んでいたら、「あ!」と思う段に行き当たった。四段である。
 『後の世のこと心に忘れず、仏の道、うとからぬ、こころにくし』
 「死後のことを常に心において、仏の教えた生き方に親しんでいるのは、奥ゆかしいことだ」(岩波書店 日本古典文学大系)という意味で、さらに『大系』の欄外の注にはこうあった。
 「仏教では、人は現世でどう生きるかに応じて、次の世によい境遇に生まれたり、悪い境遇に生まれたりすると考えた」
 これを「欣求浄土」の思想というのであろう。あの世では浄土という境遇に生まれたいということである。特に阿弥陀様のいられる西方浄土に生まれることが、平安人の最大の願いであった。そのためには、愛欲におぼれてはならない、不義を働いてはならない、嘘・偽りをなしては成らない。それらの戒を犯すことは、地獄への通行手形になってしまうのだ。
 『宇治十帖』の『手習』の巻に登場する「横川の僧都」のモデルになったと言われている恵心僧都源信(942~1017)の『往生要集』の地獄のさまはすさまじい。身の毛もよだつ惨状が克明に描かれている。誰があんな世界に行きたいと思うだろうか。平安人のだれもが、この往生要集を読んでいたのである。
 まして1052年には「末法」の世に入る。行いを正さなければならない。
 その一番の方法が、出家することであった。彼ら、彼女らは争って出家の道にいそしんだのである。源氏物語に登場する女性たちは、みな(除く朧月夜)よき人である。悪いのはすべて男である。でも、瑕疵(かし)のない人間はいない。『明石』の巻で、源氏の夢に出てきた桐壷院の言葉が思い出される。
 『我は(帝の)位にありし時、あやまつことなかりしかど、おのずから犯しありければ、その罪を・・』
 少しでも自分に悪い行いがあると思えば、地獄に落ちるのではないかと恐れるのは人の情というものである。だから、たとえ小さな瑕疵でも、それを消し去り、救いを求めたいと思うのもまた人の情というものである。
 源氏物語に登場する人物のおびただしい人数が出家していったのは、みなこんな思想にら突き動かされていたのだ。ちなみに藤原道長も藤原詮子(一条天皇母、道長の妹)も藤原彰子もみな出家している。
 さらに紫式部自身も出家を考えていた。
 『ただ阿弥陀仏にたゆみなく経をならひ侍らむ。世の厭はしきことはすべて露ばかり心もとなからずなりにて侍れば、聖にならむ(出家する)に懈怠す(けたい 怠け心を起こす)べうも侍らず。ただひたみち(ひたすら)に 世を)背きても・・』



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