源氏物語

源氏物語たより424

 ←源氏物語たより423 →源氏物語たより425
   御簾のドラマ その2  源氏物語たより424

 御簾のドラマと言えば、何かいい例があったはずだと心に引っかかっていたのだが、思い出した。百人一首の周防内侍の歌である。
 『春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなくたたむ名こそをしけれ』
 京都書房の『評解小倉百人一首』の解説を借りれば、
「春の短い夜の夢ほどのかりそめの手枕、はかない契りのために、腕(かいな)を借りた甲斐もなく、つまらなくもひろがる浮名が、なんとも口惜しいことです」
となる。しかしこれだけでは詠われている情況がほとんど理解できない。そこでこの歌に付けられた「詞書(ことばがき)」を見てみると、こうある。
 『如月ばかり、月のあかき夜、二条院にて人々あまたゐ明かして物語などし侍りけるに、内侍周防、より臥して「枕をがな」としのびやかに言ふを聞きて、大納言忠家、「これを枕に」とて、かひなを御簾の下よりさし入れて侍りければ、詠み侍りける』
 この「詞書」によって初めて概ねの情況が分ってくる。「詞書」とは
 「和歌の初めに、詠んだ趣意を書いた言葉  広辞苑」
ということで、その歌が詠われた経過や情況や主旨を述べたもので、この歌の場合は周防内侍がどうしてこの歌を詠むに至ったかを説明したものである。
 この詞書に従ってさらに詳しく歌の意味をたどってみよう。二条院に大勢の人が集まって話をしていると、御簾のうちにいた周防内侍が疲れたのであろう、寄り臥しながら
 「ああ、枕があったらなあ。横になって眠れるのに・・」
とひそかに漏らすと、その声が御簾の外にいた大納言・忠家に聞こえてしまった。そこで忠家は御簾の下から腕(かいな)を伸ばして、
 「どうぞこれを手枕にしてください」
と洒落たのである。すると周防内侍は
 「こんなに短い春の夜、かりそめにしてもあなたの手枕を借りたなどという浮名が立ってしまっては、とても残念な思いをすることになりますわ」
と応じたのである。「手枕」とは腕を枕にすることであるが、この場合は男の腕を枕にすること、つまり「共寝をする」ことである。

 忠家は、冗談あるいは頓智で御簾のうちに腕を差し入れたのであって、別に男、女の艶っぽい情事沙汰はないはずである。そもそもそこには人々が「あまた」集っているのだから、好色ごとができる状況ではない。
 しかしそうとだけ割り切ってしまっていいものだろうか。周防内侍は「しのびやか」に「枕をがな」と言ったのである。それを御簾の外で耳さとく聞き取ったということは、忠家が、あまたの人々と「物語」をしながらも、彼女にずっと注視していたということであり、「機会あらば」とうかがっていたということに他ならない。またそれは周防内侍に対して日ごろから彼が好意を抱いていた証拠と言っていいだろう。周防内侍に関心のない男であったら、女のつぶやきなど聞き取れるはずはない。
 
 私はこの歌の情況が、源氏物語の『夕顔』の冒頭に似ているように思えてならない。光源氏は、五条の大路で車を止めて、手狭な民家の切懸け塀に咲きかかっている白い花に興を覚え、その花の名を知りたいと思い、
 『をちかた人にもの申す』
と独りごちた(独り言をいった)。その屋敷の女房たちは、源氏のその独り言を聞き取り、
 「あなた様がお尋ねになっているのは、夕方のうす暗がりの中ですので、詳らかではございませんが、おそらく夕顔という名の花のことでございましょう」
という主旨の歌を、いたくこがした扇に乗せて源氏に返す。
 これは女房達が、大路に止めてある貴公子の一挙手一投足に耳目を集中していたがゆえである。強い関心を抱いていたからこそ、源氏の「一人ごちた」声が聞こえたのだ。
 こうして『夕顔』のドラマは始まるのである。

 大納言・忠家と周防内侍がどのような関係であったかは知らない。でも、周防内侍でさえ、床に這いつくばって御簾の下からにゅっと腕を出すようなはしたない男の行為を、咎めたり蔑(さげす)み厭ったりすることなく、「夢ばかりなる手枕では・・」と味を残したのである。その裏には「夢ではない本当の手枕を・・」という意味が含まれていると取ってもおかしくはない。男は当然そう取ったであろう。そこには今後の二人を想像させる危うさが含まれている。このように二人の間になんとない恋のさざめきが存在すると詠んだ方が、はるかに面白い。

 ところで、この歌には掛詞が使われていることに気付かれただろうか。それは「かひな」である。もちろん一つの意味は「腕」である。そしてもう一つが「甲斐なし」の「かいな」である。
 「御簾の下から腕などお出しになるというあられもない努力をなさっても、詮無いことですのに」
という周防内侍の忍びの笑い声が聞こえてくるようである。 
 王朝人の機智と優雅さ、そして幻想的な妖艶さがにじんでいるやりとりで、それを演出したのが御簾なのである。御簾は、そういう空間を創造する不思議さを持っている。



もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより423】へ
  • 【源氏物語たより425】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより423】へ
  • 【源氏物語たより425】へ