源氏物語

源氏物語たより427

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   意外に厳しい花散里  源氏物語たより427

 花散里という女性は、実に目立たない地味な人物である。紫上や明石君に比べれば、いるのかいないのか分からないほどに存在感が薄い。容姿も並み以下で、なんと光源氏は末摘花と比べているのである。
 また後に源氏の嫡男・夕霧に大変失礼なことを言わせている。
 『かたちのまほならずおはしけるかな。かかる人をも(父・源氏は)思ひ捨て給はざりけりな』
 「まほならず」とは、「(顔が)まともではない」ということである。当然源氏の愛情も冷めてしまっている。そこで夕霧はさらにこう付け加える。
 『向かひて見るかひなからんも、いとほしげなり。・・殿(源氏)の今にさやうなる御かたち・御心と見給ふて、浜木綿ばかりの隔てさし隠しつつ、何くれともてなしまぎらはし給ふも、むべなりけり』
 「浜木綿ばかりの隔て」とは、「浜木綿の葉が幾重にも茂っているように、源氏は花散里と会う時は、几帳などを幾重にも重ねる」ということで、夕霧の目には、このお面相では見ても見甲斐がないし、源氏がまともに顔を見ようとしないのも当然なことであるというのだ。全く失礼な。
 こんな女性であるから、源氏物語の女性の中では読者の人気は低い。でも私はこういう女性がいいといつも思っていた。と、いつか早稲田大学の中野幸一教授がこんな話をされたことがある。
 「ある女子高校で源氏物語の講演をした時に、生徒から「中野先生は源氏物語の中ではどの女性が好きですか」と聞かれたことがあります。「花散里です」と答えたら、その生徒から「先生は渋いんですね」と言われました」
 花散里という女性は、確かに「渋い」人物で、表面に出てくることは少ない。いつも陰に隠れていて、自己主張するなどということは決してしない。それでも、源氏の信頼は厚い。裁縫や染色などは、紫上に劣らない技量を持っているし、何しろ人柄が堅実なのである。だから肝心なことを源氏は彼女に任せるのである。

 そんな花散里ではあるが、別の一面も見せることがあった。
 源氏は、須磨・明石の流謫から京に戻ってきたが、公事も忙しいし内大臣という窮屈な身分にもなってしまって、花散里を訪ねることもしていない。訪ねない本音は、実は「公事」でも「身分」でもない。彼女が、源氏の気持ちを派手に動かすようなことをしない控えめな性格であるし、「見る甲斐もない」女性だから、源氏は別に急いで訪ねようともしないだけなのである。それに生活上の支援はしているから、花散里が華々しく恨んでみたり拗ねてみたりできる立場でないのを読んでいる。したがって「心やすげ」で、放ってもおいても何の支障もない。
 それでもさすがに気が咎めたのであろう、「五月雨のつれづれなるころ」、ようやく一念発起して腰を上げた。
 彼女の邸はすっかり荒れ果てていて、気味悪げな感じさえする住みなしをしている。彼女は端近のところで物思いにふけっていたが、その様がなかなか好ましく見える。近くで水鶏(くいな)が鳴いている。彼女はそれを歌に詠みこんで源氏に思いを訴えようとするのだが、歌に続く言葉を「言いさし」てしまう。その姿を見た源氏はこう思う。
 『とりどりに捨てがたき世かな。かかるこそなかなか身も苦しけれ』
 随分贅沢な感想である。この場合の「世」とは、女性との仲を指している。どの女性も捨てがたい良さがあり、だからこそこの身も苦しのだわいということである。花散里の場合は、言いたいことをも言いさしてしまうような控えめな性格が、彼の心を引き止めると言いたいのだろう。
 花散里の歌を受けた源氏は、「あなたが浮気でもしないかと気にかかって・・」と心にもない冗談を言う。浮気の心配が最もないのが花散里であることを知り抜いているのに。
 そんな源氏の冗談ごとに、言わずに我慢していたのに思わず本音が口を突いてしまった。源氏が須磨へ流れて行った時に「自分を頼みにしていてほしい」と誓ってくれたことを思い出しながら、
 『などてたぐひあらじと、いみじうものを思ひ沈みけん。憂き身からは同じ嘆かしさにこそ』
 (どうしてあの時は他に例がないほどの悲しい身と思い嘆いたのでしょう。御帰京後の今とて一向に訪ねても下さらないこの嘆かわしい身は同じですのに)
と言う。花散里とは思えないきつい恨み言である。先ほど「言いさし」てしまったのはこのことだったのだろう。ただあくまでも彼女の言い方はおっとりしているから、言葉の内容ほどには棘がない。
 それでもさすがに忸怩たるものがあったのだろう、源氏は
 『例のいづこの御言の葉にかあらん、尽きせずぞ語らひ慰め聞こえ給ふ』
のである。日ごろは言うべきことも心のうちに包みこんでしまう花散里ではあるが、内には芯のしっかりした厳しさを持っているのだ。だから、六条院が完成した時に、彼女を、夏の館の主として一切を任せ、夕霧の後見をさせたり、玉鬘の世話役を任せたりしたのだ。底に秘めた芯の強さと諸事に堪能な花散里という女性の本然の姿を、源氏は見抜いていたのである。
 またそんなところが中野先生や私をとらえるのかもしれない。


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