源氏物語

源氏物語たより432

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   源氏物語受容の足跡  源氏物語たより432

 今、鎌倉文学館で『スーパーストーリー 源氏物語』という特別展が開催されている。この特別展の主旨は次のとおりである。
 「(源氏物語は)いくつもの時代を旅し、現代の私たちの心をゆする唯一無二のスーパーストーリ-となりました。今年、鎌倉で編まれた源氏物語・河内本の成立から760年を記念し、その旅と魅力を写本、原稿などの資料・・で紹介します。(特別展要覧より)」
 「河内本」というのは耳慣れない言葉であるが、これは源光行、親行親子による源氏物語の校本(さまざまな伝本を比較検討して校訂した本)のことである。現代の我々は、藤原定家が、乱れた伝本を校訂したいわゆる「青表紙本」を源氏物語の主たるよりどころとしているのだが、実は他にも源氏物語の校本が存在していて、その一つが「河内本」なのである。この河内本が主流の校本として使われていた時期もあった。
 鎌倉時代は、武士が国を統治する時代であり、彼らの間には、文化・芸術などの面でも京都に負けまいとする気運が起こった。源氏物語研究も鎌倉幕府の威信をかけた大仕事であった。源光行・親行親子は、幕府の肝いりで源氏物語のさまざまな伝本を比較検討して、より源氏物語の主旨に沿ったものを作り上げようとした。「青表紙本」よりも、物語の筋が通りやすく内容が把握しやすくなっているという。

 さて、この特別展では、鎌倉時代以降の源氏物語受容の様が、写本や解説書あるいは源氏絵や源氏物語にかかわる調度などが展示されていて、頭書の主旨を生かそうとしているのだが、展示資料がやや文字によるものに偏っているきらいがあり、変化に乏しい。もっと視覚に訴える物の展示がされていればと思った。たとえば十二単や直衣などの衣装、あるいは几帳や厨子などの家具・調度を展示することで変化をつけるべきである。また江戸時代の土佐派の源氏絵などは、現代にも大量に残されているわけだから、それらを借りてくることはできなかったのだろうか。その意味では「ささやかな特別展」という印象はぬぐえない。
 でも、源氏物語のとりこになっている私にとってはそれなりに楽しめるものであった。
 特に関心を引いたのが、明治時代の源氏物語に対する有名人の考え方であった。中でも内村鑑三の文章には驚かされた。こんな文章である。
 「赤く塗つてあるお堂の中に美しい女が机の前に座つて、向かふから月が上つてくるのを筆をかざして観てゐる。なんであるかといふと、紫式部の源氏の間である。・・なるほど源氏物語といふ本は美しい言葉を日本に伝へたかもしれませぬ。しかし、源氏物語が日本の士気を鼓舞するために何をしたか。何もしないばかりでなく、我々を女らしく意気地なしにさせた。あのやうな文学を我々の中に根こそぎ絶やしめたい」
 石山寺の「源氏の間」を見た時の印象を語っているのかもしれない。内村鑑三(1861~1930)と言えば、無教会主義を唱えた宗教家であり評論家である。また反骨の精神の持ち主でもある。
 この文章の前後がどのような内容であるのかわからないままに、評を書くのははばかられることなのだが、それにしても正気の沙汰とも思えない文章である。「源氏物語などは根こそぎこの世から抹消してしまえ」というのだから、恐ろしい。
 この文章を見ていて即座に頭に浮かんだのが、正岡子規(1867~1902)の「歌よみに与ふる書」である。この書は徹底した「古今集」批判である。
 「貫之は下手な歌よみにて、古今集は下らぬ集に有之候・・あんな意気地のない女(古今集のこと)に今までばかされてをつた事かと、悔しくも腹立たしくも相成候」
は有名な個所である。この書を読んだ時も、私は驚き、恐ろしいと思ったものだ。
 「歌よみに与ふる書」には、源氏物語のことはほとんど書かれていないが、古今集否定ということは、源氏物語否定ということに他ならない。なぜなら源氏物語は、古今集から数知れないほどの歌を引用しているのだから(引歌)である。古今集なしに源氏物語はありえない、と言っても過言ではない。
 内村鑑三の文章が書かれたのが明治27年であり、正岡子規の「歌よみに与ふる書」が書かれたのが、明治31年で、ほぼ同じ時代である。これは何を意味しているのだろうか。梅原猛が言ういわゆる「明治ナショナリズム」の影響ではなかろうか。富国強兵が国是になっていた当時は、力強さこそ善なのである。そこでは女々しいものは否定される。日清戦争は、明治27~28年で、内村の文章は、そんな時代の真っ只中に書かれているし、子規の文章は日清戦争勝利後三年のことである。国中が国威の伸張に湧き上がっていた時である。源氏物語や古今集の「あはれ」が、指弾されるのもやむを得ないことだったのかもしれない。
 それにしても、内村と子規の文章に、奇しくも「女らしい意気地なし」「意気地のない女」と、口裏を合わせたかのような文言があることに唖然とする。
 内村鑑三の資料に並んで、坪内逍遥(1859~1935)の文章があった。
 「(源氏物語は)すこぶる卑猥なりしも、源氏(藤原氏)専権以来の弊のしからしめしものなり。あにただ作者を咎むべきや」
 これも明治ナショナリズムのしからしめし結果であろうから、今更驚くにはあたらないし、咎むべきことでもないのだろうが、とても源氏物語を読んだ人の文章とは思えない。源氏物語は決して「卑猥」な物語ではない。
 ずっと後に、谷崎潤一郎の「潤一郎訳源氏物語」が、軍部から文書の一部訂正を強制された事件があったが、昭和の挙国一致体制へのレールは、すでに明治のこの時代から引かれていたことを思うと万感の思いがする。





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