源氏物語

源氏物語たより433

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   比叡山横川を訪ねる  源氏物語たより433

 比叡山行は今回で五回目である。しかし、過去の四回はいずれも慌ただしい旅ばかりであった。特に四年前の比叡山行は、従兄妹会の旅行ということもあって、東塔の根本中堂をそそくさとめぐっただけで帰ってきてしまった。
 それで、機会があればもっとじっくり巡ってみたいと思っていたのだが、その機会は意外に早く訪れた。滋賀県大津市で大学のクラス会が行われたのである。
 翌日メンバーと別れて、琵琶湖畔の坂本側からケーブルで比叡山を訪れた。この日はほぼ丸々比叡の山めぐりに時間をかけた。山頂を回るシャトルバスを何回も乗り降り自由のバス券が便利である。

 比叡山延暦寺は、「東塔」と「西塔」と「横川」とからなる広範な寺域を持つ寺である。今まではいずれも「東塔」の根本中堂とその周辺を見て帰ってくるだけだったので、比叡山とはこの「東塔」をさすものと思っていたほどである。
 今回特に時間をかけたのが「横川」である。源氏物語を読みだして最も関係のある場所が横川だからである。特に宇治十帖は横川なしには語れない。
 東塔には、茶店もあるし土産物屋もありバスセンターまであって、いつも人でごった返している。確かにあの国宝・根本中堂は荘厳を極めていて、善男善女の煩悩を洗ってくれそうである。しかし、多くの人は、薄暗いお堂の中の「不滅の法灯」を覗き込んでは「ああ、これこそは比叡山延暦寺!」と感動するくらいで、西塔にも横川にも関心を示すことなそそくさと帰ってきてしまう。横川には別の魅力があるというのに。
 
 横川は、東塔とは趣を一変させる。比叡山の一番北の奥にあって、東塔から五キロも離れているのだ。それだけでも別世界である。そこに至るまでの杉、杉、杉の山々が、世離れた奥深さを感じさせ、仏の世界を現前させてくれそうな予感がする。もちろん今では立派な道路もできていて駐車場もあり明るく開けているから誰でも簡単に行けるのだが、茶店もないし土産物屋もない。堂宇もそれほど多くはない。だから、ほとんどの人は、「なんだ、せっかく来たのに何もないではないか!」とはぐらかされたような気持ちになるのではなかろうか。
 ところが、私にとっては「やっぱり、横川!」と思わせる佇まいを醸しているところであった。入口から一歩入るなり、様相はがらりと変わる。厳かな仏の世界に入り込んだというのではない。むしろ人の心を和ましてくれる優しさが漂っているのである。それを演出しているのが、入口から緩やかに続く下り坂の両側に並んでいる山もみじであった。五月の淡い光を受けた細かなもみじの葉の緑が、何か極楽への道を思わせる。

 横川はもともと、叡山の僧侶たちが、時の権力に諂(へつら)って仏の道を忘れてしまったことに対して、疑問と憤りを感じた気鋭の僧が、山の奥へとのがれ、修行一筋に明け暮れたところだ。最澄の教えを受け比叡山興隆の礎を築いた慈覚大師・円仁(唐に三度渡ろうとして二度も失敗している)や『往生要集』の著者・恵心僧都源信、あるいはさらに下って、親鸞や日蓮や道元など錚々たる反骨の精神の持ち主が、ここで修行をした。そのために、厳かな修行の地の面影が残っているのではないかと予想していた。寺のパンフレットにも
 「この比叡山の静謐なる聖地にあって、人々に精気を奮い起こさせるパワースポット。元三(がんざん)大師堂には、さわやかな中にも修行の聖地として凛と張りつめた空気がみなぎっています」
とあったし、昭文社の『エリアマップ 京都』にも、
 「修行地の趣を強くする閑寂な横川の地。比叡山の最北に位置し、神秘的な雰囲気に包まれている」
とあるのだが、凛と張りつめた空気も神秘的な雰囲気も一切感じ取れなかった。これらの修飾語の中では「さわやか」と言う言葉だけが当てはまる気がした。横川中堂も、昭和46年の再建というが、緩やかな屋根をもつ入母屋造りで、シンメトリックな周囲の建物と調和していて心が和む建物である。
 ただ、東塔や西塔ではあまり見られなかったエイザンスミレやショウジョウバカマなどが、ごく当たり前のようにそこここの道端に群生しているのが、深山幽邃(ゆうすい)を思わせる証拠ではあったが。

 横川中堂から、やや離れたところに「恵心院」がある。恵心僧都源信が修行した場所である。私が行った時には夫婦連れが一組いただけで、他には誰もいない。ひたすら静まり返っているだけだ。読経の声でも流れてくれば、また別の趣を感じ取ることができたのだろうが、名も知らぬ鳥の声が聞こえてくるばかりである。激しい修行の面影は何もない。
 「恵心院」といっても、申し訳ばかりの小さなお堂が建っているだけだ。そのお堂に至るまでの瀟洒な小道が、わずかに湾曲しながら続いていて、木立に隠れたお堂の存在を教えてくれている。小道の周囲は苔に覆われているが、神秘を感じさせるものではない。ここにも横川の優しさが漂っている。
 恵心僧都源信は、『往生要集』の巻頭で「厭離穢土」を説いている。この書は、汚れた娑婆世界を厭い離れよという思想の集大成である。そして彼は、六道の世界を想定し、特に「地獄」の世界を克明に描いた。どこからあのような凄まじい世界を想像することができたのだろうか、思考の柔軟な持ち主でなければ不可能な描写である。後の人々は、源信の描いた地獄の世界を恐れて、ひたすら念仏三昧を繰り広げるようになった。
 「たより431」などでも触れたが、恵心僧都源信という人は、自由自在の精神の持ち主であり、欲得を脱した僧であった。今でも我々は、彼に「僧都」という位をつけて呼んでいるが、実はこの位を授かった翌年には、もう返上しているのである。したがって僧都ではない。春風駘蕩、ものにこだわらず、位などに何の意味もないことを悟りきっていたのだろう。そんな精神の持ち主が融通無碍に地獄を描いたのだ。
 源信というと、つい地獄の世界ばかり描いた人と思いがちであるが、もちろん極楽世界をも精緻に描いている。極楽往生を願うと、仏や菩薩が迎えに来てくださる楽しみがあるのだという。蓮華の咲く世界に導かれ
 『仏の光明を見て清浄の目を得、前(さき)の宿習に因りてもろもろの(仏の)法音を聞く。・・楼殿と林池とは表裏照り輝き、鴨・雁・鴛鴦は遠近に群がり飛ぶ』
という荘厳世界が現前するのである。この極楽を厭うて地獄を目指すような人があろうか。みな欣求浄土に励むはずである。

 宇治十帖のヒロイン・浮舟を救ったのは横川僧都である。横川僧都と言えば、当時の人は、即、この恵心僧都源信を想起した。源氏物語の読者は、物語の横川僧都と現実の恵心僧都源信とを渾然のものとして鑑賞したのであろう。あの融通無碍の精神の持ち主にして初めて、三界に家をなくし、わずかな光明も生きる望みも失ってしまった浮舟を救うことができたのだ、と納得するのである。

 比叡の山からの帰りは、わざわざ八瀬に下るロープウエーとケーブルを乗り継いだ。横川僧都の妹尼たちが住んだ小野の里を空中から見たかったからだ。眼下に見えるのが小野の里であるかどうかは分からないが、四方山に囲まれたのどかな山里である。もちろん今では人家が密集してしまっているのだが、平安の昔は家などまばらだったのではなかろうか。
 「この世から姿を消したい、誰にも会いたくない」
と懇願する浮舟が隠れるには絶好な仙境であったのだ。また、横川僧都が、老いた母尼を見舞うにも便が良い比叡の山懐である。
 ロープウエーで下る時に、眼下に展開する樹木の中に、時折細い山道が顔を現す。随分急峻なところもある。あんな山道を母尼のことを心配しながら下って行ったのだろう。 
 そして、自分には縁もゆかりもない浮舟のために、病気平癒の祈祷をしに山を下り、さらに剃髪までしてあげるのだ。
 山を下りながら彼は、浮舟のことを想像していたか否かなどと考えるようのは、凡人の極みであろうが、案外自在な彼のことだ、にこにこしながら、薫と匂宮という二人の貴公子に熱烈に愛させた美女のかんばせを描いていたかもしれない。なぜならこんな場面があるからだ。
 弟子たちが、浮舟の面倒を必死に見ようとしている横川僧都を見て、「仏法の恥にもなりかねない」などと非難すると、
 『いで、あなかま(うるさい静かにせい)。大徳たち、我、無慚(むざん)の法師にて、忌むことの中に、破る戒は多からめど、女の筋につけて、まだ謗りを取らず、過つことなし。齢六十にあまりて、今更に人のもどき負はむは、さるべきにこそはあらめ』
と大徳(だいとこ 僧侶)たちを叱るのである。「私は破戒・無慚の法師で、戒を破ってしまったことも多くあったろうが、未だかつて女色の戒だけは破ったことがない。この歳でもしそういう事態になれば、それも運命と言うもの」と、泰然としているのである。何とも春風駘蕩として、拘らない人柄である。やはり山路を下りながら、彼の念頭には浮舟の面影がちらついていたと言った方が当たっているかもしれない。

 この日の京都は34度の暑さだったという。ところが山の上ではさして暑さを感じなかったばかりか、横川の地、特に恵心院には爽やかな五月の風が漂っていた気がしてならない。


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