源氏物語

源氏物語たより434

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   はちぶく男 ~庶民の姿~  源氏物語たより434

 明石君は、光源氏との間に姫君ができたのだが、源氏が許されて京に帰ってからというもの、三年もの間、明石にとどまっていた。この間、源氏からは盛んに上京を促されていたが、田舎生まれの田舎育ちの身が、今更華やかな都に出ていくのも気おくれがするし、それに二条院には歴々たる婦人方がいられる。その女性たちに気圧されてしまうだろうことは目に見えている。そもそもそのような婦人方でさえ源氏さまは冷たくあしらっているというではないか。まして田舎者の自分が源氏さまから愛されるなどという保証はまるでない。とこう悩む彼女の思いがこんなふうに描かれている。
 『女(明石君)は、わが身のほどを思ひ知るに、こよなくやんごとなき際の人々だに、なかなか(源氏の寵愛もなく)、さてかけ離れぬ御有様のつれなきを見つつ、もの思ひまさりぬべく聞くを、まして何ばかりの(自分の)おぼえなりとてか、(婦人方に)さし出でまじらはむ』
 それに、最大の悩みは、姫君と一緒に生活できるかどうかも定かでないということだ。
 そんな心配を交錯させながら、三年の歳月を送ってしまったのだが、しかしこのままでいいはずはない、と理性では理解できているのだ。源氏さまは姫君を東宮に入内させるという思いを抱いていられる。そうなれば、自分と同じような田舎育ちのままでは、姫君の将来に大きな疵を残すことになる・・と。
 
 父・明石入道も、源氏と同じように望外の宿願を持っている。入道にしても、娘・孫と別れることは身を切られるほどにつらいことだが、このまま放っておくわけにはいかない。娘を上京させなければと、彼は動きだした。
 しかし、二条院に直接入るのは娘にとって負担が大きい。そこで、都の中心から離れた場所を当面の住処にすることに決めた。大堰川のほとりに、妻の祖父・故中務宮が所有する土地があることに目を付けたのだ。今の嵐山あたりと考えればいいだろう。確かに平安京(内裏)からは六キロも隔たっている。今でこそ京都で最高の賑わいを見せる観光地であるが、当時は人家もまれで、貴族の別荘や寺社がポツリポツリとあるくらいの清閑そのものの地であった。

 ところがこの土地には問題があった。土地の所有権こそ妻が有するものの、中務宮の子孫がまっとうに管理してきた土地ではない。長年放置して荒れたままになっていたのを、「宿守」のようにして任せていた者がいたのだ。この者を何とか説得しなければならない。彼は宿守を呼び出した。

 ここから、入道と宿守の激しいバトルが繰り広げられる。まず入道
 「出家した身であるにもかかわらず、よんどころない事情で、この土地が必要になった。田舎からの突然の上京ということもあって、賑わしい京の街中は避けたい。静かな住まいという点でここが一番である。ついては、人が住めるように家を修理してもらえぬか。しかるべき費用はもちろん当方で出す」
 すると宿守
 「長年この土地・屋敷を管理するような人もなかったようで、ひどく荒れておりました。私は、屋敷の下屋を修理して長年住んでおります。ただ、内大臣(源氏)さまが最近この近くにいかめしい御堂を建立なさっておりますので、その建設のために多くの人々がかかわっていて、それはそれは騒がしいこと。『静かなる御本意ならば、それや違ひ侍らむ』」
 宿守は、できることなら入道の申し出を断りたいのだ。今までの自分の功を誇示するかと思えば、入道の「静かなるところ」という言葉を盾にとって、「いやいや、とてもとても静かどころか・・」とやんわり断りを入れたのだ。今頃になって自分の利権が犯されてなるものかという腹があるからだ。
 入道
 「いやいや、それでも自分の考えと齟齬はない。その内大臣様との関係で申して居るのだ。細かいことはとにかく、大方住めるようにしてもらえればよろしい」
 宿守
 「もちろん私の領地ではございませんが、中務宮の子孫の方からお預かりして、さるべき借料なども御支払し、荒れていた田畑をも管理し耕作してまいったのでございます」
 宿守の本音が出始めた。せっかくの権益が犯されるばかりでない、ひょっとすると今後の自分の住処さえ危うくなるかもしれないのだ。彼は必死である。
 『(今まで耕作物で蓄えてきた物まで取られてしまうのではないかと)あやふげに思ひて、鬚がちに、つなし憎き顔を、鼻などうち赤めつつ、はちぶき言へば』
と口を尖らせて文句を言うのである。
 ここに二つ意味の分からない言葉が出てくる。「つなし」と「はちぶく」である。「つなし」の語義は明確でないという。「はちぶく」も、およそ現代では分からない言葉で、角川の『古語辞典』には、「口をとがらせて嫌な顔をする」とあるが、また「一説に、うそぶく(ふうふう息をつく)」ともあるから、やはり語義不明なのだろう。よく分からない言葉ながら、宿守が鼻息荒く憎ったらしい顔をして不満をたらたら漏らしている様子が活写される言葉である。
 しかもその顔が、「鬚がち」で、「鼻を赤らめて」いるというのだから迫力がある。卑しい下衆の根性が丸出しになっている。こうなると先の語彙不明の二つの言葉がかえって効果を発揮して、鼻を赤らめた鬚がちの顔の様と不明語彙が共鳴して、可笑しさを倍増する。
 さて、面倒になった入道は
 「田や畑のことはこちらのあずかり知らぬこと、今まで通りにしていてよろしい。所有権こそこちらにあるが、私は世を捨てた身じゃ。勝手にせよ」
 宿守も、「内大臣の関係で・・」などと相手が権威をちらつかせたので、煩わしいと思って、渋々納得したのだろう、
 『そののち、物など多く受け取りてなむ、(建物を)急ぎ造りけり』
ということで一件落着した。
 出来上がった大堰の家に明石君が上京してみると、なるほど
 『家の様もおもしろうて、年ごろ経つる(明石の)海面におぼえたれば、ところ変へたる心地もせず』
という具合にでき上っていた。屋敷が大堰川に面していたのであろう、あたかも明石の海を思わせる風情が目の当たりに展開する。彼女の心配の一つはこれで解消した。

 源氏物語に、庶民が登場することはない。「中の品」として登場した空蝉も、衛門の督という高級官僚を父に持つ女であり、受領の妻である。また夕顔も、実は親は三位の中将というこれも高級官僚。とにかくこの物語は、天皇の第二皇子・光源氏を主人公とする、超ハイクラスの世界を描いているのだ。庶民の出る幕はない。たとえ出たとしても、横顔をほの見せるだけであり、一場をすっと通り過ぎるエキストラに過ぎない。
 『夕顔』の巻に、庶民が登場するが、彼らの姿は見えない。朝方、隣同士で庶民が掛け合う声が、源氏の枕元に届いてくるだけだし、後は、ガラガラと回す唐臼の音や砧を打つ音が聞こえるだけで、彼らの姿は想像するしかないのである。
 『葵』の巻の賀茂祭りの場面にも、庶民の姿が描かれている。全国津々浦々から祭見物にやってきた庶民などで大路が埋め尽くされる。そこには壺装束の女ばらや賤の男どもの姿が見えるが、でも彼らが物語の表面で活躍することはない。
 その意味で、この『松風』の巻の宿守は特異である。下賤の宿守が、今でこそ出家の身であるが、元をただせば近衛中将であり、大国・播磨の国司である人物を相手どり、堂々と渡り合っているのだ。そこには、物欲ふんぷんたる庶民の姿が、生き生きとあからさまに描かれていて、秀逸である。それに田畑の所有権などという現実的な問題まで出てくるから、これは歴史資料としても一級品であるばかりでなく、生きた物語としても一級品である。源氏物語以前の「竹取物語」にも「宇津保物語」にも「落窪物語」にも見ることができない描写である。
 源氏物語は、貴族の物語であ女房の物語であるから、庶民の出番がないのは当然である。また紫式部自身、受領の娘でありまた妻である。そしてのちには中宮・彰子に仕えているので、庶民とはかけ離れた生活を送っていたはずである。しかし彼女の好奇心や観察眼や研究心は、唐詩や史記や古今集などの文学や管弦・舞などの芸術にとどまってはいなかった。庶民の姿や男の専売であるはずの「所有権」などにまで、彼女の目は注がれていたのである。その幅の広さには敬服せざるを得ない。


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