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源氏物語

源氏物語たより447

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    紫上は本当に子供が好きなのか 源氏物語たより447

 光源氏は、大井にいた明石姫君を、その母親から引き離して二条院に連れてきた。将来のお后教育をするには紫上が最適であると判断し、姫君を紫上の養女として育てようという心づもりである。
 しかしどう考えても源氏の思惑に対して、紫上が平静な気持ちではいられるとは考えられないのだ。なぜなら明石姫君は夫の愛人の子供なのである。それを素直に自分の子として受け入れられるものだろうか。常識的に考えてもあり得ないことだ
 それに彼女は、自分に源氏の子供ができないことをずっと負い目に感じてきたのだから、愛人の子をあてがわれるというのは、いかにも当てつけがましい。源氏自身も紫上に子がないことを何度も口に出している。しかも彼女の目の前で。
  『あやしうねじけたるわざなりや。さもおはせなんと思ふあたりには心もとなくて、思ひのほかに、口惜しくなん』
  (世の中はどうもうまくいかないものですね。ぜひ子供がいて欲しいと思うところにはそういう気色もなくて、思いもしないところにできてしまうなんて、残念でなりません)
 なんという残酷な言葉であろうか。まさにセクシャルハラスメントである。この言葉は紫上にとっては針の筵の上にいるように聞こえただろうし、それよって負った屈辱は計り知れないものがあったであろう。何しろ当時の離縁の条件には「子供がない」ということも入っていたくらいなのだから。
 もちろん当時は一夫多妻制であるから、夫がどの女と関係を持とうが、また何人子供を作ろうが、妻は文句を言える立場にはなかったし忍するしかなかったとはいえ、源氏の無神経さ、配慮のなさには他人事ながら義憤を覚える。
 そういえば、源氏が明石姫君を引き取ってきた時にも、彼は内心
 『(子供が)このわたり(紫上)に出でおはせでと口惜しく』
思っているのだ。たとえ内心の思いであったとしても、敏感な紫上には鋭い痛みを伴って、心に響いていたはずである。
 そんな屈辱感にひしがれている紫上に、愛人の子を預けようというのである。それもすべて源氏の権勢欲から出たものなのである。姫君を将来后にするには、受領の娘風情が母親であってはならないし、そんなところで育ったのでは姫君に大きな傷がついてしまうと考えているのだ。それに比べて紫上は押しも押されもしない宮様の子であるから、何の咎も生じない、将来誰からも後ろ指を指されることにもならない、という魂胆なのである。
 そんな権勢欲まみれの、しかも愛人の子を、紫上が素直に引き受けるとはとても考えられないことなのだ。

 ところが、なんと彼女は、明石姫君が来た時に、
  『いみじう美しきもの得たり』
と喜ぶのである。そして、他のことは放っておいて姫君を抱きあげては、おもちゃのようにして嬉しげに世話をするというのである。
そういえば、これ以前、源氏が、紫上に気兼ねしながら大井にわたって行った時もそうだ。大井から戻った源氏は、明石姫君のことを打ち明け、彼女に姫君の養育について
 『めざましとおぼさずば』
引き受けてくれないかと頼む場面があった。「めざまし」とは、「心外だ 気に食わない」という意味である。夫の愛人の子を自分の子にするなど「めざましい」ことに決まっている。当然「そんな心外なことを!」と拒否するだろうと思っていたところが、やはり彼女は
「幼い姫君にとっては、私はとてもふさわしいのでは、と思いますわ」
と承知してしまうのである。こんなに素直に引き受けられるはずはないではないか。しかも次のような記述も添えてあるのだ。
 『稚児をわりなうらうたきものにし給ふ御心なれば、得て抱きかしずかばやとおぼす』
 紫上はいつ「稚児をわりなうらうたきものにし給ふ御心」の持ち主になったのだろうか、またいつから夫の愛人の子供を抱きたいなどと平気で言えるような人になっていたのだろうか、理解しがたいところである。
 読者の反応を極端に気にして用心深く筋を進めていく紫式部にしては、どうもこのあたりの必然性が疑われ、不用意としか思えない。取ってつけたような突然の口実があったり弁解がましい記述があったりするのである。

 その後もこの無理な口実や記述が続いていく。大井に一人残されてしまった明石君をいとおしく思った源氏は、絶え間なく手紙を送る。それに対して、
 『女君(紫上)も、今はことに怨じ聞こえ給はず。美しき人(姫君)に罪許し聞こえ給へり』
という具合なのである。可愛いい子が手に入ったから、それに免じて源氏の女遊びを許すというのである。さらに源氏が大井にわたっていくことについても実におおらかなもので、
 『ざれ歩き給ふ人(姫君)を美しと見給へば、をちかた人(明石君)のめざましきも、こよなく思し許されたり』
と、続くのである。「めざまし」と思っていた明石の君のことも、姫君に免じて「どうぞ、どうぞ、ごゆっくり行ってらっしゃい」と言うほどになってしまった。随分変わってしまったものである。最初に源氏から明石姫君のことを打ち明けられた時の
 『我はまたなくこそ悲しと』
思い嘆いた紫上はどこに行ってしまったのだろう。それどころか、
 『(姫君を)ふところに入れて、美しげなる御乳を(姫君に)くくめ給ひつつ、戯れゐ給へる御さま見どころおおかり』
とあるのである。姫君が可愛いから抱いてあげるというのは分かるとしても、自分の懐を開けて、美しい乳首を姫君の口に含ませているというのだ。どうしてここまで書く必要があったのだろうか、目を疑ってしまう。そもそも物語全体を通しても、「御乳」などは出てこないのである。『空蝉』の巻の「ぼうぞくな」軒端荻でさえ「胸あらはに」止まりだったのである。理知的で理想的で聖女のような紫上が、胸をあらわに出して『御乳』を含ませるとは。
 どうやら高貴で理想的な紫上を乳母代わりにする無理を取り繕うために、紫式部は取ってつけたような弁解や信じがたい紫上の言動などをあれこれ余計に付け加えてしまったのではあるまいか。
 姫君を預かるのは結果的には仕方がないとして、やはりここは姫君を育てるにあたっての葛藤をつぶさに描いていった方がよかったのではなかろうか。例えば、源氏の申し出を一旦は拒否してみたり、すねてみたり、あるいは預かった姫君との間に軋轢(あつれき)が生じたり、というふうにである。でも二人(紫上と姫君)の人柄の良さによって、次第に親子の仲が修復されていく、などという丁寧さが必要だった気がしてならないのである。
 
 これから後の物語上では、紫上と明石姫君とのかかわりはあまり語られることはない。したがって紫上がどのようにしてこの姫君を育て、また二人がどのような親子関係をたどっていったのかは、詳らかではない。
 しかし、紫上最期の『御法』の巻で、
 『宮は(明石姫君は紫上の)御手をとらへたてまつりて、泣く泣く見たてまつり給ふに、まことに消えゆく露の心地して、限りに見え給へば・・夜一夜さまざまのことをし尽くさせ給へど、かひもなく、明け果つるほどに消えはて給ひぬ』
という状況で紫上は亡くなっていく。その際、今は中宮である姫君に手を握られながら消えて行くことができたのは、紫上がやはり母としても理想的な女性であったからだろうと想像される。
 それに免じて、先の取ってつけたような無理な口実や弁解がましい記述はなかったこととして許さなくてはならないのだろう。


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