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源氏物語

源氏物語たより451

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   朝顔の君が紫上に与えたもの  源氏物語たより451

 紫上は、源氏の女好きに終生悩まされ続け心休まる時とてなかった。中でも朝顔の君が与えた痛手は最も痛烈で、彼女の後半生にも影響を及ぼしていったのではなかろうか。

 確かに女三の宮の降嫁は、紫上にとっては病を引き起こすほど、驚天動地の出来事でその痛手は甚大であった。
 この時、源氏は四十歳。紫上がこの話を聞いた時には
 『今はさりとも』
と信じられない思いであった。源氏の女好きは今始まったものではないが、それでも四十歳にもなっているのだから、今更結婚などということはあるはずがないと心許していたのだ。「さりとも」とは、「いくらなんでも」という意味で、意外な結果に呆然とする彼女の心境をよく伝える言葉である。
 でもこの結婚に対しては、彼女はある意味、諦めてもいた。源氏が自ら望んだ結婚ではない、朱雀院のたっての願いというではないか、それは天から降ってわいたようなもので、自分がいかんともしがたいことである・・と。
 ただ、彼女が悩んだのは、今まで六条院の実質上の正妻として振る舞ってきた自分の地位が、この結婚によって一瞬にして覆ってしまうことだ。怖いのはそれに対する人々の噂である。正妻の地位を失うことよりも、人々が自分をどう見るか、その目こそ、彼女の自尊心をもっとも深く傷つけるものであった。そのことを除けば「仕方がない」と諦観することができた。
 明石の君や朧月夜、あるいは六条御息所なども、彼女を悩ませる存在ではあったが、いずれも決定的な打撃を与えるものではなかった。

 それに比べて朝顔の君(以下朝顔)ほど彼女を嘆かせ不安に陥らせた女性はなかった。
 源氏の気持ちは、若い時から終始朝顔に向けられていた。彼女の名は、『帚木』の巻や『葵』の巻にもちらちらと登場していて、源氏との仲は人々の噂になっていたくらいである。『賢木』の巻では、彼女が斎院であったにもかかわらず、いかにも彼女と男女の関係があったような、いわくありげな消息を贈ったりする。斎院は、神に仕える神聖無垢の身である。そういう女性にいかがわしい手紙を贈るなどは許されない行為なのだが、それは源氏がいかに熱烈に彼女を思慕していたかの証でもあるのだ。

 朝顔が、表舞台に姿を表すのは『朝顔』の巻である。彼女は、桐壷院の弟・桃園式部卿宮の娘で、源氏とは従兄妹に当たり、生まれとしては最高の女性である。紫上も、兵部卿宮の娘であるから、朝顔に決して劣りはしないのだが、母が、兵部卿宮の側室であるうえに早くに亡くなっている。しかも母方の家は完全に絶えてしまっているのだ。朝顔を上の品とすれば、紫上はどう見ても中の品で、勝負にならない。
 そんな女性に盛んに言い寄っている源氏の姿を見れば、紫上としては心穏やかでいるわけにもいかない。世間も源氏と朝顔は
 『にげなからぬ御あはひならむ』
と噂をしているのだ。そんな噂に、
 『(源氏の)御心など(が朝顔に)移りなば、はしたなくもあべいかな』
と彼女は気が気ではない。源氏の自分に対する寵愛は、誰にも劣らないとは思うものの、もし朝顔が源氏の妻となれば、自分は自ずから軽い扱いになるだろうと考えると、
 『まめやかにつらし』
と思えてくるのである。しかし、その気持ちを彼女は微塵も表情に出そうとはせず、じっと耐えるのである。
 確かに源氏の様子を見ていると、日ごろとまるで違う。廂の端近いところに出てはもの思いに耽っているし、二条院には帰えらず内裏にいることが多い。そして、することと言えばもっぱら手紙を書くことで、ものも言わない。その姿を見るたびに、紫上は「うとましさ」が募ってくることを止めることができない。

 雪の降る冬のある日、源氏はどこかに出かけるようとしている。朝顔のところに行くに決まっている。
 『艶なるたそがれ時に、なつかしきほどになれたる御衣どもを、いよいよ(香を)たきしめ給ひて、心殊に化粧じ暮らし』
ている。その姿は、意思に弱い女だったらすぐにも靡いてしまいそうな艶姿である。
 さすがに源氏は、紫上に出かける目的を言う。
  『女五の宮の悩ましくし給ふなるを、とぶらひ聞こえになむ』
  「女五の宮」とは、桃園式部卿邸に住んでいる朝顔の伯母(源氏にとっても伯母)のことである。その伯母が病気らしいので見舞おうと言うのだが、当然嘘で、本命はもちろん朝顔である。
 そんな源氏の姿を、紫上は見もしないで若君(明石の君の娘 紫上の養女)をあやして気持ちを紛らしている。彼女は床に臥しても、雪に映える源氏の婀娜なる姿が脳裏から離れず、「もしこのまま自分から離れて行ってしまったたら・・」と思うと、何ともやるせない気持ちに襲われる。

 結局、源氏の熱烈な求愛を朝顔は全く受けつけようとしないのだが、源氏とすれば、「このままでは済ますわけにはいかない」と意地になる。そのために二条院には帰る気持ちになれないのだろう、夜がれが続く。紫上にすれば冗談では済まされない。
 『しのび給へど、いかがうちこぼるる折もなからむ』
 いくら我慢しても自然に涙がこぼれ出てしまう折もあるのだ。そんな紫上のしょげきった塞いだ姿を見ると、さすがの源氏も気がかりで、彼女の髪を撫でたりして、一日中ご機嫌をとったりする。

 雪の大層積もったある夕方、源氏は過去に関係したさまざまな女性の評議をして紫上に語って聞かせる。藤壺宮や明石の君や朧月夜などである。
 その中で、朝顔はこう評される。
 『前斎院の御心ばへは、またさま殊にぞ見ゆる。さうざうしきに何とはなくとも、聞こえ合はせ、我も心づかひさせらるべきあたり、ただ、この一所や、世に残り給へらん』
 「朝顔というお方のお人柄は、他の人とまた変わっていて特別なところがあります。彼女とは、つれづれの時に、なんということもないような手紙のやり取りをするのですが、何かしゃんと緊張させられるところがあるお方なのです。そういう人はもうこの世にはあの人しかいませんね」というような意味であろうか。
 紫上を目の前にして本音を言うはずがなく、これでは源氏の心は図りかねるし、まして朝顔への恋心は全くつかむことなどできない。紫上には源氏の言葉が白々しく伝わってくるだけである。彼女は、月がますます澄んで輝く外を見ながら、こんな歌を詠む。
『氷閉じ岩間の水は行き悩み 空澄む月の影ぞ流るる』
 意味の取りにくい歌で、円地文子や瀬戸内寂聴や林望の訳は、いずれも「岩間の水は凍っているが、空の月影はよどまず流れてゆく (円地やく)」というように訳しているのだが、単なる叙景の歌ではあるまい。上の句は紫上の心理状態を、下の句は源氏の様を寓したものであろう。つまり
 「私の気持ちはすっかり澱んでしまって行き場もありません。それに比べて、源氏さまは自由奔放にあちらこちらへと流れて行かれること・・」
という絶望的な心境を吐露している歌ではあるまいか。

 そもそも妻を前にして、自分が過去に関係した女性の美点を話す男などがあるだろうか。ところが、源氏は男同士でもしないような話を得々とするのだ。それがすでに彼がいかに自己本位の男であるかを証明していることになるのである。
 氷に閉ざされた遣水と冴えた月影を眺めながら「氷閉じ・・」と切ない自分の心境を詠って悄然としている紫上を見て、源氏は、
  『似るものなく美しげなり』
と思うのである。「美し」とは「可愛い、愛らしい」ということである。紫上の心情を少しも忖度しようとはせず、ただ「可愛い」と思うだけなのである。こういう源氏に、紫上の心は深層のところで次第に離れていくことも知らずに。 
いつもかみ合わない夫婦、琴瑟相和すことの一度としてなかった夫婦、それもすべて源氏がゆえなのである。
 このことから十四年後、紫上は、心底から源氏に「出家したい」と願い出る。この出家の思いは、すでに朝顔の君に萌芽していた、と私は考ていえるのだが、読みすぎであろうか。


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