スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←源氏物語たより451 →源氏物語たより453
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより451】へ
  • 【源氏物語たより453】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
 

源氏物語

源氏物語たより452

 ←源氏物語たより451 →源氏物語たより453
    超絶技巧 『関屋』の巻  源氏物語たより452

 紫式部は、「関屋」の巻においてさまざまな技巧を駆使して物語の展開に変化を持たせ、興味深く読者に読んでもらおうとしている。
 この巻は、光源氏が二年半にわたる須磨・明石でのわび住まいの後、許されて京に戻った翌年、無事帰京のお礼に石山寺に詣でる旅の途中の話を扱ったものである。
 源氏は、常陸から上京してきた空蝉一行とたまたま逢坂の関で出くわしてしまう。空蝉の夫はかつての伊予介で、その後、常陸介となっていたが四年の任期が終わって、この度上京してきたところだったのだ。

 源氏は、空蝉一行と偶然逢坂の関で出会ったに過ぎなかったのだが、彼女に対してこう伝言する。
 『今日の御関迎へは、え思ひ捨て給はじ』
 これはもちろん源氏得意の嘘である。しかし実に軽妙洒脱で、嘘と分かっていても、相手はそのセンスに感動し、苦笑しつつも男の情にほだされてしまうことだろう。源氏の目的は逢坂の関を越えて石山寺に詣でることなのだが、今や石山の仏などはどうでもよくなっていて、女のためには嘘でも仏は許すとばかりに
 「今日はこの関まであなたをお迎えにまいりました」
と平然と言うのである。そればかりか「これほどあなたのことを心にかけている私ですから、まさか私のこの厚い志を無にするなんてことはないでしょうね」とも言う。
 「関」という場所を見事に活用した上等の洒落である。
 数日後、彼は空蝉に消息するが、その最後にこう付け加える。
 『関守のさもうらやましく、めざましかりしかな』
 逢坂の関にちなんだ洒落で、空蝉を守っている常陸介を「関守」に見立てたものである。「あんなにしっかりあなたを守っている常陸介が、私には羨ましくてならなかったし、何とも妬ましいことでした」と恨み言を述べながら、彼女の心に波を点じようという魂胆なのである。
 「御関迎へ」ほどの出来ではないが、それでも「逢坂の関」をそつなく活用していることに違いはない。

 そしてこの消息に添えた歌がまた、技巧の極と言ってもいいほどなのである。
 『わくらはに行きあふみちを頼みしも なほかひなしや潮ならぬ海』
 「わくらは」とは「たまたま 偶然」という意味である。
 「あなたとたまたま逢坂の関で行き会ったというのは、誠に宿命的なことです。その宿命的な出会いを千載一遇の機会として頼みにしたのですが、お会いすることさえできずに、頼みにしたことも何の甲斐もありませんでした」
というのである。
 実はこの歌の中には、実に巧妙にある言葉が隠されているのである。それは「行きあふみち」で、表の意味は「行き逢う道」ということなのだが、ここに「近江路(あふみぢ)」が隠れているのだ。京都三条から鴨川を渡り、粟田口から山路にかかり、逢坂の関を越えて大津に出ると、そこが近江の海(琵琶湖)で、この道こそが「近江路」なのである。
 さらにここにはもう一つの掛詞が使われている。「かひなし」である。元々の意味は「甲斐なし」であるが、近江の海に関連させて「貝がない」とも言っているのである。なぜなら、近江の海(淡海の海)は淡水湖であるから、貝が生息していない(つまり貝がいない)というのである。
 何とも目の回るような技巧のオンパレードである。ただここまで技巧に走ってしまうと、女への恋心に真実味が薄れてしまうのではなかろうかと心配してしまうのだが。私どもの『源氏物語を読む会』でもここのところを問題にした人がいた。
 「わざわざ琵琶湖を出す必要なんてないのではないでしょうか」
 確かにその通りで、第四句で意は尽きている。「潮ならぬ海」は蛇足で、「貝なし」を言わんがための無理である。しかし平安人は、とにかく作歌においては技巧を施すのが喜びであったらしく、また技巧に勝った歌を優れた歌と考えていたふしもあるのである。

 以上の例でもいえることだが、この巻の最大の技巧は、やはり「逢坂の関」を最大限に活用しているところであろう。逢坂の関ほど当時の平安人に知られた関もない。「勿来の関」や「白河の関」や「不破の関」などもそれぞれ有名で、みな歌枕になっているのだが、いずれも遠隔の地であり、京都人にとっては無縁の地である。ところが、逢坂の関は京に至近であるし、多くの貴族たちは(あるいは庶民も)石山詣でなどの際にはみなこの関を通った。ここは京の人々万人のなじみの関なのである。
 そんな名所であるのに、紫式部がこれを物語に取り込まないはずはない。彼女ほど、人々に膾炙(かいしゃ)されているものを有効活用した作家はない。これと思うものには貪欲に食らい付き、それらを見事に自分のもとして再生させてしまうのである。
 『桐壷』の巻が白楽天の『長恨歌』を下敷きにしていることは今更言うまでもないが、『若紫』の巻も『伊勢物語』の一段を使っていると言われるし、『古今集』の活用なども枚挙にいとまがないほど多く、しかもいずれもみな絶妙に生かし切っているのである。
 また『空蝉』の巻なども、伊勢(平安中期の歌人、三十六歌仙の一人)の次の歌を念頭にして構想したのではなかろうかと思われる。
  『空蝉の羽に置く露の木がくれて しのびしのびに濡るゝ袖かな』
  (空蝉の羽に置く露が木に隠れて見えないように、私の恋も木に隠れるように人知れず忍びに忍んで、いつも涙で袖を濡らしています)
 夫ある身としては、源氏への恋はまさに「忍び」続けなければならない恋であった。この歌から『空蝉』の巻はできたと考えていいのではなかろうか。

 このような紫式部であるから、逢坂の関を活用しないはずはないのである。問題は、この有名な逢坂の関を、物語の上でどう生かすか、また逢坂の関で、石山詣での源氏と逢う女性をだれにするかということである。まさか藤壺宮や朧月夜や朝顔などを地方に行かせることはできない。なぜならこの人たちはみな超一級の女性たちであったからである。候補者は一人しかいない。空蝉である。
 彼女は父が衛門の督(従四位下)で、元々宮仕えを嘱望していたのだが、心ならずも伊予介などという受領の妻になってしまった。ということは、彼女は夫とともにどこをどう彷徨おうが自由であったのだ。ただ逢坂の関を使うためには、東国か北国でなければならず、その結果常陸へ流れされていたというわけである。
 源氏と空蝉が逢坂の関でぱったり逢うなどということは、まことに奇跡的なことで、いささか作為を感じさせるのだが、でもそれこそがこの関を劇的に生かすための方法だったのである。
 空蝉は、逢坂の関で源氏と再会した時に(実際には逢っていないのだが)心の中でこう詠う。
  『行くと来とせきとめがたき涙をや 絶えぬ清水と人は見るらん』
  「常陸に行くといって源氏さまと別れた時の涙、また今回この関で源氏さまに再会できた涙、その涙は堰き止めることもできないほどに流れ出るのだけれども、私の忍ぶ恋を知らない人は、この涙を単に関の井から湧き出る清水と思うことでしょう」
という意味である。逢坂の関には名水の井があっていつもこんこんと清水が湧いていたそうで、その名水を持ち出したのである。この歌は百人一首の中にもある蝉丸の歌
  『これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂の関』
を借りているようである。

 また、源氏のこの歌を受け取った空蝉は、返歌などすべき身ではないのだが、十数年ぶりに届いた源氏の歌に堪(こら)えきれなくなって、こんな返歌をする。
  『逢坂の関やいかなる関なれば しげき嘆きの中を分くらん』
  「「逢ふ」という名を負っている関なのですから、源氏さまにお会いすることに何の支障もないはずなのに、すれ違っただけでお逢いすることもできませんでした。私は、どうしてこうもひどい嘆きの中ばかりを分けて行かなければならない身なのでしょうか」という意味である。
 この歌によって逢坂の関の活用は完了したといえる。「関で迎える」と洒落、「関守を羨む」と消息し、関の清水を使い、関から通じる近江路を技巧を凝らして詠み、そして逢坂の関が本来的に持つ「逢う」を利かせた歌を詠む。こうして紫式部は、逢坂の関を最大限活用して、恋多き男と忍ぶ恋に嘆く女を十数年ぶりに再会させたのである。
 ただ最後の歌は、『空蝉の羽に置く・・』と詠った頃よりも「忍ぶ恋」の面は薄れてしまっているのだが。それはこの十数年の間に、空蝉も人間的に擦れてきたということであろう。
 いずれにしても、たった五ページ余りの短編の『関屋』の巻に、逢坂の関にまつわる技巧を「これでもか」というほどに満載して構成した才能は、やはり脅威である。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより451】へ
  • 【源氏物語たより453】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより451】へ
  • 【源氏物語たより453】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。