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源氏物語

源氏物語たより453

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    空蝉 出家のなぞを解く  源氏物語たより453

 空蝉がなぜ出家してしまったのか、その理由は必ずしも明確ではない。直接的には彼女の夫である元伊予介(以下伊予介)の死にかかわるのだが、いわゆる一般的によくある、夫を亡くしたための悲しみによる出家ではない。何しろ彼女が伊予介を愛していた形跡はないのだから。それどころか彼女はこの結婚を望んでいなかった。
  『心憂き宿世ありて』
という彼女の述懐にそれは如実に表れている。この「心憂き宿世」は、受領風情の男と結婚してしまったことが主であろう。そればかりか伊予介はひどく高齢なのである。伊予介の子供が既に紀伊守であったことから推測すれば、結婚した時には伊予介はすでに五十歳は越えていたはずである。空蝉との年齢差は三十以上。当然再婚であろうから、どう考えても似合いの結婚とはいえなかった。光源氏から求愛された時にも「夫ある身でなかったならば・・」と口惜しく思っているほどなのである。これではとても夫の死を悲しんでの出家とは言えない。

 一方、伊予介の方は、空蝉を残して死んでいくことに耐えられずに、こう嘆く。
  『命の限りあるものなれば、惜しみとどむべき方もなし。いかでかこの人(空蝉)の御ために残し置く魂もがな』
  「もがな」は、願望の気持ちを表し、「死ぬことは宿命であるから仕方がないとしても、何とかしてこの自分の魂を空蝉の傍らに残しておく方法がないものか」という意味で、まことに悲壮ともいえる末期の言葉である。これだけ夫に思われている妻というのは、まさに『妻冥利に尽きる』というものだが、惜しむらくは妻の心は、夫にはない。
 いつか私の飲み仲間で、
 「この中で自分が死んだ時に、妻が一番喜ぶのは誰か」
などという不謹慎なことを話題にしたことがあるが、概ねみな「自分だろう」と考えている様子であった。
 空蝉が、夫の死を喜んだとはどこにも記述されてはいないのだが、将来への不安こそあれ、少なくともほっとした気持ちはあったのではなかろうか。これで自由の身になれたのである。
 だったらなぜ源氏の愛を受け入れなかったのだろうか、どうしても不審に思われてならない箇所である。『空蝉』の巻の最後の歌は、
  『空蝉の羽に置く露の木がくれて 忍び忍びに濡るる袖かな』
であった。源氏を慕って人知れず袖を涙で濡らしていたのだ。そして、それから十二年後、逢坂の関で源氏と再会した時にも
  『逢坂の関やいかなる関なれば しげき嘆きの中を分くらん』
と詠っている。「せっかくの“逢坂”の関だというのに、源氏さまとまともにお会いすることもできない。どうして私はこれほど辛い嘆きの中を彷徨わなければならない身なのだろう」という歌である。それほどに源氏を愛していたのだから、夫が亡くなったことは、空蝉にとっては忍び忍びの恋を成就するための絶好のチャンスではなかったのか。

 ところが、物語はそのことには一切触れずに、夫の死後の継子たちの冷淡な扱いやあるまじき行為を出家の理由に上げるだけなのだ。継子たちは、「空蝉を大事にしろ」と言う父親の遺言があったので、最初の頃こそ情け心を見せていたのだが、それは表面的なものでしかなく、実際には彼女にとってはつらいことばかりであった。特に長男の紀伊守は、好き心があって盛んにおべっかを使っては彼女に言い寄るのである。彼女はこう嘆く。
  『憂き宿世ある身にて、かく生きとまりて、はてはてはめづらしきことどもを聞き添ふるかな』
  「めづらしきこと」とは、継子と継母とが怪しげな関係になることで、確かにこれは「めづらしき」ことであり、あるまじきことで、そんな噂を最後になって聞くことになれば、憂き宿世にさらに憂さが重なってしまうだけだと、彼女は
  『人に、さなむとも知らせで尼になりにけり』
と一人忽然と出家していく。「さなむ」とは「こうこう、こういうわけで・・」という意味で、「出家の理由を誰にも言わずに」ということである。
 継子たちの冷たい扱いやまたあるまじき仕打ちを受けるよりも、源氏の妻になる方がどれほど名誉なことかと思うのだが、彼女はそちらをも選ぼうとはしなかった。
 後に彼女は二条院東院に引き取られて源氏の恩顧のもとで生活するようになるのだが、尼である以上は源氏との愛は無関係になる。「それだったらどうして・・」と思うのだが、誠に不可解なことである。

 ところで、源氏物語全体を通じて、光源氏と関係した女性たちは異常なほどにみな出家している。六条御息所、藤壺、朝顔、朧月夜、女三宮、そして紫上も出家を懇望していた。夭折した夕顔、葵上を除けば、出家しなかったのは末摘花と花散里と明石君だけである。実に70%に上る出家率(または願望)である。当時は「末法思想(日本では1052年に末法の世に入る)」が盛んで、確かに多くの人が出家したことは事実であるが、それにしてもこの多さは尋常ではない。
 ということは源氏となにか関係があるのだろうか。朝顔と朧月夜の出家の理由は、物語上には書かれていないので分からないが、六条御息所は、斎宮に同道して長年伊勢にいたことを罪(仏の世界から離れていたから仏罰が当たる)と感じたためである。この三人は源氏が理由とは考えられない。残る藤壺と紫上と女三宮は、いずれもみな源氏のしがらみから逃れるためである。

 それでは空蝉はどう考えたらいいだろうか。
 彼女は、源氏の女性関係を詳らかに知っている。そもそも源氏の好き心は巷に知れ渡っていたことで、神聖な存在である斎院の朝顔にさえ盛んに言い寄ったりする男である。この噂などは、かつて空蝉が女房たちとの寝物語でもしていたことだし、例の明石にまで届いていた噂である。
 それに源氏が相手にする女性は、朝顔や六条御息所などのような超一級の女性たちばかりである。空蝉はそんな女性たちに太刀打ちできる身分ではない。だから結婚したとしても、源氏の愛が注がれるのはほんのしばらくの間に過ぎまい。そうなれば憂き宿世にさらに憂さを重ねることに変わらない。
 彼女は、源氏の強引な犯しに最初こそ身を委ねる恰好になってしまったが、その後は源氏の執拗な求愛を拒否し続けた。それは夫に対する貞操などというものではない。深層で源氏の愛の限界を読み取っていたのだ。どうせ男の気ままに振り回されるに決まっているのだ。それは継子の求愛を受け入れたとしても同じことであろう。

 そもそも夫も同じなのではなかろうか。
 空蝉は衛門の督(従四位下)の娘で、衛門の督は、彼女に内裏勤めをさせることが望みであったが、はやくに亡くなってしまった。結局その望みも消えてしまって、高齢の受領の妻になるしかなかった。
 そうなれば当然のこと、華やかな京を離れて伊予に彷徨い常陸に流れるという羽目になる。これは内裏勤めの目もあった彼女にとっては、想像もしなかったことで、屈辱以外の何ものでもない。夫に引きずり回される人生と言っても過言ではない。
 夫の死を契機に、そういういとわしい絆から離れて自由の身になりたいという気持ちが鬱勃(うつぼつ)と湧いてきたのではあるまいか。そしてそのことこそ彼女が「憂き宿世」から逃れる唯一の方法だったのであろう。だから伊予介の魂がいつまでも傍らにいられたのでは困るのである。
 彼女は、出家した後、二条院東院に引き取られてつつましい生活を送る。末摘花のように物語の表舞台に出しゃばってくることはなかった。源氏が時に彼女の局(つぼね 部屋)を覗くと、彼女は
  『かごやかに(物静かに)局住みにしなして、仏ばかりに所得させたてまつりて、行い勤めける』
のであった。ようやく彼女に心の平安が訪れたようである。


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