源氏物語

源氏物語たより454

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   『紫式部日記』 解釈の違いで  源氏物語たより454

 今、中野幸一早稲田大学教授の『紫式部日記』の講座を受けている。中野先生の講義は、毎回目からうろこで、聞いていて常識を覆されることが多い。しかし同時に「そうだろうか?」と疑問が湧くこともないではない。今回そんな思いのする箇所があった。
 『紫式部日記』の初めの方に、藤原道長と紫式部(以下 式部)が歌の贈答をするところがある。さして長い文章でもないので全文を上げておこう。

 『渡殿の戸口の局(つぼね)に見出せば、ほのうち霧りたる朝(あした)の露もまだ落ちぬに、殿(道長)ありかせ給ひて、御随身召して、遣水はらはせ給ふ。橋の南なるをみなへしのいみじう盛りなるを、一枝折らせ給ひて、几帳の上(かみ)よりさしのぞかせ給へる御さまの、いと恥づかしげなるに、わが朝顔の思ひ知らるれば、
 「これ遅くてはわろからむ」
とのたまはするにことつけて、硯のもとに寄りぬ。
 「をみなへし盛りの色を見るからに 露の分きける身こそ知らるれ」
 「あな、疾(と)」
とほほ笑みて、硯召し出づ。
 「白露は分きてもおかじ をみなへし 心からにや色の染むらむ」』

 やや難しいところもあるので、注釈をつけながら考えてみることにする。
 「渡殿の戸口の局」とは、紫式部の局の位置を示していて、土御門殿の寝殿と東の対とをつなぐ廊(屋根がついている)の東戸口に彼女の部屋はある。
 「几帳の上」とは、四尺の几帳の上ということで、そこから道長が女郎花を見せながら式部に声をかけた、その道長のお顔は、式部が恥ずかしくなるほどご立派であった、というのである。
 「わが朝顔」とは、まだ朝早くだったので、式部が化粧もしていない寝ぼけ顔のみっともない姿であることを指している。
 「これ遅くては」とは、意訳すれば、「この女郎花を見て即座に歌を作りなさい」ということで、歌人でもある式部なら、この咲き誇る女郎花を見ればすぐにでも歌が詠めるだろうと声をかけたのだ。この道長の声掛けを口実に、式部はこれ幸いと硯のところまでにじり寄って身を隠したというわけである。
 案の定、式部は即座に「をみなへし・・」と歌い上げたものだから、道長は「おお、早いな!」と感心したのである。「疾」とは「疾し(早い)」の語幹をとったもの。

 それでは、二人の歌を見てみよう。まず式部の歌は
 「女郎花が今を盛りと咲き誇っているのに比べて、私はすっかり盛りも過ぎ、容色も衰えてしまいました。女郎花を見るとそのことを真実知らされる思いでございます。ひょっとすると露が分け隔てをして、こんなにも差をつけてしまったのではないでしょうか」
という意味で、これに対して道長の歌は次のように訳せよう。
  「白露は、あえて分け隔てをして女郎花の上に置いているわけではないでしょう。女郎花自身に美しくなろうという意思があるからこそ、美しいのです」
 なかなか息の合ったやり取りで、それぞれ微笑ましい出来栄えである。

 本題に入る前に、ここで分かることは、「紫式部は道長の召人(めしうど 貴族の邸に仕え、主人と関係を持つ女、側女のこと)であった」という説が、何か頷(うな)づける風情がここにはあるということである。朝まだきの頃、女郎花の花を折って女房の部屋に行き、しかも几帳の上から顔をさし覗かせ、声をかけるなどというのは、どう考えても尋常な関係ではない。
 几帳の使われ方についてはもう一つ不明な点があるのだが、高さは四尺のものでも、一メートル二十センチにすぎず、それに幅も狭い。だから、道長がしているように上からのぞくとか、脇に回って覗くとかすれば、簡単に女の姿が見られるのに、彼らは決してそうはしない。源氏物語や落窪物語や宇津保物語にもそういう場面はなく、みな几帳のほころびから覗いている。おそらくそこには何らかの禁忌のルールがあったのかもしれない。
 とにかく几帳の上から顔をのぞかせるなどいうことどは、遠慮のない間柄でなければ、できるはずはない。二人が男女の関係にあったことの一つの証左にはなろう。

 さてそれでは本題に入ろう。中野先生はここで二つの奇説を提示された。
 一つは「花を折る」という動作についてで、「花を折る」とは、「女を手に入れる(関係する)」ことの暗喩であるのだが、この場面も、道長が女郎花を折ったのだから「私は女と関係を持った」ということを言っているのだと言われる。つまり式部に向かって
 「私は最近別の女と関係をもっているが、あなたはそれに対してどう思う。歌で応えてごらんなさい」
と呼びかけたものであると言われるのだが。
 もしそうだとすれば、式部の歌の意味も変えなければならなくなる。
 「いえ、いえ、私などはすっかり年を取ってしまって容色も衰えてしまいました。道長さまが関係していられるそんな若々しく今を盛りと咲き誇っている女性などとは、とても比べられるものではありません」
 しかし、道長が手折った女と自分とを比べるなどということがあるだろうか。また道長が、かつて関係を持った(?)女性(式部)に向かって、「実は最近・・」などと図々しく言うものだろうか。そもそも式部の局の隣には別の女房がいるかもしれないし、隋身も聞いているかもしれないのだ。
 もし中野説の通りだとすれば、道長の返しの歌の意味も変わってきてしまう。
  「別に私はあなたを区別しているわけではない。問題なのはあなたの心が私の方に向いていないことで、そのために私の愛の色も変わってしまっているだけだ」
となり、てっとり早く言えば、「もう一度俺のものになれ!」ということで、これでは微笑ましいと思われた贈答歌が、何かとげとげしいものになってしまう。

 もう一つの奇説は、「朝顔」の解釈である。中野先生によると、「朝顔」は、単に「化粧もしていない朝の寝ぼけ顔」ではなく、「一人寝」を意味しているのだと言われる。つまり昨夜、式部は男とは寝なかったということで、そのことが「みっともなく思い知られる」のだと言われる。
 でもそんなことはあるまい。もし道長以外の男と寝ていたのだとしたら、みっともないどころか、許されないことになってしまう。女房が一人寝することは誰に恥ずべき行為でもなく、別に話題にもならないことである。式部がそんなことを思うはずがない。やはりここは、道長の立派さに比べて、化粧もしていないすっぴんを見られてしまったことが、居ても立ってもいられないほどに恥かしいのだ。それゆえ道長が声を掛けたことを幸いに、硯のところにいざっていって身を隠してしまったのだ。

 また、中野先生は、女郎花という花はどちらかと言えば品のない蓮っ葉な靡きやすい女を表すのだとも言われていたが、古今集などを見ても、必ずしもその意味では使われていない。手の届かないような女性を詠っている歌さえある。
 私は、ここはもっと素直に読みとっていいのではないかと思う。つまり道長が品のない靡きやすい女を手に入れたのでもなんでもなく、秋を代表する美しい女郎花に感動した道長が、優れた歌人であり物語のたぐいまれな作者である式部に見せて、どう反応しどんな歌を詠って来るかを期待し、それを楽しんだだけなのではなかろか。
 そして、式部も、白露に一層色を増して咲き誇っている女郎花の美しさに、思わず自らの朝顔(それは老いの顔でもある)の醜さを想像してしまったのだ。小野小町が
 『花の色は移りにけりな いたづらにわが身世にふるながめせし間に』
と詠ったのも、桜の花の美しさに触発されて自らの老いを詠ったものであるし、伊勢が
 『夢にだに見ゆとは見えじ 朝な朝な我が面影に恥づる身なれば』
と詠ったのも、女の容色の衰えに対する恐れからである。毎朝鏡を見るたびに顔のしわやしみが気になる。これでは夢にだってあの人に会うなど、とてもとてもできはしないではないか・・これは女性一般の心理であろう。
 紫式部日記は虚構の物語ではない。道長も美しい女郎花に感動したからこそ、式部の反応を見たかったのだと、ここは素直に解釈したいところである。
 
 それはとにかく、中野先生の講座はいつも新しいことが玉手箱のように出てきて、感動と考えさせられることが交錯する。それゆえに古典の読みがますます深まっていく感じがする。 


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