源氏物語

源氏物語たより457

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    浅葱の怨み骨髄   源氏物語たより457

 父・光源氏によって六位にとどめられたうえ、大学にまで入らされた夕霧の自尊心はいたく傷つけられた。従兄弟(昔の頭中将の子など)たちは、四位、五位に任じられ、大学に入ることもなく人生を謳歌しているではないか、と思うとやり切れなくなる。何より彼を嘆かせたのは、衣の色である。位によって次の通り、衣の色に歴然たる差が付けられるのだから。
  [一位] 深紫   [二・三位] 浅紫  [四位]深緋  [五位]浅緋
 [六位]深緑(浅葱) [七位]浅緑
 「浅葱」とは、薄い葱の葉の色からきており「緑」と言っても「薄い藍色」だという。六位の衣の色はこの浅葱だったので、「浅葱」は六位の代名詞になっていた。夕霧は「蔵人」を兼ねていたので、殿上には昇ることができるのだが、何しろ「浅葱」の衣である。このことに関して次のように描かれている。
 『浅葱にて殿上に帰り給ふを、大宮は「あかずあさましきこと」と思したるぞことわりに、(夕霧には)いとほしける』
 夕霧は、今まで殿上童をしていたが、今回は六位の蔵人として殿上に戻ったのでそのことを「殿上に帰り」と言っているのだが、しかし浅葱で戻ったのでは、その屈辱たるや計り知れないものがあったことであろう。
 「大宮」とは、夕霧の祖母のことで、彼の母・葵上が早世してしまったので、幼い時からこの大宮に大事に育てられ可愛がられてきた。したがって、夕霧の不満は大宮の不満で、「あかずあさましきこと(不満でとんでもないこと)」と大宮が思うのは、夕霧の思いそのものなのである。

 源氏の子育てに関する厳しい方針は、夕霧の屈辱感を深め、殿上することさえ億劫がらせるほどであった。しかもそれだけではなかった。彼に最も打撃を与えたのは、愛しい雲居雁との関係をさえ狂わせ始めてしまったことだった。内大臣(頭中将)は、夕霧と娘(雲居雁)との関係が怪しいと知った後、二人を遠ざけ、乳母や女房たちにも、二人に近づく機会を与えないよう厳命する。
 内大臣邸に引き取られるという最後の日、二人はこっそり逢瀬の機会を持った。二人のいる部屋の隣から、乳母や女房たちのささやき声が漏れてくる。乳母がこう言っているのがほのかに聞こえてきた。 
 『めでたくとも、物の初めの六位宿世よ』
 夕霧には実に辛く厳しい言葉である。
 「夕霧は確かに源氏の子でもあるし教養も深い、まことにめでたい人物ではあるけれども、姫君(雲居雁)の結婚相手の婿さまが六位風情というのではね」
という意味である。これを聞いた夕霧は愕然とする。
 『我をば「位なし」とて、はしたむるなりけりと思すに、世の中恨めしければ、あはれも少しさむる心地して』
 この「あはれ」は、雲居雁に対する情愛のことで、彼女に対する愛おしさ慕わしさも乳母の言葉で少し冷めてしまったような気がするというのである。

 実は内大臣は、雲居雁をいずれは春宮に入れたいものと思っていたのだ。乳母ももちろん同じ考えである。夕霧は確かに生まれもいいし人物も優れている。いずれは出世するであろう。しかし所詮は「ただ者」である。光源氏は一世源氏であるからまだしも、夕霧は全くの臣下の臣下である。乳母が姫君の結婚相手として不満に思うのはやむを得ないことである。
 一般的に乳母というものは、姫君(乳母子)に対して絶対である。姫君のためには何をおいても最高の条件を作ってあげたい、それが彼女たちの使命になっていた。雲居雁の乳母も例外ではなく、結婚するなら東宮(または帝)以外にはないと考えていたのだ。万一それが不可能な場合には、「宮様にでも」と思っていたのだろう。とにかく六位風情を姫君の婿には絶対したくはなかったのだ。
 この乳母の言葉は夕霧の心に鋭く突き刺さった。彼が早く出世して、この乳母に思い知らせてやろうと、復讐心にも似た思いを持ったのも無理からぬことであった。

 この後、紆余曲折があって、結局雲居雁は東宮に入ることはできず、『藤裏葉』の巻で、夕霧と結婚することになった。あの事件から六年後のことである。
 夕霧は十八歳で、押しも押されもしない中納言(従三位)になっていた。十八歳で中納言とは、まさに光源氏の七光り以外の何物でもないのだが、とにもかくにも長年恋いわたってきた女性を手に入れることができたのである。雲居雁は二十歳。
 六年前のあの宵のことは、常に夕霧の心から離れることはなかった。
 『乳母(が)、「六位宿世」とつぶやきし宵のこと、物の折々に思し出でければ、菊のいとおもしろくて、うつろひたるを賜はせ
 あさみどり若葉の菊を 露にても濃き紫の色とかけきや
 辛(から)かりし折の一言葉こそ忘られね』
と、ついにうっぷんを晴らすことができたのである。歌の意味は
 「薄藍色の衣を着ていた私のことを、まさか濃い紫の衣を着るまでになるとは、あなたは思いもかけなかったであろう」
というもので、強烈な皮肉である。また菊の花はうつろうと紫色に変わるから、手紙に付けたもので、菊は恨み骨髄の象徴になっている。

  ここでもまた紫式部の筋の運びの見事さに驚かされることになった。太政大臣ともあろう者の息子を六位からスタートさせるという源氏の極端な方針が、このような形に発展するとは思いもしなかったのだが、ここに至って鮮やかに収束させた。

 (なお位階と衣の色については、不明な点があることを付け加えておく)


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