源氏物語

源氏物語たより459

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   こんなところに末摘花  源氏物語たより459

 『玉鬘』の巻に、突然、かの末摘花が登場する。どうしてこんなところに彼女を出さなければならなかったのか、作者の意図が測り兼ねる。
 かつて光源氏がこよなく愛した夕顔であったが、あっけなく亡くなってしまったが、彼の記憶からその面影が消える時とてなかった。
 ある時、夕顔の遺児(玉鬘)が筑紫から上京したことを知った源氏は、自分の元に引き取ることを前提として、玉鬘に手紙を送る。
その時である、源氏の頭の中に末摘花が次のように登場するのである。
 『末摘花のいふかひなかりしを思し出づれば、(玉鬘が)さやうに(筑紫の田舎に)沈みて生ひ出たらむ人の有様うしろめたくて・・』
 「いふかひなし」とは、「お話にならぬ、箸にも棒にもかからぬ」という意味で、末摘花らしさが端的に表現された言葉である。『末摘花』の巻に登場する末摘花は、とにかく容貌といい肢体といい醜怪そのもので、その上、ろくな応対もできずその反応のなさは、まさに言語に絶するほどのもので、確かに「お話にならぬ、箸にも棒にもかからぬ」女性であった。 
 ここのところを円地文子(講談社)は、補足を加えながら見事に訳していて参考になるので、そのまま引用させていただこう。
 「あの末摘花が血筋は貴くても思いのほかに風情のない人柄であったことをお思い出しになると、筑紫の果てで落ちぶれて育ったような人のご様子も案じられて」
 源氏は、玉鬘が筑紫という田舎育ちであることが気がかりで、自分のもとに引き取るについては一抹の不安があり、ふと末摘花が頭をよぎったのだ。なにしろ彼女は常陸宮の娘というれっきとした生まれなのに、あの容貌、あの肢体、あの反応のなさ。うっかり玉鬘を引き取ってみて末摘花のような女性であったらどうしよう、といわば石橋をたたいてみたのだろう。
 末摘花に懲りて二の舞は演じたくはないとまず手紙を送った。彼女からの返事を見てその人となりを判断しようというわけである。
 それにしてもとんだところで末摘花が引き合いに出されたものである。

 この源氏の思惑は理解できないではないが、それにしてもなぜあれほど極端な末摘花をここに持ってくる必要があったのだろうか。
 後になって分かることなのだが、玉鬘という女性は、源氏物語中でも最高の美貌とセンスと反応の持ち主で、源氏を翻弄させたほどの女性である。母親の夕顔も源氏を狂わせた女性だし、父親も内大臣(元頭中将)である。どう考えても悪かろうはずがない。
末摘花を玉鬘と比較する人物として登場させるのには無理がある。
 それに末摘花と出会った時の失望から、すでに十七年も経っているのだ。とうに忘れてしまっていていい事件なのである。そもそも末摘花という人物は、源氏をして「いふかひなし」と嘆かせた女性なのだから、本来ならすぐ物語から消えてしまってもいい人物なのである。ところがどっこい、なかなかしぶとい女で、随分後まであちらこちらにちらりちらりと顔を出すのである。『蓬生』の巻ではヒロインとして活躍していたし、『初音』や『行幸』の巻にも登場する。これほど長生きした女性は、源氏物語には紫上と明石の君を除いてはいない。

 実は、『玉鬘』の巻にはもう一度彼女が顔を出しているのである。玉鬘が主役であるはずの巻に、なぜ二度も末摘花を登場させたのか。しかも彼女はこの巻の終わりを飾る人物として登場しているのである。
 あるいは、その巻末の末摘花が、先ほどの疑問を解くカギを握っているのかもしれないので、そこのところを見てみよう。
 源氏は、年の暮れに正月用の晴れ着として女性方に着物を贈る。末摘花には、風情ある織模様の柳襲(やなぎがさね)を贈ることにした。源氏は、この柳襲は末摘花には派手すぎではなかろうかと思い、これを着た時の彼女の容貌・肢体でも思い出したのだろう、にやりとする。
 この贈り物に対して、末摘花は、やめればいいのに歌を添えてお礼の手紙を送る。その手紙の筆跡は誠に古風である上に、歌がまた「唐衣」や「袂ぬるる」のような古風そのものの言葉ばかりを並べている。あきれた源氏はそばにいた紫上に向かって、彼女の歌をこう評する。
 『古体の歌詠みは、「唐衣」「袂ぬるる」(という)かごとこそ離れぬな。・・一筋にまつはれて、今めきたる言の葉にゆるぎ給はぬこそ、ねたきことはまたあれ』
 (古めかしいこの歌詠みは、「からころも」とか「袂濡るる」とかいう恨み言が歌につきものだと思っているようだ。・・まったく一本調子に凝り固まって、当世風の言葉遣いには気もかけようともなさらない。困ったことです。 円地文子訳)

 このことから先の疑問の一端が分かったような気がする。そもそも末摘花は、玉鬘とは雲泥の差があって、とても二人を対比する価値などないのである。にもかかわらず、唐突に登場させたのは、源氏のこの評を引き出すための伏線であったのだ。つまり「古体」を出したかったということである。「古体」とは一向に変化しない存在ということで、常に「古体」で「一筋にまつはれ(一本調子)」て変化しようとしない人物こそ、源氏が一番嫌う気質の人間なのである。
 「たより448」では、世の中の変化のめまぐるしさに思い知らされた源氏について述べた。須磨・明石を放浪する不遇の中で、人々の「時を読む」ことにたけた、変わりやすい心というものを痛感させられた。それに対して、末摘花は「徹底して変わらずに」源氏を待ち続けていた。その一徹さに感動させられ「あはれ」を思えたのである。
 しかし、それは一時の感情に過ぎなかったようである。「古体」は源氏の本来の思想・信念とは相容れないものであった。いやむしろ蔑みの対象にしかならない。「変化しない」「融通が利かない」ことは、源氏物語の主題・「あはれ」の対極にあるものである。それでも末摘花を何度も何度も登場させ、蔑み笑い飛ばしたのも、「あはれ」というものの本質をせり上げ、より深めていこうという目的があったからだ。逆説的にいえば、「あはれ」とはおよそ縁のなさそうな末摘花こそ、源氏物語が追い求めた主題を一番担っている重大な人物なのである。

  正月になって、源氏は、晴れ着として贈った着物の着具合を見がてら、六条院や二条東院の女性たちのところに初春のあいさつ回りに出かける。玉鬘は、源氏から贈られた山吹襲を着飾っている。その姿は
 『「あな、をかしげ」と、ふと見えて、山吹(襲)にもてはやし給へる御かたちなど、いとはなやかに、「ここぞ曇れる」と見ゆるところなく、隈なく匂ひきらきらしく、見まほしきさまぞし給へる』
のである。山吹襲の細長を着た姿かたちが、一点の濁りもなく、つやつやとして輝くようで、どこからどこまでも隈なくきらきらと美しい、と源氏の目に映ったのである。

 ああ、哀れなる末摘花!


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