源氏物語

源氏物語たより466

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   衰え知らぬ光源氏の好色心  源氏物語たより466

 光源氏は、六条御息所の遺言に従い、彼女の娘である元斎宮を養女として世話することとなった。しかも、藤壺宮と謀り彼女を冷泉帝の女御として入内させるのである。このように親がる一方で、彼女の人柄に心惹かれ、何とか隙あらばと心を騒がせもする。
 ある時、女御が二条院に里帰りしてきた。願ってもないチャンスとばかり、彼女の部屋に渡って行っては、とかく彼女の心を靡かそうとする。几帳の向こうで身じろぐ様子が彼の耳に
 『あさましくやはらかになまめきておはすべかめる。見たてまつらぬこそ口惜しけれ』
と思わせるのである。「あさましくやはらかになまめきて」とは、彼の官能がひどく刺激されている状態を言っている。それなのにその姿を見られないから残念でならず、
 『胸うちつぶるる』
のである。官能を刺激された彼の胸はドキドキして今にも潰れそうというのだ。何とも始末に負えない「親がり」である。

 彼は、几帳を隔てて、彼女の母との関係やあれこれの女とのかかわりを、例の長広舌で臆面もなく語りかけ、こうまで言う。
 「私には、色めいたことに対しては、自制できないところがあるのですよ。あなたを後見しているのも、並大抵でないあなたへの忍び心からなのですが、その気持ちを分かってくれているでしょうね。少なくとも“特別有り難いお心”とだけでもおしゃっていただければ、どんなに甲斐あることでしょう」
 自分の養女に向かって言うべきではない強要、その厚かましさ。こんな強要に応えるすべを無くして黙していざるを得ない女御に、ため息交じりに追い打ちをかける。
 「やっぱりね。何とも情けないことです」
 こうして暮れるまで女御の所に居座り、果ては
 「あなたは、春と秋とではどちらが好きか」
などと言う難しい春秋論争を仕掛ける。どちらとも決めかねて困って、女御は、
 「母(御息所)が亡くなったのが秋だったから・・」
と仕方なしに「秋が好き」と言わせてしまう。これ以降、彼女のことを「秋好(中宮)」と呼ぶようになる。ところが、何気ないその言いようが、源氏にはまた大層かわいく響いてくるので、ついに我慢できなくなったのだろう、こんな歌を詠み掛けてしまう。
 『君もさは あはれを交はせ 人知れずわが身にしむる秋の夕風』
 これまた破廉恥で厚かましい歌なのである。
 「さは」とは「あなたが秋が好きだとおっしゃるのなら」と言うことで、
 「それなら私に対してあはれを交わしなさい。なぜなら私も秋に対しては殊更に心惹かれる男なのですから」
とこじつけたのである。この場合の「あはれを交はせ」は、端的に言えば「私と情を通じなさい」ということである。
 源氏の言葉に辟易したのだろう、秋好は
 『やをらづつ引き入り給ひぬ』
のである。几帳から離れてだんだんと奥の方に入って行ってしまった。これ以上押しても益はなしと判断したのだろう、ぶつぶつ言いながら源氏は帰って行く。秋好には源氏が帰った後の残り香さえ疎ましく思えてならない。

 自分の部屋に帰った源氏は、さすがに我があいなき性について反省する。
 『かうあながちなることに胸ふたがる癖のなほありけるよ。・・これ(秋好への恋)はいと似げなきことなり。』
とここまでは殊勝なところもあったのだが、次がいけない。
 『恐ろしう罪深き方は、多うまさりけめど、いにしへの好きは、思いやり少なき程の過ちに、仏・神も許し給ひけん、と思しさますも、なほこの道の後ろやすく深き方の勝りけるかな』
 源氏が何を言っているかといえば、昔の藤壺宮との不義と比べているのである。
 「恐ろしさ罪の深さから言えば、藤壺宮との不倫の方がよほど勝っているだろうが、でもあれは若気のいたり。何しろあのころは思慮分別がなかったのだから。したがってあの罪については、神も仏も許して下さるだろう」
と言うのである。何という勝手な解釈であろうか。自分の義母であり自分の父の愛妃でもある藤壺宮との不義は、三世にわたっての悪行である。にもかかわらず、神や仏まで出してきて「許してくれるはず」と言う。その「罪深さ」は言語に絶する。
 しかもこれに続く自己認識の、なんとも甘く、無知蒙昧であることか。
 「それにしても最近の俺は、好色の道に関してはすっかり危なげなくなったものだ。それに思慮分別も随分深くもなったものよ」
 自分の養女に先ほどまで絡んでいた、あれは一体なんだったのだろう。もうすっかり忘れ去っている。女御は、養女であるのみならず、我が子・冷泉帝の妻なのである。父の妻を犯し今また子の妻を犯そうとしている。義母や養女との不倫など歯牙にもかけない大胆さ、無神経さ、源氏と言う男は、倫理とか価値観に対する判断基準は、一体どこに置いているのだろう。

 この時、源氏は、三十二歳。現代で言えば壮年というところだろう。まだまだ精力盛んなお年頃なのだろうから、女への興味・関心をもつこと自体は咎とは言えない。しかし相手が悪い。これから四年後、彼は玉鬘に対しても容易ならざる恋心を持つ。彼女も養女だというのに。どうやら、彼の女性への嗜好の傾向と言うものが分かったような気がする。「わりなき恋」でなければ燃えないのだ。
 いずれにしても彼の好き心は容易に衰えることはなさそうで、困ったことである。でも、我々凡人にはできないことを平然とやってのける源氏の型破りな個性には、呆れつつも脱帽してしまう。


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