源氏物語

源氏物語たより471

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    朱雀院に対する慙愧の念は  源氏物語たより470

  朱雀院の熱烈な願いもむなしく、前斎宮(以下 斎宮)は冷泉帝へ入内ということになってしまった。それもみな光源氏の差し金で、彼が藤壺宮と謀って院を出し抜いたのである。
  入内の当日になって、院から斎宮に大層立派な贈り物が届けられた。えもいわれぬ装束のかずかず、御櫛の箱、うちみだりの箱(化粧用品などを入れるもの)、香壺の箱などで、いずれも並々でない物ばかりである。特に香は
  『世の常ならず、くさぐさの御薫物ども、薫衣香(くぬえこう)、またなき様に、百歩(ひゃくぶ)のほかを多く過ぎ匂ふまで、心殊に整へさせ給へ』
るものであった。さまざまな薫物は見たこともないほどのもので、その匂いたるや百歩を越えてまで匂って来るほどの逸品であった。(一歩は六尺というから、百歩で180メートル、それほど遠くまで匂って来る優れものということなのであろう。当時「百歩」という香があって、それに掛けたのである。)
  源氏はそれらの贈り物を見ると、いささかわざとらしさを感じはするのだが、一方では、藤壺宮と謀ってこのような結果にさせてしまったことに、院には気の毒であり、かたじけないと、忸怩(じくじ)たる思いも湧くのである。
 考えてみれば、院には何の咎もない。むしろ「女にて見まほしき」ほど清らな方であるから、斎宮とは
  『似げなからぬ、いとよき御あはひ』
なのである。歳から言っても、院は三十三歳、斎宮は二十二歳、確かに「いとよき御あはひ」である。それに対して、冷泉帝は十二歳にすぎない。どう考えてもつり合いは取れない。
 自分のこのような所業を、斎宮も内心では不快に感じているかもしれないと思うと気がかりである。にもかかわらず、自分のえげつない権勢欲と斎院へのやましい思いのために、ことを取り違えて運んでしまった。彼には斎宮を自分の養女として帝に入内させ、権勢をより強めようとの思惑があったのだ。そして「あわよくば・・」という陰湿な思いもなくはなかった。
 源氏は、そんな自分の所業に対して、「胸つぶれる」ほどの慙愧(ざんき)の念に思い悩むのである。

  ところが、いざ斎宮入内の運びになると、彼の殊勝な慙愧の念は霧散してしまう。
 冷泉帝にはすでに弘徽殿女御が入っていた。この女御は権中納言(かつての頭中将)の娘で、彼が手塩にかけて育て、ぜひとも中宮にさせようと意気込んでいる自慢の女御なのである。歳は十四歳、十二歳の帝とは似合いである。帝は
 『弘徽殿には、御覧じつきたれば、むつましうあはれに心安く思ほ』
しているのだから、遅れて入ってきた斎宮は不利である。
 案の定、帝が、斎宮に会ったところ、人柄は大層しっとり落ち着いていて、気が置けるほど優れていらっしゃる。それに源氏の鳴物入りの女御では、おろそかにすることもできず、いずれの面からも肩が張る女御である。そこで
  『御殿ゐ(宿直)などは、等しくし給へど、うちとけたる御童遊びに、昼など渡らせ給ふことは、あながちに(弘徽殿方に)おはします』
という結果になってしまった。夜だけは源氏への遠慮があったりして、お二人それぞれ等しく閨を共にするのだが、昼はもっぱら弘徽殿女御の所で遊んでいるというのである。

 源氏としてはこのまま放っておくわけにもいかない。勃然と権中納言に対する闘争心が湧いてきた。ここから、彼の策士としての才能がいかんなく発揮されるのである。
 
 『うえ(帝)はよろづのことに勝れて、絵を興あるものに思したり。たてゝ好ませ給へばにや、二なく書かせ給ふ』
方であった。と、なんと斎宮も大層上手に絵をお書きになるではないか。冷泉帝は、この事で斎宮に心が移り、彼女の所に通って行っては、ともに絵を書き合うようになった。そこで見る斎宮のあでやかな所作、可愛いい姿に帝は心引かれていき
 『いとしげう渡らせ給ひて、ありしよりけに(斎宮への)御思ひ勝れる』
ようになったのである。
 
 この状況を憂慮した権中納言も黙ってはいない。娘のために
 『勝れたる(絵の)上手どもを召し取りて、いみじういましめ(口封じ)て、またなきさまなる絵どもを、二なき紙どもに書き集めさせ給ふ』
という対抗措置に出た。源氏と権中納言の大人げない、えげつない泥仕合が始まったのである。
 源氏は
 「どうせなら絵比べ(絵合)を帝の前でしようではないか」
と提案する。その前に、まずは藤壺宮(帝の母)の前ですることにした。藤壺宮は源氏に通じているから、斎宮が勝つに決まっている。
 そして帝の前の時には、源氏が秘めに秘めてきた「須磨」の絵を、絵合の最後の最後に、おもむろに差し出す。須磨における源氏のわび住まいの様があわれに描かれている。これには誰も涙せざるを得ず、異議をさしはさむ余地さえなかった。勝負は最初から決まっていたようなものである。
 こうして中宮という位は、自ずから斎宮に決まって行く。源氏の作戦勝ちである。

  『絵合』の巻は、朱雀院との斎宮争奪戦で見せたえげつなさに対する源氏の慙愧の念から始まった。ところが、斎宮の入内を機会にそんなことは跡形もなくなり、次の新しい争いの世界に入っていく。なんという構想の意外さであろうか。
 そして、新しい世界は、坂の上に置かれた雪だるまが坂を転がっていくように「絵合」になだれ込んでいく。その自然さ、必然さの見事なこと。
 また「絵合」という催しは、歴史上源氏物語に初めて見られるものだといわれている。後にこの源氏物語にならって「絵合」の行事が、宮中などで行われるようになったともいわれるが、そうだとすれば、紫式部の独創性には舌を巻くしかない。
 「絵合」という一見華やかで雅な宮廷行事の裏に、実はドロドロとした権力争いが渦巻いていたのである。あるいは現実の世界でもこんな醜い争いが盛んに起こっていたのかもしれないが、それを紫式部は「絵合」という雅の世界に昇華して再現して見せた。


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