源氏物語

源氏物語たより472

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    大団円の『藤裏葉』の巻   源氏物語たより472

  「大団円」という言葉がある。辞書によると、「小説・劇などで、めでたく解決がつく最後の場面~広辞苑」「小説・演劇などの最後の場面。多く、すべてがめでたく解決する結末について言う。~明鏡国語辞典」ということである。
 源氏物語では『藤裏葉』の巻が、この大団円に当たろう。この巻ですべてがめでたく解決し、一つの終末を迎えているからである。
 若き日の光源氏は、女性関係を中心として実に華やかな生活を謳歌していた。ところが、朧月夜との一件で京を退去しなければならなくなり、須磨・明石に逼塞(ひっそく)という不遇な境遇に陥る。
 それでも不死身の源氏は二年半ほどの辛酸の後、京に召喚され、それ以降は歴史には例を見ない順風満帆な出世を遂げ、三十三歳の時には太政大臣にまで昇り詰める。その二年後には壮大な六条院も完成し、ここに念願の女君たちを集わせるというハレムを築きあげる。
 そして、三十九歳の時には、なんと准太上天皇の位まで賜るのである。太上天皇(だいじょうてんのう)とは天皇譲位後の称号のことで、667年、持統天皇が称したのに始まるのだが、天皇でもない源氏がこの称号を賜ったのは異例中の異例で、もちろん歴史上例はない。
 藤原道長の姉の詮子(一条天皇の母)が、「院号」(東三条院詮子)を賜ったのが、歴史上初めてのことであるが、源氏物語はこれに倣ったのであろうか。もっとも女院は、詮子に次いで道長の娘・彰子(後一条天皇、後朱雀天皇の母)が賜り、以後多くの女院(健礼門院徳子など)が生まれたが、「准太上天皇」は、光源氏をもって終わってしまう。つまり紫式部の創作である。いずれにしても源氏は天皇にこそならなかったが、それに準ずる最高の位を手に入れたのである。

 『藤裏葉』の巻は、これだけをもって大団円というのではない。源氏にかかわる様々なことどもが、この巻で彼の念願どおりに次々と解決していくのである。
 その一つが、源氏の息子・夕霧の結婚である。彼は、筒井筒の恋の相手・雲居雁と、六年越しに晴れて結婚することができた。雲居雁の父である内大臣(かつての頭中将)は、二人の結婚を源氏への対抗心から頑なに拒んでいたのだが、ここにきて軟化に、夕霧を藤の宴に招いて結婚させた。
 二つ目は、明石姫君を春宮に入内させたことである。彼は、三歳の姫君を母・明石君から取り上げ、紫上に預けるという非情の措置をとった。それは姫君に徹底した后教育を施すという目的があったからである。その非情の措置が、彼の宿願を成就させたのである。明石の不遇時代に生まれた娘が春宮の女御になるという奇跡を成し遂げたのだが、それも偏に自己の政権を盤石にさせようという強い意志と欲望からであった。
 そして、三つ目が、冷泉帝と朱雀院がともに六条院に行幸するという盛儀である。これも歴史上例を見ないことである。この盛儀は、藤原道長の娘・彰子に皇子(後の後一条天皇)が生まれ時に、一条天皇が道長の邸・土御門邸に行幸したことを髣髴とさせる。『紫式部日記』にはこの時の様子が
 『その日、新しく造られたる船どもさし寄せさせて御覧ず。竜頭鷁首の生けるかたち思ひやられて、あざやかにうるはし』
とある。そこで舟楽が催される。
 この時道長は、
 『殿(道長)、若宮(後の後朱雀帝)抱きたてまつり給ひて、(帝の)御前にゐてたてまつり給ふ。主上(一条天皇)抱き移したてまつらせ給ふほどに、(若宮が)いささか泣かせ給ふ御声いとわかし』
と喜色満面、わが世の春を謳歌する。
 源氏物語でも、池に竜頭鷁首の船が浮かべられ、鵜飼を鑑賞し、紅葉を愛で、管弦、舞踊、酒宴といつ果てるともない宴が催されている。時は神無月二十日余りで、院は
 『秋を経て時雨降りぬる里人(院自身のこと)も かかる紅葉の折をこそ見ね』
と源氏を讃え、帝も
 『世の常の紅葉とや見る いにしへのためしに引ける庭の錦を』
と賛辞を惜しまない。帝と院の両者から、「かつて見たこともないほどの源氏の栄え」と称賛されるのだから、源氏の得意や思い知るべしである。

 道長がそうであったように、光源氏の栄華が『藤裏葉』の巻で最高潮に達したのである。華やかでしかも波乱に満ちた源氏の生が、ここにめでたく完結した。まさに「大団円」である。

 しかし、源氏の「めでたい」生涯を描いて、物語を締めくくるような紫式部ではない。父・桐壷帝の愛妃(藤壺宮)を犯し、兄・朱雀帝の寵姫(朧月夜)を犯すという大罪がそのまま許されていいはずはない。受領の妻(空蝉)強姦の問題もあるし、養女の秋好中宮や玉鬘への許されざる恋の問題も残っている。また、嘘と甘言と策略に満ちた彼の罪は、数え上げればきりがない。これらを放ったまましておいていいだろうか、紫式部は追求の手綱を緩めようとはしない。
 源氏の栄華は、『若菜上』をもって影を見せ始め、『若菜下』をもって崩壊していく。源氏と女三宮の結婚を境に、最愛の妻・紫上は源氏との距離を開いて行くし、柏木と女三宮の密通によって、彼の栄華は、音たてて崩れていく。
 「大団円」で終わらせなかったところが、源氏物語の源氏物語たるゆえんである。

 源氏物語を三部構成とする説がある。確かに『藤裏葉』までを第一部とすることには根拠があり、『藤裏葉』の巻は、あくまで第一部の大団円だったのである。
 『若菜上』から源氏の死を描く『幻』の巻をもって源氏の世界は完結する。しかしそれはあまり暗く寂しい完結であった。光源氏に限らず、人の生というものは、大団円で終わることなどないのである。


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