源氏物語

源氏物語たより474

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    頭中将のいどみ心   源氏物語たより474

  頭中将は、光源氏に対して事あるごとに対抗心を燃やす。これはもう性癖と言っていいほどで、この性癖は若い時から年老いるまで変わらない。そのくせいつも源氏に負けてしまうのに、しょうこりもなくいどみ心を燃やし続け、その火を消そうとしない。
  どうしてなのだろうか。
  それは源氏に対して強い自負心をもっているからである。まずその点から確認しておこう。彼の思いはこうだ。
  「光源氏は確かに天皇の子には違いない、しかし今では臣籍に下っているのだから私と同じ立場ではないか。それに源氏の母親は一介の更衣に過ぎず、何の後見も持っていない。それに対して私の父親は左大臣。母親も桐壷帝の妹で内親王である・・源氏に引け目を感じる必要は何物もない」
  この思いが、源氏に対する対抗心を燃え立たせるのだ。
  でも、若い時にはその対抗心は源氏の良きライバル程度として現れるくらいだったので問題はなかったが、二人の身分が上がるにつれて、政界での権勢の問題が絡んできて、次第に醜いものに変貌していった。それが顕著になったのが、『絵合』の巻である。

  それでは初めから彼のいどみ心を見て行ってみよう。
  まずその兆しが見えるのが『帚木』の巻である。
  『つれづれと降りくらしてしめやかなる宵の雨に、殿上にもをさをさ人少なに、御宿直(とのゐ)所も、例よりはのどかなる心地するに、御殿油近くて、書どもなど見給ふついでに、近き御厨子なるいろいろの紙なる文どもを引き出でて、中将わりなくゆかしがれば・・』
で始まる例の「雨夜の品定め」の時のことである。この場合の「文」とは、もちろん懸想文のことで、大勢の女性から源氏に届けられたものである。頭中将にとってはそれが妬ましいのだろう、厨子から勝手にそれらの文を引き出して、手紙の中味を無暗に知りたがる。
  源氏の正妻が、頭中将の妹(葵上)であることも一層彼を心安くさせているのだろう。
  『親しく馴れ聞こえ給ひて、あそび・たはぶれをも人よりは心安く馴れ馴れしくふるまひたり』
という情況なのである。
  源氏が葵上の所に来た時などは、まして遠慮がない。
  『夜昼、学問をもあそびをも、もろともにして、をさをさ立ち遅れず、いづくにてもまつはれ聞こえ給ふほどに、おのづからかしこまりもおかず、心のうちに思ふことも隠しあへずなむ、睦れ聞こえ給ひける』
のである。何事でも源氏には負けはしないという自負がある。だから「かしこまりもおかず」で、遠慮などしないのである。
  でも、このあたりは義兄弟としての心安さということで許されよう。

   『紅葉賀』『花宴』の巻あたりでも、頭中将の他愛ないいどみ心がほの見えているが、彼がいくら挑んでみても、語り手は、源氏に遠く及ばない彼の資質や技量を軽くあしらってしまうだけだ。
  朱雀帝が、上皇の所に行幸するに際して、管弦・舞楽を催すことになった。その試楽が藤壺宮の前でまず行われた。源氏が青海波を舞うことになった。その相手が頭中将である。頭中将は容貌といい心構えといい他の男たちと異なる素晴らしさである。ところが語り手は
  『(二人が)立ち並びては、花のかたはらの深山木なり』
と一蹴してしまう。「深山の木」では誰も見ようともしない。そもそも源氏と比べること自体が間違っているのだ。何しろ源氏の踊る足踏み、面持はこの世では見られないほどのもので、特にその声たるや
  『これや、仏の迦陵頻伽(かりょうびんが)の声ならむと聞こゆ』
レベルなのである。迦陵頻伽とは極楽にいる鳥のことで、声が特に妙音を発するために「妙声鳥」とも言われている霊鳥である。源氏の詠を聞いた帝も上達部もみな泣いたという。相手の頭中将はもう相手ではなくなっている。源氏の相手になるものなど、この世には誰一人としていないのである。頭中将も悪い人を相手にして舞ってしまったものである。

  南殿の桜の花の宴をした時には、参加者は「韻」を賜って漢詩を作らされた。源氏は「春」という文字を賜った。その時の彼の様子は
  『「“春”といふ文字たまはれり」という(源氏の)声さえ例の人に異なり』
ということであった。次には頭中将が韻を賜る番である。
  『人の目移しも、ただならず思ゆべかめれど、いと目やすくもてしずめて、声遣いなどものものしく勝れたり』
  源氏を見ていた人々の目が今度は自分の方に集中して移ってくるので、尋常ではいられず緊張するだろうに、いや、彼もなかなか立派な振る舞いであり声であった、というのであるが、今回は語り手も頭中将に花を持たせたようだ。とにかく比較にならないのは分かり切ったことだから。
 
  彼のいどみ心が、顕著に表れるのが、『紅葉賀』の巻と『末摘花』の巻の女性を巡ってのドタバタである。
  『紅葉賀』の巻の女を巡る二人の争いは、まことに深刻で真剣でのっぴきならないはずのものなのに、滑稽そのものである。
  内裏にひどく歳を取っているくせに、好色については人後におちない女性がいた。名を源内侍という。ある時源氏がいたずら心で、彼女の裳の裾を引くと、なんと彼女は本気にしてしまって、その後いい仲になってしまう。その噂を耳にした頭中将は、
  「そうだ、私もまだこの女とは関係を持ったことがなかったわい」
とばかり契ってしまう。
  ある夜、源氏と源内侍が閨を共にしたのを確認した頭中将は、
  「いつも源氏は真面目なふりをして、私の婀娜ごとを非難ばかりする。源氏だってしばしば女の所に通っているではないか。何とか現場を抑えてやりたい」と思っていた矢先のことである。
  『これを見つけたる心地いと嬉し。かかる折に少し脅し聞こえて、御心惑わはして、「懲りぬや」と言はん』
と、二人の寝ているところに忍び込んで行って、ついに刀まで抜いてのチャンチャンバラバラにまで発展してしまう。しかし最後には二人はあまりの大人げなさに笑いあって、それぞれの相手の帯や破れた下襲を戦利品にして、
  『さらば、もろともにこそ』
と、源内侍の所を出る、という滑稽譚が展開されるのである。頭中将のいどみ心が顕著に出た話である。

  『末摘花』の巻でも同じようなことが起こる。
  源氏が末摘花という女性を知って、ある十六夜の月の美しい夜、彼女を訪ねる。すると、内裏から帰る源氏の行動を不審に思った頭中将が後を付けたのである。源氏が末摘花の所から戻ろうとした時に、二人は顔を見合わせてしまう。源氏は「人の後を付けるとはとんでもないこと」と恨みに恨むが、結局二人は同じ車に乗って笛を吹きながら左大臣邸に帰って行く。
  この後、頭中将も末摘花に手紙を出すようになるが、彼女からは全く返事がない。いらついた頭中将は「やれ、末摘花から返事が来たか、やれ、まだか」などと、犬も食わない競争心を露わに、源氏に言いかかる。

  そんないどみ心を持った頭中将ではあるが、一面では二人は仲の良い友であり良きライバルでもあった。葵上の死に際しての二人の心の交流などは涙なくては読めない。 
  また、源氏が須磨に退去した時には、頭中将はわざわざ須磨まで源氏を見舞っている。これは考えられないことなのである。なぜなら、時は右大臣の時代になっていたからである。しかも、右大臣の娘・弘徽殿女御は源氏を蛇蝎のように嫌っている。源氏に心寄せることなど思いもできない情勢で、誰もがみなじっと動かず自重していた。そんな中をわざわざ須磨まで慰問に行ったのである。この行為は、時の政権に対する反逆行為ともいえる。

  しかし、時とともに彼ら二人の間は離れていく。『絵合』の巻でついに二人の関係は暴発してしまう。頭中将は長女を冷泉帝の女御として入れていたが、そこに源氏は六条御息所の娘・元斎宮を養女として強引に入内させてしまったのである。
  『権中納言(頭中将)は、思ふ心のありて、聞こえ給ひけるに、かく(斎宮が)参り給ひて、御むすめにきしろふさまにてさぶらひ給ふを、方々に安からず思すべし』
ということで、本格的な闘争が始まってしまった。「思ふ心」とは、娘を中宮にしたいということで、そのことを帝に訴えていたのである。にもかかわらず源氏の娘が入り込んできしろう(競争する)形になってしまった。これでは頭中将としては心安くないのは当然である。女御であるのと中宮になるのとでは天と地の差がある。この後行われる「絵合わせ」は、一件平安の雅の典型のように見えるのだが、実は二人にとっては「命がけの勝負」だったのである。
  結局この争いでも頭中将は負ける。そのことが尾を引いて、彼の娘・雲居雁と源氏の息子・夕顔の結婚が容易に進まない要因になったのである。

  平安時代には、実際の歴史上でも、賜姓源氏や藤原氏の間で、あるいは藤原氏一族同士で、中宮を巡っての激しくも醜い争いが争われていた。


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