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源氏物語

源氏物語tくょり479

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    はにかみ屋・紫式部  源氏物語たより479

  現在、『紫式部日記』を、源氏物語とどのような繋がりがあるかという視点で読んでいる。
道長の娘・彰子と一条天皇の間に生まれた敦成親王(あつひらしんのう 後の後一条天皇)の産養(うぶやしない)の記事が、女三宮と柏木の間の不義の子(薫)の産養と似ている気がする。「産養」とは「出産後、三夜・五夜、七夜・九夜に行う祝宴」のことで、親族から衣服や調度や食物などが贈られ、その都度宴席が設けられる。
  彰子は十三歳で、一条天皇に入内したものの、なかなか子供が生まれず、道長をやきもきさせる。ようやく九年ぶりに敦成親王が生まれ、道長は狂喜する。これによって彼の政権は盤石なものになるので、その産養は、当然豪華、絢爛を極めることになった。三夜の祝いは中宮職の官人が、五夜は道長自身が、七夜は朝廷が、九夜は東宮の権の大夫が、それぞれ産養を主宰するという盛儀である。それぞれの祝いの様が、紫式部日記にこと細かに記されている。
  源氏物語の薫の産養では,五夜の祝いは中宮(秋好)が、七夜は朝廷が主催するという具合で、華やかに厳かに行われるところは『紫式部日記』の記事と変わらない。ただ、薫は源氏の実の子ではないので、源氏自身とすれば、気持ちは複雑で、道長のように素直には喜べないのだが。

  『紫式部日記』の五夜の産養の記載は、特に詳細である。その盛儀は目もあやなほどで、紫式部もさすがに感動して、その様子を誰かに見せたいもの思い、夜居の僧がいる屏風を押し開けて、
  『この世には、かうめでたきこと、またえ見たまはじ』
と声をかける。すると僧は
  『あなかしこ、あなかしこ」と本尊をばおきて、手をおしすりて』
喜ぶのである。「あなかしこ」とは、「ああ、もったいない」ということで、僧は手をおしすって、祝宴を拝まんばかりに感動の気持ちを表した、というのである。
  ここに、紫式部の独特な変わった個性を見ることができる。僧というものは、本尊を「あなかしこ」と手をおしすりおしすりして敬うのが本来の務めなのに、その本尊をばほったらかして、道長主宰の産養の盛儀に心を奪われていると、皮肉な目で見たのである。祝いの盛儀を書き留めるというよりも、僧の俗物性を言いたかったかのようにさえ映る。紫式部以外の者であったら、同じ情景を描写するにしても、ただ
  『「あなかしこ、あなかしこ」と喜びはべりしか』
とするであろう。ところが彼女はわざわざ
  『本尊をばおきて』
とことわるのだ。ここに彼女の皮肉な性癖を見る思いがするのである。とにかくものをまっすぐに見ないで、曲がりくねって(すがめで)見る癖があるのだ。

  敦成親王誕生の前にも、これと似た場面がある。お産のために彰子中宮に物の怪が憑いたと言うので、物の怪退散の祈祷をすることになった。近くにいる僧はもとより、山々寺々を訪ね回り、験者という験者をすべて集めてきて祈らせる。その様子は
  『三世の仏もいかに翔(かけ)りたまふらむと思ひやらる』
ほどである。また、世にある限りの陰陽師を召し集めて祈らせるその様は
  『八百万の神も耳ふりたてぬはあらじと見えきこゆ』
というふうに彼女は見るのである。
  「前世、現世、来世の仏が驚き慌てて翔けてきて効験を表す」と見、「八百万の神々のすべてが耳を振り立てて、願を成就させる」と言うのだから、何とも大仰な表現である。僧や陰陽師が真剣になって、彰子中宮のために祈っているというのに、それをすがめで見て茶化しているような表現になっている。

  源氏物語にも、この手の描写は多い。
  紫上の命が尽きたという時、源氏は、物の怪のせいであると、験ある僧だけを召し集めて祈らせる。不動尊には、人が死んでも六ヶ月は延命させるという本願があることを当てにして、彼らは必死に祈るのだが、その様子が
  『頭よりまことに黒きけぶりを立てゝ、いみじき心を起こして加持したてまつる』
というふうに見えるというのである。紫上の命に係わる重大事に、僧たちを「頭から煙をもくもく立てて祈っている」と冷やかすのだ。「あな、おそろしや」である。
  また、柏木が重篤な時にも、彼の父・太政大臣が、病気平癒のために全国各地から験ある修行僧を呼び集める。その中に葛城山からやってきた聖がいた。その僧のまなざしは険しく荒らしい。それが大声で陀羅尼を読むのだからたまらない。柏木は
『いで、あな憎や。(自分は)罪深き身にやあらむ。陀羅尼の声の高きは、いとけ恐ろしうて、いよいよ死ぬべくこそおぼゆれ』
と言って、御帳台(寝台)から滑り出してしまう。聖が、めでたい陀羅尼を読めば読むほど命が縮まるというのだから、加持や祈祷など全く信じていないということだ。
  とにかく、紫式部は、権威ある僧でも信じようとしていないし、特に加持祈祷などに験があるなどとは、てんから思っていないようなのである

  『若紫』の巻の、源氏と藤壺の密通場面も皮肉である。巻名はいかにも若々しく純情で、確かにその通り物語が進んでいくと思っていたところに、突然、二人の濃密な官能の場面を登場させる。
  『賢木』の巻もそうだ。源氏は雲林院に籠って、勤行三昧していたかと思ったら、雲林院から斎院が近いということで、精進潔斎中の斎院・朝顔にラブレターを出すのである。神に仕える身にとって男はご法度、「禁男」の場であるにもかかわらず。
  これらもいわば上記の例と同じ線上にある気がする。

  真剣すぎたり、深刻すぎたり、切実極まりなかったりする場面になると、紫式部の皮肉な性(さが)がむっくりと顔を出す。そこでつい茶化してみたり、想定外の事象を登場させてみたりする。特に鹿爪らしく肩肘張って祈祷や説教をする僧や漢学者は、彼女の恰好の攻撃の対象になる。彼らは蔑み虚仮にされるのだからたまらない。
  紫式部という人物はまともではない。
  『紫式部日記』に、清少納言や和泉式部を批判した後、自らを振り返っている場面がある。一条天皇が女房に『源氏物語』を読ませていて、作者(紫式部)の学識の深さに感動し、
「 この作者は日本紀(日本書紀など六国史)に通暁している。まことに学識のある人だ」
と褒める。これが宮中の噂になって、「日本紀の局」と噂されるようになってしまった。しかし彼女にとってはこう呼ばれるのが憤慨事。漢籍を読むこともはばかり
  『「一」といふ文字をだに書きわたしはべらず』
とまで頑なに構えていたというのに。清少納言だったら、天皇からこんなお褒めの言葉があれば、頭から煙を立てて大喜びすることであろう。
  紫式部は、生真面目な場面に遭遇するとすぐ横向きになり、はにかんでしまう。ものを素直に見ず、屈折させるから、彼女の論理が深淵になり過ぎ、文体が複雑化してしまうのだ。源氏物語が難解なのはここに原因がある。ある人が
  「付き合ったらこれほど嫌な女はいないだろう」
と言っていたが、その通りかもしれない。
  しかし、そのはにかみ根性こそが、五十四帖にもわたる物語を創造するという偉業の原動力になったのである。


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