源氏物語

源氏物語たより480

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    頭中将の友情   源氏物語たより480

  光源氏は、二十六歳の春、須磨に流れた。直接の原因は、朱雀帝の寵姫である朧月夜との密会が露顕したことにあるが、むしろ政権をほしいままにしている右大臣の策謀を恐れたことが最大の原因である。朧月夜は、右大臣の娘であり弘徽殿大后の妹である。密会が露顕した時に、弘徽殿大后は良き機会到来とばかり小躍りした。
  『「このついでに、さるべき事ども構へ出でんに、よき便りなり」とおぼしめぐらすべし』
という勢いであった。「さるべき事ども」とは、源氏を追放することである。
  弘徽殿大后は、以前から源氏を目の敵にしていたし、今は完璧に右大臣の時期。源氏はこれ以上都にとどまっていても、事情が好転することなどあり得ない、悪くすれば配流の身になるかもしれない、と判断して、先手をとって都を逃げ出したのである。しかし、自ら都を離れたと言っても事実上の流罪であることに変わりはない。

  須磨でのわび住まいは一年近くに及んだ。彼のつれづれを慰めるものと言えば、寂しく鳴く友千鳥の声か、時折爪弾く琴か、あるいはうらぶれた須磨の浦の風景を絵に描くことぐらいである。それ以外は遠く近く聞こえてくる波の音ばかりである。
  はじめの頃こそ、都からの慰問や便りはあったが、今ではそんな須磨まで訪ねてくる人などあるはずはない。みんな右大臣を恐れている。

  ところが、なんとしたことか左大臣の嫡男・三位の中将が訪ねて来たのである。「三位の中将」とは、かつての頭中将(以下 頭中将)のことである。彼も、右大臣の専制的な世相に嫌気がさしていたのだ。それに、ものの折ごとに源氏のことを恋しく思っていたからだ。だからと言って咎人である源氏を訪ねることは、「謀反の罪」を問われかねない無謀な行為に違いはない。それを押してまで彼はやってきた。それは
  『事の聞こえありて、罪にあたるとも、いかがはせん』
という覚悟があったからである。「たとえ自分が源氏を訪ねたことが、右大臣側に聞えてしまって、罪を被るようなことがあっても、それがどうだというのだ」というのだから、その覚悟と意志は相当なものである。弘徽殿大后は、源氏のことを生理的に嫌っているのだろう、そんな源氏を慰問したり便りをやり取りしようものなら、彼女は容赦はしない。そもそも彼女は日ごろからこう言っているのである。
  「勅勘を受けた者は、気軽に日々の食事をすることさえ慎まなければならないのに、源氏という男は、配流の身でありながら、須磨で風流な生活をし、人の悪口をたたいている。そんな男に迎合している輩(ともがら)がいるとは・・」
  もともと左大臣家と右大臣家の中は芳しくない。特に現在では、左大臣は、右大臣に押されて致仕(官を辞すること)を願い出て逼塞している状況なのだ。頭中将の暴挙は、お家の浮沈にかかわることである。

 それにもかかわらず彼にこのような大胆な行動をとらせたものはなんであろうか。偏に源氏に会いたいという心情でからである。いわゆる「友情」である。
  頭中将は子供のころから、いつも源氏に対する対抗心を燃やしていた。事あるごとに源氏に負けまいと意地を張っていた。絶世の醜女・末摘花や年老いた源内侍を源氏と争ったのも、源氏への対抗心からである。舞を舞う時にも詩を作る時にも、あるいは恋文の数を比べる時にも、頭中将はいつも源氏を意識していた。
  しかし、どんな分野においても、類まれな才能を持つ源氏にかなうものではない。例の「紅葉の賀」で、源氏とともに「青海波」を舞った時も、彼は「深山木」にしか過ぎなかった。「深山木」とは、いくらきれいに咲いても、深山に咲いていたのでは人の注目を受けないということである。随分侮辱した言い草ではあるが、それが真実二人の間に横たわっている差であった。
  それでも、頭中将からすれば、源氏は常に良きライバルであり良き友であった。

  一年ぶりに会った二人は、手を握りあい抱擁せんばかりに
  『うち見るより、珍しう、うれしきにも、ひとつ涙ぞこぼれける』
のであった。「ひとつ涙ぞこぼれける」に、二人の再会の喜びがいかに大きなものであったかが滲み出ている。その夜は、夜もすがら積もる話をし、歌を歌い、文を作りかわして、『泣きみ笑いみ』しつつ語り明かすのであった。
  しかし、さすがにものの聞こえを慮って急ぎ帰らなければならない頭中将は
  「いつまた会えることやら。まさかこのままでは・」
と源氏に訴えかける。すると、
  『かくなりぬる人は、昔の賢き人だに、はかばかしう世にまた交じらふこと難く侍りければ、何か都の境をまた見むとなむ思ひ侍らぬ。』
  (このような身の上になってしまった人は、昔の賢い人でさえ、再び世に出ることは難しかったのですから、まして私などが、どうして都に再び帰ることなどできましょうか)
と源氏の口から絶望的な言葉が漏れてくる。おそらく彼の意識の中には、菅原道真の姿が浮かんでいたのだろう。しんみり別れを告げる暇もなく、頭中将は須磨を去って行く。

 こんな危険を冒してまで、頭中将を須磨に駆らせたのは、源氏に対する友情からには違いない。しかし源氏は、それほどまでに彼に深い友情を感じていたわけではない。もちろんわざわざ須磨までやってきてくれたことは、歓喜に堪えないことではあったが、今までは、むしろ頭中将の馴れ馴れしさやいどみ心を疎ましく思うことさえあったのだ。
 ということは、須磨訪問は、頭中将の独り舞台の行動であったとしか言いようがないのである。それではなぜそこまでして独り舞台を舞ったのであろうか。
  それは、彼が源氏に心底惚れ込んでいたからではなかろうか。彼は、源氏の能力を、子供のころから憧憬し続けてきた。それが尊敬の情にまで膨らんでいて、計算抜きの純粋な情を育んできていたのだろう。たとえ自分は「深山木」であろうとも、源氏のそばにいられればいい、それこそが彼の誇りであり喜びであったのだ。彼の心の中には
  「つばさ並べし友を恋いつつ」
の意識が常にあった。「つばさ並べし」とは、源氏物語の中にしばしば登場する『長恨歌』の一節
  「比翼連理(男女の深い契りのたとえ)」
の思いである。頭中将は、源氏を「愛する人」と見ていたに違いない。そう考えるしか、須磨訪問という彼の無謀な行動を解釈することはできない。


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