源氏物語

源氏物語たより488

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    とにかく褒めること  源氏物語たより488
 
  女性に会ったらとにかく褒めるのが当時のエチケットであったらしい。
  光源氏は京に帰って来たものの、心にかかるのは姫君のことであった。彼は、宿曜(星占い)の言葉を信じて、この姫君を将来皇后にしなければならないと思っているからだ。宿曜はこう言った。
  『御子三人。帝、后、かならず並びて生まれ給ふべし。なかの劣りは太政大臣にて位をきはむべし』
  後のことではあるが、宿曜の予言通り、源氏と藤壺宮の間に生まれた不義の子・冷泉帝は帝になる。夕霧はいずれにしても「太政大臣」になるであろう。そして「后」こそ、この姫君なのである。とすれば、将来の皇后が、明石生まれの明石育ちであっていいはずはなく、彼はこう思い悩む。
  『かしこきすぢになるべき人の、怪しき世界にて生まれたらんは、いとほしう、かたじけなくもあるべきかな』
  「かしこきすぢになるべき人」とは「皇后になるべき人」ということで、姫君のことを指している。将来皇后になるべき人が、明石のような片田舎に生まれたことがそもそも気の毒であるし、もったいない(恐れ多い)ことだ、ということである。
  彼はこのことが心にかかってじっとしていられない。
  明石親子を京に迎えれば、ことは簡単に解決するのだが、紫上の手前もあるし、明石君の思いもある。それに何より罪を得た身でありながら、配流先で子をもうけたというのでは、世間が許さないだろう。しばらく様子を見るしかない。
 
  そこで、彼は、明石などには「はかばかしき人」などいるはずがないから、京からしかるべき乳母を送ろうと考える。たまたま最近子を産んだばかりの女性がいると紹介された源氏は、女を査定すべく、彼女の家を訪ねる。
  彼女の父は宮内卿で宰相、母は宣旨であった。文句のない家柄で、その面では合格である。ところが、彼女の父も母も亡くなっていて、今は頼りにもならない男と結婚していて、見る影もない。行ってみると家は荒れ放題、木立などは気味悪いほどである。こんなところでどうやって過ごしているのだろうと、不審に思われるほどのみすぼらしさである。こんなところに生活している女が、「后がね」の乳母として大丈夫なのだろうかという思いが彼の頭をよぎったかもしれない。

  ところが、その女に会ってびっくり、
  『人のさま、若やかに、をかしければ、御覧じはなれず』
だったのである。女から目が離せなくなってしまうほど若く綺麗だったのだ。そこで、彼は即座にこう言う。
  『とりかへしつべき心地こそすれ。いかに』
  「明石に送るのをやめてしまいたい気持ちがする」という意味で、最高の賛辞と言ってもいいだろう。「明石に送るのをやめる」ということは、自分の身近においておきたいということ、つまり自分の思い者にしたいと時の内大臣が言うのである。女は舞い上がってしまう。その上「どうする?」とまで念を押すのでから、恐ろしい。
  でも、いくら相手を褒めると言っても、ここまで言うのはどうだろうか。
  さらに彼は意味ありげな歌を詠み掛け、「あなたの後に付いて明石まで慕って行きたいほどである」とも付け加える。これまた褒めすぎで、現代の我々には、「この男は何を考えているのか」と付いていけない思いがする。しかしこれが平安時代の男のたしなみであり礼儀であったようである。
  この女の場合は「目が離せないほど」美しかったから許されるのだが、そうでない女性でも褒めなければいけなかったのだろう。とにかく女性を見たら褒めること、それが当時のエチケットであったような気がする。
  源氏の褒め言葉がまた絶品である。空蝉と初めて会った夜のことが思い出される。一度も会ったこともないというのに、
  「以前からあなたを慕っていました、こんな機会を待っていたのです」
と迫るのだから空々しい。そう言いながら強引に契ってしまった。
  でもこれは源氏だけの特技とばかりは言えないのだ。彼らには、女性の顔を見る機会は、ほとんどと閉ざされていた。とすれば、消息をもってしか女に言い寄る方法はない。その時、消息の内容をどうするか。巷の噂に頼るか女房からのわずかな情報に頼るかしかない。それを本にして、会ってもいないのに、針小棒大にして褒めに褒めて書かなければならない。遠慮していたら女を手に入れることはできないのだ。嘘と分かっていてもいい、歯が浮くと言われても構わない。とにかく「褒めること」が彼らの必須の技能であり、必死の手段であった。
  それに考えてみれば、男でも女でも、あるいはどんな動物でも、褒められれば嬉しいもので、たとえ外交辞令で言っていると分かっていても、それを耳にすれば心は浮きたつもの。おそらくこれは万物共通の感情なのではなかろうか。
  そう考えれば、平安時代の男の方が理にかなった行動を取っていたことになる。

  源氏から「とりかへしつべき心地こそすれ」と褒められた宣旨の娘も
  『げに、おなじうは御身近うつかうまつり馴れば、憂き身も慰みなまし』
と内心では思っている。「同じことなら源氏さまのお近くにお仕えして慣れ親しめば、この辛い身も慰められるだろう」というのである。
  この後、娘は源氏の「あなたに付いて行きたい」という言葉に対して歌でこう答える。
  「私に付いて行きたいなんておっしゃって、実は明石の君さまに会いたいのでしょ」見事な切り返しである。これをもってこの女は、乳母として立派に合格である。身分
といい容貌といい機智といい、「后がね」として十分な資格を持つ。
  源氏の褒め言葉は、このような面をも見事に引き出しているのである。



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