源氏物語

源氏物語たより490

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    光源氏の細やかな心遣い  源氏物語たより490

  明石君が姫君を生んだという。光源氏にとってはこの上ない喜びであるものの、京にいたのでは、その喜びも半減する。とにかく宿曜に
  「御子三人のうちの女の子は、皇后になる」
と予言された子である。京に迎えてお産させることができなかったことを、彼は切に残念に思う。后がねを、明石生まれの明石育ちにするわけにはいかない。そこで彼は優秀な乳母を明石に派遣した。

  やがて姫君誕生から50日が経った。この日は「五十日(いか)」と言って、盛大な祝いをするのが当時の習わしであった。子供の誕生以来、三日、五日、七日、九日と折々に祝いは続くのだが、この「五十日」こそ、最も重要な祝いであったようである。この日には、子供を恵方に向け、父親や外祖父が、餅を箸に挟んで幼児の口に含ませる。
  『紫式部日記』に、藤原道長の娘・彰子中宮が、一条天皇との間に皇子(敦成親王 
後の後一条天皇)をもうけ、その五十日の祝いの様子が載っている。豪華な調度・装備はもとより、煌びやかに着飾った女性がた、大臣はじめ上達部など錚々たる参列者、また酒を巡っての大さわぎがこと細かに描かれている。もちろん道長自らが、敦成親王に祝餅を差し上げている。

  明石姫君には、今その外祖父(源氏)がいない。しかし、源氏が、姫君の五十日の日を忘れるはずはなく、使いに「必ずこの日に間に合うように」と厳命し、ありがたくもめでたき祝いの品々を贈った。明石でも、所せまき程に祝いの支度をしていたのだが、
  『この御使いなくは、闇の夜にてこそ暮れぬべけれ』
と明石君の父入道は、源氏の心配りに泣いて喜んだ。

  もちろん源氏からは明石君への文も付けられていた。彼女は、乳母ともども源氏の文を見る。乳母は、そんな源氏の、明石君に対する熱い情愛に感動するとともに、内心では、わが身の拙さを嘆きもする。
  『あはれ。かうこそ思ひのほかにめでたき(明石君の)宿世はありけれ。憂きものは我が身こそありけれ』
  この「あはれ」は、まさに感嘆の「ああ・・」で、乳母は自分の身の拙さを嘆いて思わず「ああ・・」と漏らしてしまったのである。
  ところがその手紙の中には
  『「乳母のことはいかに」など、こまかに訪はせ給へる』
文章もあった。この文面で、乳母の憂さも一気に吹き飛んでしまって、
  『かたじけなく、何事も慰めけり』
ということになってしまったのである。乳母のことまで源氏は忘れてはいなかった。しかもおざなりではなく「こまかに」問うているのである。おそらく乳母にもありがたくもめづらしき贈り物がどっさり届けられたことであろう。
 
  源氏の凄さはここにある。自分に関係している者のことを決して忘れず情を尽くすのである。后がねの五十日の祝いを忘れないのは当然であろうが、自分が派遣した乳母のことも、きちっと頭に刻んでいるのである。
  この乳母は、父は宰相であったのだが、貧しいが故の都落ちであった。そんな若者が、都からははるかに離れた明石くんだりまで落ちてくるとは。いかに内大臣(源氏)の依頼とはいえ、痛く自尊心を傷つけられ、悲嘆に暮れていたに違いない。それを源氏の手紙が一気に吹き飛ばしてしまったのだ。これこそが人間操縦の秘訣なのであろうが、凡人には真似のできないことである。

  とにかく源氏はよく気が回る。そして素早く行動するまめやかさも兼ね備えている。源氏のように多くの女性方と関係するには、それは当然持っていなければならない資質なのかもしれないが、それにしてもできないことである。
  「どうして後朝の文を贈らなければいけなにの?」
などと考えている者には源氏のような恋はできない。

  源氏は、配慮のないことを平然とする男であることも事実である。空蝉などはその典型で、人妻と分かっていながら契ってしまうのだ。
  肝心なことは、その後の彼のフォローである。男に犯されたというのに、空蝉には被害意識が全くない。それは女を嘆かせず、なんとなく「誇りかな」気持ちにさせてしまう源氏の心遣いがあるからである。そればかりか、源氏の求愛を拒否しながらも、「これが夫のない時であったら」と夢見心地にさせてしまうすべを持っているから可能なのである。

  明石君もそうだ。田舎生まれの田舎育ちを気に病んでいて終始劣等感を持っていた。明石姫君が春宮に入内してから、源氏は、姫君の世話を紫上から明石君に移譲する。ある時そのことが源氏との間で話題になる。源氏はこう言う。
  『(紫上が常に姫君についていることは不可能だから、その世話を紫上は明石君に)ゆづり聞こえらるるなめり。それもまたとりもちて、掲焉(けちえん)になどあらぬ御もてなしどもに、よろづのこと、なのめに目やすくなれば、いとなん思ひなく嬉しき』
  やや難しいが、要は、「紫上もあなたも、明石女御をいかにも自分が親だというふうに独占することもなく世話しているので、それが物事がうまくいっている原因になっているのだよ」ということである。
  この源氏の言葉を聞いて、明石君は「よくぞ自分はずっと控えめに振る舞ってきたものだ。それを源氏さまは認めてくれている。田舎者と卑下していたのに、その私を紫上様などと同等に考えてくれていられる」と自身に自信を持つのである。

 源氏の心遣いは、細やかである。先の空蝉が、義理の息子からあるまじきことを迫られ、それを苦にして出家してしまうのだが、それを自分の邸・二条院に引き取る。またあれほど侮り蔑んだ末摘花さえ二条院に迎えて生涯面倒を見る。いずれも一度関係した女性は捨てないという彼の心遣いからきたものである。




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