スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←源氏物語たより493 →源氏物語たより495
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより493】へ
  • 【源氏物語たより495】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
 

源氏物語

源氏物語たより494

 ←源氏物語たより493 →源氏物語たより495
    光源氏と朱雀院の確執  源氏物語たより494

  『澪標』の巻で、光源氏は、朱雀院がいたくご執心であった前斎宮を、藤壺宮と謀って冷泉帝に強引に入内させようとする。そんな無理を考えた最大の理由は、権中納言(元の頭中将)が娘を既に女御(弘徽殿)として入内させていたことによる、いわば政権争いである。源氏には入内させるべき手持ちの駒(娘)がなかったので、六条御息所の遺児(前斎宮)を自分の養女として、入内させようという思惑があったのだ。これは歴然たる政略結婚で、不自然さは免れない。
  彼はなぜここまで無理押しをする必要があったのだろうか。確かに弘徽殿女御に子供が生まれれば、源氏は外戚としての力はなくなり、自ずから政界での影響力は弱まる。しかし、公にこそできないことだが、冷泉帝は自分の子なのであり、彼はその後見者なのである。したがって、少なくとも冷泉帝が位に就いている限り勢力が大幅にダウンしてしまうとは考えにくい。

  ということは、彼が無理押しした理由は他にもあるはずである。それは朱雀院への復讐だったのではあるまいか。
  桐壷帝の寵愛を一身に受け、近衛の大将として栄光の真っ只中にいた者が、急転直下絶望の淵に追いやられ、二年半にわたって悲憤慷慨の生活を余儀なくされたのである。
  京を退去したのは、彼の自主的な判断ではあったものの、帝の名をもって、官位を剥奪されたことも事実である。そのために二十歳後半の、人生の花の時期を棒に振ってしまったのだ。貴族中の貴族であり、華やかな生活が最もふさわしい源氏が、この不名誉、不遇に堪えられるはずはない。物語はこのあたりを詳しく述べることはしていないのだが、恨み骨髄であったことは想像に難くない。
  「この借りはいつか返さなければ・・」
と言う隠微な思いが、彼の意識の底に常に渦巻いていたのではなかろうか。それがこういう形で暴発したと考えるのが妥当である。

  『絵合』の巻で、源氏の思惑通り前斎宮は入内し、梅壺女御となる。入内の祝いに、朱雀院は
  『御櫛の箱、うちみだりの箱、香壺の箱ども、世の常ならず・・心殊に整へさせ』
て贈り物とする。御櫛の箱の蓋を源氏が見てみると、それはこの上もなく丁寧に優美にそして珍しいほどの出来映えであった。そこに添えてあった歌は
  「あなたが伊勢に下る時に、私があなたの額に挿してあげた小櫛が、かえって二人の仲を遠ざけるものとなってしまいました。おそらく神様のお諌めのためでしょう」
というものであった。伊勢の斎宮になった者が京に戻るということは、帝に何か事故があるということを表す。それは忌み嫌うことになるから、帝は「再び京に戻ることがないように」と別れの挨拶をするのだという。その言葉が伊勢の神様の言質にとられてしまったと、院は嘆いているのである。
  これを見た源氏はさすがに
  『いとかたじけなく、いとほしく』
思う。無理な恋ばかりをしてきた自分を顧みても、朱雀院もさぞつらいことであろう、と、可哀想になってしまったのだ。伊勢下向の折、斎宮の美しさに心を奪われた帝であるが、その斎宮が今こうして都に戻ってきたのだ。ようやく長年の思いが遂げられると思った矢先に、予想もしない齟齬が出来してしまった。それもみな自分(源氏)の策謀のためなのである。源氏は
  『なににかくあながちなることを思ひ始めて、心ぐるしく、(院を)おぼし悩ますらむ。(源氏は)辛しとも思ひ聞こえしかど、また、なつかしくあはれなる御心ばへを』
と悔いる。「辛し」とは、朱雀帝がかつて自分の官位を剥奪し、結果的に須磨に流れていかなければならなくなったその事情を指している。その面では院のことを「恨めしい」と思うしかないということだ。
  しかし、一方では、院の人柄は「なつかしく、あはれ」であることも重々承知している。「なつかし」とは、人を優しく包む包容力があるということ、「あはれ」とは、情愛たっぷりということである。文末の「を」は、詠嘆を表す助詞である。
  源氏を京から追いやったのは、もちろん朱雀帝自身ではない。右大臣であり弘徽殿女御である。彼はそんなことができる人ではない。
  もともと彼は、人が良すぎ優しすぎるのだ。それがために源氏が京を去って以来、目を患ったり、源氏を早期に召喚してしまったりするのだ。また、弘徽殿女御の諌めにもかかわらず、わずか七年で冷泉帝に譲位してしまったのも、みなこの「なつかしく、あはれ」な人柄ゆえである。
  源氏はそのことは、肝に銘じて分かっているものの、やはり例の恨みつらみをいかんともしがたく、「前斎宮の冷泉帝入内」と言う惨い仕打ちを引き起こしてしまった。

  朱雀院が、世にも珍しいほどの物を斎宮に贈ったのは、源氏が当然見るであろうと予想したからである。そのことを語り手は
  『わざとがましかむめり』
と言っている。「私があれほど心をかけ、深く愛していた女性であるのに、それをあなた(源氏)は横取りしてしまった」という思いが、贈り物を「心殊に」作らせた、そこには源氏への面当てが見え透いている、と語り手は言っているのだが、それは院による、源氏に対してのささやかな抵抗だったのではあるまいか。
  朱雀院は、子供のころから源氏の並外れた才能に常に脅かされてきた。しかし、真正面から源氏に対抗できる力などない。そこでこういうささやかな抵抗を試み、自分の鬱憤を晴らすしかなかったのだ。そう考えるとなんとも気の毒な院である。 
  しかし、歴史上にはそんな思いを持った天皇は多かったのではなかろうか。

  ※関連記事 「たより471」


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより493】へ
  • 【源氏物語たより495】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより493】へ
  • 【源氏物語たより495】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。