源氏物語

源氏物語たより31

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  百段階段の人形たち 源氏物語たより31

 目黒雅叙園に行った。平安時代の衣装が展示されているという。
 源氏物語を読んでいて、一番ネックになるのが、衣装のことである。それでもいろいろ調べているうちに女房装束、いわゆる十二単などについては概ね分かってきた。まだ分からないのが、袿(うちぎ)姿や小袿姿、汗衫(かざみ)や衵(あこめ)、あるいは直衣や狩衣などである。


 これはいい機会だと思って行ってみた。
 目黒雅叙園は、以前から名前は知っていたものの、行くのは今回が初めてである。“雅”という文字があるのも、何か往にし世を象徴しているような気をそぞろにさせる。“叙”とは“序”と同じ意味で、「はじめ、始める」ということだ。だから、雅叙園とは、「これから雅なことが始まるよ」ということなのであろうか。説明書によれば、京都の美意識に学んで昭和18年に完成したものだそうだ。当時の一流の絵師、左官、建具師、蒔絵師などが
 「庶民の願望である現実から遊離した夢のような世界を造り上げよう」
という創始者の思いを汲んで、精力を傾けて作ったものだそうだ。今では、敷地の後ろに高層建築物があって、さほど“雅”は感じさせないが、それでも玄関を入ると、何か現実離れしているところがある。まずはエレベータの豪華さには驚かされた。エレベータの扉にまで豪華な装飾が施されている。
 展示会の入り口に、平安貴族の寝殿をかたどった模型があった。25、6センチの人形が、寝殿の中や庭、あるいは池に浮かぶ舟の上にあまた並んでいる。
 「お、源氏物語の再現ではないか」
と思って見てみると、一番前面に光源氏と頭中将が青海波を踊っている人形がある。何かどこかで見た気もする。
 一緒に行った妻に
 「これが、龍頭鷁首(りょうとうげきしゅ)。これが、光源氏と頭中将が舞っている青海波。あれが几帳、右が御簾。あれが簀(すのこ)でその奥が廂、そしてこちらが妻戸・・」
などと、あたかも高村光太郎が智慧子に
 「あれが安達太良山 あれが阿武隈川」
などと話しかけているように、懇切丁寧に説明していた。すると妻が言った。
 「あら、井筒呉服店協力ってあるわよ。」
なんと、その人形たちは、京都風俗博物館のものであった。道理で「どこかで見たような」気がしたはずである。

 京都風俗博物館は、京都駅から徒歩15分ほど、西本願寺の向かいにある井筒呉服店の五階にある。平安時代の寝殿や家具調度、衣装などが、とにかく精巧に再現されていて、源氏物語や平安時代に興味のある人にとっては、必見の博物館である。主に源氏物語の世界を展示しているのだが、年に一度衣裳替えをする。人形は、人間の六分の一の大きさで、みな可愛い顔をしていて、それらに十二単や直衣が着せられている。家具調度も精巧を極める。別室には何体か等身大の人形も展示されていて非常に参考になる。

 宇治にも「源氏物語ミュージアム」があるが、ここは宇治十帖が中心で、あまり参考にはならない。それに展示物がお粗末である。京都風俗博物館は、さすがに京都の老舗の井筒呉服店が関係しているだけあって、見事な出来栄えである。
 それが、雅叙園に来ているということは一体どういうことだろうか。風俗博物館がここのところ、閉館になっていて、大規模な改修工事をするということは聞いていたが、あれから随分経つ。あの博物館の一番のメーンの展示物がここに来ているようでは、あるいはもう止めてしまうということなのだろうか。3年前に行った時には観客はまばらであった。昨年春、再度行った時には閉館であった。
 だから、今回、この人形たちに会えたことは望外の幸運だった。今日の参観はこれでもう十分満足された、という感じすらした。

 雅叙園の建物のうち“百段階段”は、実に独特なもので、百段の階段がすべて木造。正式には99段だそうだが、5センチの厚さのケヤキの板が使われていて、いかにも古々しい感じがする。左側の窓の窓枠などは一風変わった造りで、現実離れした趣があり、都の有形文化財に指定されているということが納得できる。
 階段には五か所の踊り場があって、その踊り場ごとに部屋が造られている。その部屋が、今回の平安時代の衣装の展示場だ。
 実は単なる平安時代の衣装の展示会ではなく、映画『源氏物語 百年の謎』で使用された衣装を、等身大の人形に着せて展示するというものであった。とにかく目の当たりに、光源氏たちが着ていた衣装が見られるのである。衣装の様子がよく分かる。手に触れてみたかったが
 『お手を触れないでください』
 でも、お陰で、小袿姿も分かったし、袍の作りも分かった。

 百段階段などというと、何か物の怪づいているが、各部屋の古色蒼然たる雰囲気とともに、平安時代を再現するにはうってつけである。等身大の平安の姫君や女房、あるいは貴公子たちが、立ち、座り、あるいは臥せているのを見ると、平安時代にいるような錯覚を起こす。
 また、床柱には巨大な檜や、北山天然絞丸太杉などが使われている。欄間や天井には四季の花々や、壁には風俗美人画、さらに漆喰による浮彫の装飾壁などが臨場感を増す。天井は高い。もう少し照明を落としたら、部屋の隅から本当に六条御息所の物の怪が出てくるかもしれない。
 家具調度も適切に配置されている。たとえば、几帳なども、三尺の几帳、四尺の几帳と塩梅よく配置されている。
 
 第一室は、道長と紫式部の間である。映画に出て来た紫式部の市女笠姿もある。式部は、道長と愛人関係にあったらしく、  『紫式部日記』には、式部が渡殿の自分の局にいると、女郎花に露の置く朝まだき、道長がやってきて、
 『橋の南なる女郎花のいみじうさかりなるを、一枝折らせ給うて、几帳のかみよりさしのぞかせ給へり』
とある。しかし実際に愛人関係にあったかどうかは定かでない。にもかかわらず映画では、二人は濃厚な性の競演をしていた。
 第二室は、六条御息所と物の怪の間、第三室は藤壺の間・・という具合に展示されていて、雅叙園のそれぞれの古風な部屋の雰囲気にマッチしていた。

 ただ、唯一残念だったことは、解説員がいないということだ。部屋ごとにそれらしい人はいるものの、私の問いに答えられそうもない。私が何を聞きたかったかと言えば、「襲」のことである。襲(かさね)が今一番の私の関心事であり、分からないことだ。襲は、二枚の布を重ねて仕立てる。表の布を透かして裏の布が見えるそうだ。つまり非常に薄い絹を使っているということで、その透かしが、雅な雰囲気を醸しだす。源氏物語中もっとも襲が生かされて描かれているのが、源氏が、右大臣の藤の宴に颯爽と現われる場面だ。
 『桜の、唐の綺の御直衣、葡萄(えび)染の下襲、しりいと長く引きて』
 “桜”とは、桜襲のことで、表の生地が白、裏が紅花色である。その裏の紅花色が透けて見えるという。何とも妖艶である。“しり”とは、束帯の下襲の後ろに長くひいた裾(すそ)のことで、幅は3,40センチある。
 今回の人形たちが着ていた衣装は、裏が透けて見えるというものはなかった。恐らくそれぞれの生地が厚いのであろう。十二単などを着ると、相当の厚さ、重さになるから、極力薄いものであることが要求される。
 その他にも襲には、山吹、藤、梅、菊、朽葉など様々ある。そのようなことを説明してくれる人がいたならばなあ、というのが実感であった。
 しかし、映画のお粗末を、この展示会は十分挽回していた気がする。今後はこれをどこかに常時展示できないものかと思った。
 帰り際、改めて井筒の人形たちを見てみた。実によくできている。京都風俗博物館はいつ再開されるのだろうか、再開され次第、飛んで行こうと思っている。
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